四、『最後に残った魔法は〝希望〟』その7

「――その見てくれに最初は驚きましたが、冷静に考えてみれば流石はノルベルト・クナイフェルの遺産です」


 遥か上空に浮かぶ遊園地を見上げ、マーフィー・マーは満足げに語る。


「核となっているのはこの周囲の資材や地中の鉱物ですが、それだけではあの巨大な建造物を構成する質量には程遠い。恐らくは異界からの召喚――――否、無からの生成でしょうか? 面白い。動力も反重力の可能性がありますね。反重力なんてSFじみた言葉、魔法使いの末席を汚す俺が使うとは、何とちぐはぐな事でしょうか」

「諦める気は無いって事かい?」

 肩を竦める転法輪に対し、マーフィーは頷いた。


「あんな素晴らしい、指をくわえて見ているだけなんてキュレイター失格ですよ。何としてでも手に入れて見せましょう」

を通してでしか孫娘に触れ合えなかった寂しい老人を放っておくという考え方、君には出来ないのかい?」

「お戯れを。時間を流転させたとしても死んだ存在は蘇らないし、霊魂という存在は魔法の属性と一緒で理解する為のタグに過ぎません。それよりも生きた人間の為に使った方が数倍良いでしょう」

「それ、最高の冗談だぜ。死霊師ネクロマンサーが言うとさ」

「本業ではありませんが」


 あくまでも自然体。

 目測で互いの間合いを測り合いながら、転法輪とマーフィーは笑い合う。踵が生まれたばかりの水たまりを跳ねさせた瞬間、互いに互いの得物を構えた。


 転法輪 循は、ピエトロ・ベレッタ社製92FS。

 マーフィー・マーは、薔薇十字式ロザリオ。


 崩れた屋根、建築材が十字架となって地面へ突き刺さる。

 同時、互いに構えた得物の引き金トリガーを引いた。


 弾き出される銃弾、開け放たれる神秘の門。込めた想いは、どちらも殺意。

 けたたましく地面へ打ち付けられた無数の薬莢が、寝惚けた死人の睡りを妨げる。


死霊魔法ネクロマンシーは、戦場に於いて最高の魔法です。殺せば殺す程、手駒が増える。その感覚は、将棋の持ち駒。しかし殺人事件が大事になる現代に於いては、万能の戦闘魔法とは言い難い」

 ならばどうするか、マーフィー・マーは笑いながらロザリオを振るう。極彩色の大振りな十字架が燦めき、更に死人を喚び出す門の数を増やした。


「簡単さ。適当な鉄砲玉を雇って星見 恵那を襲わせ、僕に屍体の山を築いて貰えば良い・・・・・・だろう?」

「ああ、知っていましたか」


 映画のように死人は呻き声など上げはしない。

 ただ淡々と、書き込まれた命令を実行する。

 門から這い出た死人らは先日夜の校舎で見た存在と同じであったが、悪趣味な装飾は外され代わりに小さなカメラが括り付けられていた。


「君の魔法が露見した後、ちょっと気になって調べてみた。本来遺体はLIMBO社うちが処理するのが鉄則だけれど、その前に全部跡形もなく消失していたらしい。もっとも、うちの上司は忍者の仕業として大して気にしていなかったけれど。馬鹿だよね」

「どうして西洋人は、〝忍者〟という言葉で不都合を納得するのですかね。しかも連中の思い描く忍者の武器、サイ両節棍ヌンチャクも沖縄とか中国由来の武器で本来の忍者に掠りもしてませんし」


 それをお前が言うかアメリカ人、転法輪は言葉を呑み込んで引き金トリガーを引く。

 断続的に響く銃声、吐き出される無数の薬莢。しかしそれは全て死人の山に阻まれ、本人に到達する事はない。


 実に碌でもない魔法だと、転法輪は舌打ち交じりに思う。

 制作と召喚に魔法を使用するだけで、死人は術者の命令通り動く自動人形。

 例え魔法使いが死亡したとしても、組み上げられた式コードが物理的に破壊されるまで死人は動く事を辞めない。使用を戦闘に限定した場合、間違いなく死霊魔法ネクロマンシーは最強の魔法である。


 しかし、と転法輪はほくそむ。

 死霊魔法ネクロマンシーが最強の魔法である事は揺るがない。

 だが、イコール最強の魔法使いが眼前の男である事には結びつかない。


 最強ジョーカーは、既にこちらの手札にある。地球規模最強の手札が。



「――ブッ殺すのは、死人アンデッドだけだったわね?」



 頭上から振り下ろされる、嵐という名の暴力。

 箒に跨がったエミリー・リントンが嗜虐的な笑みを浮かべて短杖ワンドを振るった。


「けれども事故ってのは、予想外に起きるモノよ。波間を漂う漂流者になりたくなければ、精々気を付ける事ね」


 雨は槍に風は剣に、指揮棒タクトを振るう指揮者のようにエミリーは天候を自在に演奏した。

 それは音楽のようであったが、同時に戦争のようでもあった。

 指示棒ポインターを使い配置した駒に号令を下す指揮官。


 指揮者と指揮官。

 嵐の統率者テンペスト・コンダクターという二つ名は、それらを正確に表現している。


「わたしの演奏は、七つの喇叭らっぱよりも騒がしいわよ? さあ逃げ惑いなさい、死人アンデッド達。終末まで眠る事の出来なかった己の不幸を呪いながら」


 此所が、此所こそがエミリー・リントンの舞台であり戦場。

 九百六十㍱の管弦楽団オーケストラが、今宵ひっそりと暴力的に開演した。


空中遊園地あそこに彼女を避難させて正解だったな」引きつった顔で転法輪は現状を論じる。「エミリー姐さん、絶対僕の事も忘れているだろうし。迎えに行ったイーヴリンとタマに流れ弾、当たらなければ良いけれど」


 遠くに、箒で旋回しながら短杖ワンドを振るうエミリー・リントンの姿が見えた。

 その貌、実に愉しそうである。普段力を抑制し伝書鳩の真似事をしている彼女にしてみれば、台風に乗じて力を振るえる今が自分を解放出来る瞬間に違いない。


「・・・・・・弱りました、あれだけ用意していた死人アンデッドが一瞬で消し炭です」


 マーフィー・マーは細い眼を更に細めて、焼け焦げた死人だらけの光景を眺めていた。

 しかしその眼には敗北の色はなく、事実を淡々と観測しているに過ぎない。


「こういう出鱈目な人は、エドゥワルド・クナイフェルの相手でもしていればいいんですよ。実力は月とスッポンですが、魔法に殺されるのであれば彼としても本望でしょうし」

「残念だったな、その日彼女は人狼の件でハンガリーに居た。どうやっても遠い日本にはやって来れなかったさ。例え、箒を使ってもね」


 あのように、と転法輪は頭上を指差す。

 既に粗方あらかた死人は片付いていたが、箒に跨がったエミリーが追撃の手を緩める事はなかった。


「さて、諦めてくれる気になったかな? 別に僕らはWoMAきみらと戦争をしたい訳じゃあないんだ。ただちょっと、人情というヤツに免じて矛を引いて欲しいのさ」

「・・・・・・情の欠片もない魔法使いが、よく言いますね」

 静かに転法輪を見据え、吐き捨てるようにマーフィーは言った。

「貴方はエドゥワルド・クナイフェルの傲慢を断罪しましたが、それは貴方方埋葬協会も同じなのですよ。特権階級に胡座を掻いている旧時代の亡霊。そんな連中のに情なんて言葉、使われたくありません」


 言い終えるや、ロザリオを握った右腕を水平に掲げる。

 刹那、飛翔してきた継ぎ接ぎの烏が、マーフィー・マーの右腕を止まり木代わりに羽を休めた。


使――――なんて、その最たるモノですよ」


 須臾しゅゆ

 烏の継ぎ目が綻ぶと、中から骨と肉が溢れ出る。骨は翼に形を成し、肉は皮膜のように広がった。


「では、一足お先に」


 ペスト医者の仮面を被り、かつて烏であった翼を翻す。

 吹き荒ぶ雨風を物ともせずにマーフィー・マーは飛翔した。その姿は悪魔そのもの。見上げながら歯噛みする転法輪を嘲笑うように、翼をはためかせて高度を上げた。


 刹那、上空で響く爆発音。


「・・・・・・冗ォ談じゃあねぇぞッ!!」


 錐揉きりもみ落下してくる箒に跨がったイーヴリン・ポープとタマ。

 地面へ激突する寸前でを上に持ち上げ、紙一重で墜落を免れた。


「何だよ今の出鱈目ッ! 羽を広げて飛べるのは鳥と妖精の特権だった筈だぞ!? いつから法改正した!!」

「ああ・・・・・・だから嫌だったんだ、私は。ただでさえ提出しなければならない未来の始末書の山の事を考えて眩暈がしているというのに、何故訳の分からん奴に撃墜されねばならぬのだ・・・・・・」


 口々に不平を述べる二人。

 転法輪はその光景を暫く見つめてから空に近い弾倉マガジンを落とし、92FSに新たな弾倉マガジンを差し込んだ。


「早速で悪いが、もう一度あの遊園地まで行ってくれないか?」

「前々から思っていたけど悪魔だな、お前」

「君には、年老いた上司を労る気持ちはないのか!?」


 怨念じみた二人の表情に、流石の転法輪 循も気圧される。


「そもそも私はデスクワーク派で、鉄火場は苦手なんだ。あんな危ない人間を相手に出来る訳がないだろう。そういう事はエミリーに頼め。昔からアイツは、喧嘩と聞けば地球の裏側でも財布を握り締めて買いに行くような女だ」

「頼めると思いますか、アレ」


 今だ衰えを見せず、上空で箒を駆るエミリー・リントン。

 その姿を見上げ、イーヴリン・ポープは一筋の脂汗を垂らした。


「スマートフォン」

「壊したでしょう、僕らの前で。iPhoneを」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 絶望に満ちた、イーヴリン・ポープの貌。脳裏にはかつて塹壕で体験した悪夢の光景が、止め処なく走馬灯のように流れていた。


「・・・・・・別に、加勢をお願いしている訳じゃあないんです。この僕を空中遊園地あそこへ運んでくれれば、それで」

 拳銃をカイデックス製のホルスターに収め、グリップ位置を調整しながら転法輪は言う。

「それは、私が役不足だと言いたいのかね!?」

「オッサン、恐怖で支離滅裂な言動になってっぞ。それ、絶対後悔するヤツだから。人間って馬鹿だから勢いに任せると、絶対に余計な事を口走るからな。オイラ、警告したぞ? ちゃんと」

「馬鹿にするのも大概にしたまえ! ああ、分かった。そこまで言うなれば、やってやろうじゃあないか! WoMAウーマのカリキュレイターがじゃ!!」

「タマ、ナイスアシスト」


 妙なテンションで了承したイーヴリン。

 その功労者であるタマに転法輪は親指を立てた。


「だからオイラ言ったんだよ・・・・・・やめとけって」


 これ以上付き合ってられんと言わんばかりにタマは踵を返し、風雨をしのぐ屋根が残る空間を見付けるとそこを目指して歩き出す。

 今回の仕事はもう終わり。そもそも妖精猫ケット・シーは風と共に歩む妖精であり、元来雨に濡れるのは好きではないのだ。


「何やっているんだ? タマ、お前も来い」


 イーヴリンの背後、箒に跨がりながら転法輪は言う。さも当然と言わんばかりに。


「妖精虐待って知ってるか?」

「良い事を教えてやろう。ジュネーブ協定にもワシントン条約にも、妖精を保護しろとは一切書いていないんだよ。当然、六法全書にも」

「本っ当に、悪魔だよな・・・・・・お前」


 最早諦めの境地。

 タマは肩を落とすとペタペタと歩み、定位置である転法輪の肩に飛び乗った。


「・・・・・・念の為に言っておくが、オイラの名前はタマじゃねぇ」

「分かっているよ、タマ」

「全力で行く。しっかり掴まっていてくれよ、タマ君」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 この愚民にんげん共め――――

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