天涯孤独の女子高生、飛び降りた屋上で魔法使いの保険屋(とエロ猫)に出会う。~実はわたし、最高位魔法使いの孫でした。遺産相続に巻き込まれて、親戚が殺しにやって来ます~
四、『最後に残った魔法は〝希望〟』その3
四、『最後に残った魔法は〝希望〟』その3
「――成る程、事情は大体分かったわ」
転法輪 循が泊まるコンフォート。
事のあらましと事情を説明されたエミリー・リントンは、部屋を満たす程の深い溜息を吐いた。
「で、書き終えたの? 遺書は」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「て、天国って・・・・・・Wi-Fiあるかな?」
滝のような汗をひたひた流し、転法輪とタマはエミリーの鋭い視線から逃げるように頭を逸らす。しかし猛禽を連想させるエミリーの両眼からは逃れられず、渋々二人は視線を合わせた。
「これから、どうするつもりな訳?」
「星見 恵那共々、遺産を
「護れてないでしょう、魔の手に奪われたままよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「あれ、コレ挽回無理じゃね・・・・・・?」
「・・・・・・先程、本社に問い合わせた結果だが」
エミリーが追撃を掛ける前に、イーヴリンが口を挟む。
「今回の件は
「・・・・・・ちょっと、待ってくれ」
イーヴリンの言葉に動揺しながら転法輪は言葉を紡いだ。
「まだ遺産はこちらの手の内だ。交渉次第では、
「普通に考えれば、ね」
エミリーはソファーに躯を埋め、足を組む。
「事が事なのよ、今回は。ノルベルト・クナイフェルが孫娘に相続させる遺産は、規模が大きすぎて一個人の手に余るモノ。だからといって、わたし達埋葬協会風情が囲うのも難しい。だったら問題は多々あるけれど、現在世界最大の魔法使い結社たる
「星見 恵那の身柄はどうなる?」
「遺産の譲渡が完了するまでは生存が確約されているけれど、その先は分からないわね。まあ生かしておいてもメリットは特にないから、機を見て殺害するんじゃあないの?」
「っ――――――」
にべもないエミリーの発言に、転法輪は奥歯を軋ませる。
しかし胸中では分かっていた。現状それが一番ベストな選択であり、また自分に口を挟む資格はないということが。
「・・・・・・つーかさ、さっきから気になっていたんだけどよ」
重苦しい空気の中、タマが口を開いた。
「ひょっとして、
言い終えると、タマは転法輪へ視線を向ける。タマの発言は転法輪も考えていた事であったらしく、剣呑な両眼をイーヴリンとエミリーへ穿った。
「社員の中に予言者も何人か居るが、流石に子細まで予言出来る人間はいない」
イーヴリンは右手で顔を覆って首を振る。
「今回の件は謂わばプランB。想定していたプラン内の一つだ。しかし私見を言わせて貰えれば、星見 恵那には気の毒な話だが、これが一番平和な解決法だと思うよ。それに彼女は、クナイフェルの血筋だ。万が一の事を考えて、クナイフェルの血筋は絶やしておくに限る」
「報復されたり打倒
タマの横やりに、「そういう事だ」とイーヴリンは頷いた。
「とにかく、この一件に対して我々は手を引く。これは決定事項だ」
「待ってくれ、それで本当に良いのかい?」
「良いも悪いも、わたし達は社員。それは全て、会社が決定する事よ。わたし達は会社の駒。駒がプレイヤーにお伺いを立てるなんて、あべこべでしょう」
それに、とエミリーは凄惨に口を歪める。
「死にたがっていたんでしょう、あの
瞬間。
転法輪 循の視覚と思考が白む。次に気付いた瞬間、彼はエミリー・リントンの胸ぐらを掴んでいた。
「お・・・・・・おい、拙いって! それ、絶対にヤベェヤツだって!!」
「良い度胸ね、野良犬。猫の方が分を弁えているわ」
胸ぐらを掴まれたまま、淡々と言葉を紡ぐエミリー。
胸ぐらを掴む行為は威嚇行動として一般的なものであったが、掴んだ方が不利であるという事実はあまり知られていない。
腕力によって強引に相手の視線を自分に合わせ、己の眼力によって戦意を折る――――それが、胸ぐらを掴む意味である。しかし代償として、片腕の自由を相手に奪われる事も同時に意味していた。
片手を奪われ、尚且つ相手の軀を固定する為に全身の筋肉が硬直していて動きづらい。対する相手は自由に両手を使え、尚且つ急所である顔面が己の間合いに這入っている。僅かでも腰を溜めれば、人中に痛烈な一撃を与え屠る事が可能であった。
故に殺しを生業とする人間は、胸ぐらを掴まない。
転法輪 循も十二分に心得ていた筈である。しかしそれが出来なかった。理性によって押し殺した感情が、彼の胸中で勝ってしまったから。
「だから猟犬になり損ねたんだよ、僕は」
凄惨に嗤い、自嘲気味に転法輪は言った。
「プランBだと言ったな? それはあくまでも現状の事だろう。クナイフェル家を憎んでいる人間は大勢居る。当然、
エミリーは何も答えない。
転法輪はイーヴリン一瞥したが、彼は押し黙ったまま表情一つ変えなかった。転法輪は肩を竦め、己が胸ぐらを掴むエミリーへと視線を戻す。
「ノルベルト・クナイフェルの遺産は星見 恵那に相続させる。本社の決定事項が何だ、僕は一人でもやり遂げてみせる」
「どうする気? 少なくとも貴方は、現在進行形で心臓を握られている状態なんだけれど」
室内だというのに、じわりと嵐が巻き起こる。
嵐を自在に精製出来る古の魔法使いの迫力に、その場に居た全員が気圧された。
「似たような事やって、香港で謹慎食らったばかりでしょう。少しは大人になりなさい。うちの会社、クビが飛ぶという事は文字通り首が飛ぶのよ。断頭台なんて洒落たものは用意されず、刃こぼれだらけの首刈り斧でね」
「それでも!」
嵐に顔を歪めながら、転法輪は叫んだ。
「アレは彼女に相続させる。アレの相続人は、彼女でなければ意味がない。そして今の彼女にこそ、アレは必要なんだよ」
「それは
「さあね、分からないよ。けれどね、彼女は多分この件が円滑に終わったとしても
「遺産こそがその地盤に成り得る、と?」
イーヴリンの問いに、転法輪は肯定する。
「たったそれだけの理由で、謀反を起こすというの?
「エミリー姐さん、僕の経歴見てなかったのかい?」
場違いな程快活に笑って転法輪は答えた。
「僕はもう、跡形もなく存在を抹消された後なんですよ」
胸ぐらを掴んだ手を放し、エミリーを解放させる。同時、あれ程までに吹き荒んでいた嵐がぴたりと止んだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「けれども、彼女は違う。彼女は続いていく人間だ。その地盤を固める事が出来れば、僕の命や存在程度、なんて事はないさ」
「成る程、分かったわ」
堕ちるようにソファーに己の身を埋めると、エミリー・リントンは組んだ足の上で両手を組むと歯を向き出して嗤った。
「面白そうじゃない。乗ったわ、それ」
「エミリーッ!!」
「年甲斐もなく膜を破られた乙女みたいな声を上げないで、イーヴリン。耳障りよ」
悲鳴に近いイーヴリンの言葉をエミリーが一蹴する。
「正直いい加減、伝書鳩の真似事をさせる役員共に業腹だったのよ。奴らの脂ぎった顔が苦悶に揺らぎ、それで薄幸の少女が生きる望みを繋ぐなら、これは最高の嫌がらせになると思わない?」
「正面切って役員に喧嘩をふっかけるつもりか!? おい、まだそんな資金も人脈も――」
「何言ってるの? イーヴリン。わたし達はビジネスマンじゃあない、魔法使いなのよ。だから本社からの指令はメールでなくフクロウ。違う?」
徐に取り出したスマートフォンのロックを解除し、メールを呼び出す。
「そういえば台風が来るんですってね、指令を持ってくるフクロウはさぞ遅れることでしょう」
白々しく嘯くと、エミリーは指を鳴らした。
一瞬にしてスマートフォンはショートし、完全に沈黙する。
「丁度、新しいiPhoneが欲しかったのよ」
呆気にとられる三人に対し、エミリーは素っ気なく答えてから転法輪に視線を向けた。
「それにしても・・・・・・彼女の地盤を固める、ねぇ」
値踏みと興味の邪推入り交じった双眼で転法輪を穿ち、エミリーは薄笑いを浮かべる。
「本当にそれだけ? いつも相続人に肩入れしてトラブルを巻き起こす貴方だけれど、今回のは少し違うように感じたわ。このわたしの胸ぐらを掴むなんて行為、普段の貴方なら絶対にしないもの」
「ご想像にお任せします」
苦笑する転法輪に対し、エミリーはそれ以上何も聞かず意味深な笑みを湛えたまま踵を返した。
「――さて腹は括ったわね、野郎共。囚われた姫君の救出作戦を始めるわ。ハンバーガーとコーラしか脳味噌にないヤンキーの口に、マーマイトとヒマシ油をしこたまねじ込むわよ。絶えず前と後ろから垂れ流す程にね」
「・・・・・・おい」
軀を尻尾の先まで硬直させたタマが、目線で転法輪に訴える。
「ひょっとしてお前、この若作りにとんでもない貸しを作っちまったんじゃあねぇか?」
「正直、僕も啖呵を切った事を今もの凄く後悔しているところだ」
顔を見合わせ、二人で深く溜息を吐く。
隣では、イーヴリン・ポープが直立したまま気を失っていた。
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