第四章『最後に残った魔法は〝希望〟』

四、『最後に残った魔法は〝希望〟』その1

 東京国際空港国際線旅客ターミナル到着ロビー。


 人混みの中から待ち人を見付けるや、イーヴリン・ポープはスマートフォンでの読書を中断して迎えに行った。


「ようこそ、日本へ。エミリー・リントン」

「何度も仕事と観光に来ている国よ、そういうわざとらしい挨拶はやめて頂戴」

 大型のスーツケースの上へ御座なりにアタッシュケースを載せると、エミリー・リントンと呼ばれた女性は半眼で応える。歳は二十代後半、ブロンドの髪を後ろで結ったスーツ姿の女性であった。


「季節外れの台風が列島を横断するそうね、あと一便でも遅かったら巻き込まれる所だったわ」

嵐の統率者テンペスト・コンダクターの二つ名を持つ君が、東洋の台風如きに恐れをなすなんてね。どうだい、名刺代わりに台風を退けてみては?」

「冗談でしょう、九百四十㍱よ? この間アメリカを襲ったハリケーンよりも巨大なの。そんなものを軽々と退けたら、地球にどんな影響が出るか分かったものじゃあないわ」


 何を馬鹿な事を、イーヴリンの言葉に嘆息混じりでエミリーは答える。


「面倒だね、魔法使いってのは。悩みや問題も地球規模だ。そんな人間がしがない保険屋で働いているってのも、何とも世知辛いな」

「それはお互い様でしょう、イーヴリン。創業当時の同期も、ついにわたし達だけになってしまったわ。今では上に居る役員共さえ軒並み年下よ」

「お互い出世には興味なかったからね、エミリー。まあ出世街道を駆け足しで走り抜けた連中が今や軒並み墓の下R.I.P.というのが、何とも皮肉が効いていて良いじゃあないか」

「そうは言っても、最近では出世に精を出しているそうじゃあないの。ようやく昼行灯は卒業した訳ね?」


 エミリーはイーヴリンに対し、値踏みをするような視線を送った。それに対し、イーヴリンは肩を竦めて軽い口調で答える。


「紆余曲折あれど私達が作り私達が大きくした会社だからね、多少なりとも愛着はあるんだ。昼行灯なりにね。だから債権の遣り取りでグラフと睨めっこしている役員達をのさばらせておくのは、ちょっとばかし気に食わないのさ」

「貴方らしい意見ね」

 失笑し、エミリーは言った。


「そんな甘い考えだから、こんな極東に流れ着いたのよ」

「案外愉しいものだよ、日本ここも。道行く人々が親切だし、その辺にあるトイレも清潔だ。そして何より、旨い鰻が食える。最高だ」

「いっそ保険屋辞めて、コメンテーターになったら?」

「残念だが、昔から裏方が好きなんだ」


 悪意を込めたエミリーの言葉に、イーヴリンは涼しい貌で受け流す。


「さて、持って来てくれたね?」

「ええ、きちんと期限は厳守したわ」


 スーツケースの上にぞんざいに置かれたアタッシュケースに一瞥をくれ、エミリーは頷いた。


「これが、ノルベルト・クナイフェルの遺産よ」

「よく通ったね、税関」

「中身はただの手紙、特別な魔法品マジック・ギアではないから余裕よ。それより、この遺産を受け取る幸福者は一緒じゃあないの?」

「あ――――その事なんだが・・・・・・」


 どう切り出せば良いものか、額にびっしりと脂汗を纏わり付かせイーヴリン・ポープは思案する。しかしエミリー・リントンの煉獄のような視線に射竦められ、渋々と口を開いた。


「・・・・・・WoMAウーマに連れ去られた」

「は?」


 僅かな沈黙。

 須臾しゅゆ、嵐のような怒声が到着ロビーに響き渡った。

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