後日談『台風一過は別れの挨拶』

終、『台風一過は別れの挨拶』その1

 ――わたしは夢を見た。


 それは、遠い昔のことからつい最近のことまでを切り貼りしたような、てんでんばらばらで統一性のない夢であった。


 幼いわたしが面識のない筈の循に出逢い、亡くなった筈の祖父が現在のわたしと戯れる。


 世界には光が満ちて、空は快晴。

 下品にはしゃぐデブ猫は居たけれど、それさえも気にならない程に愉しいひとときだった。


 目覚めた時、わたしの両頬は沢山の涙の跡でカサカサに乾いていた。

 冷たい水で顔を洗うと、そこがヒリヒリと痛んで胸の奥まで伝わっていく。


 何もかも輝いてあんなにも愉しかったのに、どうしてわたしは泣いていたのだろう。泣くようなことなんて、微塵もなかったのに。


 ――ああ、と気付く。



 泣いていたのは、現実に帰るのが厭だったから。

 ずっとこのまま、あの世界で過ごしたかったから。



 は決して、愉しい夢ではなかった。

 この世界から決してわたしを帰すまいという甘い悪意を含んだ、温かく優しい悪夢。


 きっと昔のわたしなら、あの愉しい夢から目覚めなかったかもしれない。

 どんなに帰るのを厭がって泣いたとしても、こうしてわたしは辛くて苦しいこの現実に帰ってきた。


 このヒリヒリはきっと、そうやって戦ったわたしの



 おはよう、理性。

 今日は良い朝だよ。



 この碌でもない日常で、

 思い通りになんて一つもならなくて、

 行き交う人々は全然優しくなくて、



 それでも、わたしは死ぬまで此所で暮らす事を決めたんだ。

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