三、『魔法使いは碌でなし』その8

 ――現在。


「お初にお目に掛かります。俺の名前はマーフィー・マー。まあ行儀良く自己紹介したところで、貴方は俺の名前などよりも俺の所属が気になっていると思うんですがね」


 マーフィー・マーは仰々しく己の軀を前へ傾けると、細い双眼を薄らと広げた。


WoMAウーマ、と云えば分かるでしょうか? 俺はそこでしがないキュレイターをしています」


 その言葉を聞いた途端、動揺から喪失した転法輪 循の戦意に炎が宿る。

 また、怖い顔になった――――反射的に星見はマーフィーの影に隠れた。それが転法輪の心を重くしたが、その重みを無視するようにマーフィーを見据える。


WoMAウーマだ? それ、何モノだ?」

「正式名称は、魔法使い集約機構Wizards of the Mobilize Association。絶滅と消失の危機にある魔法と魔法使いを保護する為にアメリカで組織された団体だけれど、やっている事は学芸員と強盗を足して二で割ったような連中だ」

 聞き慣れない言葉に説明を求めるタマに対し、転法輪は憤怒を籠めた口調で答える。


「だから僕達埋葬協会の人間は、連中を拝金主義者カリキュレイターと呼んで蔑んでいる。要するにだ」

「それはお互い様でしょう、慇懃無礼な強盗パーミッショナーさん」


 あくまでも笑みを湛えたまま、マーフィーは言った。


「禁制品の違法売買に始まり、トラブルを起こした相続人への襲撃や殺人、そして報復活動。貴方方がやっている事は、明らかに保険業から逸脱しています。この国ではそういう人達をヤミ金と云うそうですよ。もっとも彼らは貸し付けた資金の回収手段を選ばないだけで、貴方達のように己の溜飲が降りるまで一族郎党を鏖殺したりはしませんが」

「ルールを破れば、自らの血で贖う。それが魔法使いだ。白々しいな、君だって知っているだろうに」

「聞きましたか!」


 芝居がかった口調でマーフィーは声を張り上げた。


「ルールを犯した者は、どんな惨い仕打ちだろうとも甘んじて受けねばならない――――それ、とてもではありませんが、文明人の所業とは思えませんね。俗に私刑。正に野蛮と呼ぶべき行動です」

「テメェ、何言って――」

「そう激高しないで下さいよ、妖精猫ケット・シー君。俺は魔法使いです。故にその掟には一定の理解があります」

 けれど、と口元を吊り上げて嗤う。


「果たして・・・・・・、どうでしょうねぇ?」

「!?」


 一点に視線を注がれ、彼女――星見 恵那は体を震わせた。

 その表情には明らかに畏怖が込められている。


「星見 恵那さんは一般人です。そんな野蛮な倫理が支配する世界に生きてはいない。ただ、祖父が高名な魔法使いだっただけ。たったそれだけの理由で、野蛮な魔法使いの倫理を適用してはなりません。人として、ね」

「何を言ってる・・・・・・?」

「星見 恵那さん、貴女は魔法使いになりたいですか?」


 殺意の篭もる転法輪の言葉を無言で退け、マーフィーは振り返り星見へ問う。


「え――――」

「俺はね、いや・・・・・・我々WoMAウーマは、貴女の祖父ノルベルト・クナイフェルの遺産を買い取ろうと申し出ているのです。魔法使いでなければ、魔法は必要ありませんからね。当然、買い取り金額は弾みますよ。後ろにゼロが十も付けば、ドルでも円でも十分でしょう」

「そんな事、急に言われても――」

「まあ、普通は悩みますよね。しかし、早急に答えを出して頂きたい。遺産相続まであと数日しかありませんので」

「駄目だ! 遺産を売却してはいけない!!」

「貴方には聞いていないんですよ、調停員パーミッショナー


 剣呑に視線を開き、指を鳴らす。

 途端、打ち棄てられたエドゥワルド・クナイフェルの屍体が小刻みな痙攣と共に起き上がり、悪夢のような動作を伴って転法輪へ襲い掛かった。


「コイツだったのか、死霊師ネクロマンサーは!」

「いえいえ、本業ではありません。ハイチで安く死霊魔法ネクロマンシーが買えましてね、モニターがてらに使っているのですよ」

「だろうね、本物にしては動きが雑だ」


 湿り気の残るトレンチコートを翻し、転法輪は拳銃の引き金トリガーをリズミカルに引いた。

 夜闇に断続的に響く、パラベラムの調べ。弾倉マガジンを一つ使い切る頃には可動箇所が破壊され、動く屍体は元の屍体へ変貌する。


「はん、残念だったな! 銃さえあれば、コイツにとっちゃ死人アンデッドなんて木偶人形も同然なんだよ」

「腹が立つぐらい得意げですがね、妖精猫ケット・シー君。別に俺は対抗しようとして死人アンデッドを使った訳じゃあないのですよ」


 瞬間、小動物の背骨によって編み上げられた拘束具が星見 恵那の躯を束縛した。


「時間が稼げれば、十分です」

「ッ!?」


 一瞬にして肢体の自由を奪われた星見 恵那。彼女が抗議の言葉を紡ごうと動かした口へ、尾骨で出来た猿轡さるぐつわが噛まされる。


「有り体に言って、人質です。彼女が同意しようとも、貴方方LIMBOがおいそれと魔法を譲渡するとは思えない。彼女を五体満足で返して欲しければ、俺の元へノルベルト・クナイフェルの魔法を持って来なさい」


 拘束された星見を荷物のように肩へ抱えると、マーフィーは指揮者のような仰々しさで転法輪へ宣した。


「期日は三日後、十月二十八日。当然、この日が何の日か知っていますよね? そうです、遺産の相続日です」

「っ――――――――」


 転法輪は歯を軋ませながら、銃口をマーフィーへ向けた。

 しかし角度的に彼の急所は星見によって遮られている。


「それでは、ごきげんよう」


 徐に取り出したペスト医者の仮面を被り慇懃無礼な口調で言うや、星見の躯ごとマーフィーは夜霧のように闇夜へ溶解していった。


「クソッ!!」


 何処までも食えない男。芝居がかった不貞不貞しさに、転法輪は感情を露わに吐き捨てた。


「どうするんだよ、この失態! もう厭だからな、ネット環境のない世界なんて!!」

「決まっているッ!!」


 動揺するタマに対し、転法輪が剣呑な視線を向ける。


「取り戻すんだよ、彼女をッ!!」


 刹那、彼の脳裏に何者かの声が響いた。




 オマエニ、

 ソノシカクガ、

 アルノカ、




 それは実に冷酷な声であったが、間違いなく転法輪 循自身の声であった。

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