三、『魔法使いは碌でなし』その7
――先刻。
魔法使いの決闘が行われると聞いていた場所は、モノレールに乗る時よく見ていた吊り橋であった。
結界を張る時はこういう隔離出来る場所が良いのですよ、とマーフィーは言う。空間を断絶したとしても違和感がないからと。
あの屋上と学校、どちらも堂々とやっていたというのに決闘だけは隔絶するのかと星見は思った。変な横やりで邪魔されたくないのか――――その時はその程度しか考えが及ばなかったが、実際にこの眼で見て
「・・・・・・これが、本当の魔法使いの決闘ですよ」
橋梁の端、エドゥワルド・クナイフェルと転法輪 循の戦いを遠巻きに観察しながらマーフィー・マーは言った。
「先程の花火は、謂わばママゴトです。こんな端に居るのに、殺意が空気を震わせるでしょう? 何せルールを整備して行儀良くなった
「何故、彼は・・・・・・転法輪 循は、あんな獣のような戦い方を?」
「魔法に対抗する為ですよ」
言うと、マーフィー・マーは煙管を一服付ける。
「魔法を防ぐ方法は幾つかありますが、魔法を使わないで防ぐにはああして物理的に妨害してやるのが一番だ。杖を振るう腕を切断したり、呪文を唱える口を裂いてやれば魔法は使えない。どんなに呪いに対抗する為に様々な加護を身に纏っても、結果はご覧の通りです。たった一発の銃弾であのザマだ」
視線の先で炎の獣を駆り、転法輪 循の喉笛を噛み切らせようとエドゥワルド・クナイフェルが号令を出した。
しかしそれはあっさりと回避され歯噛みする結果となる。思えば先程から、エドゥワルド・クナイフェルの魔法が命中した
「呪文を唱える口調や仕草、そして放たれる未来位置さえ予測してしまえば、発動した魔法を回避するのもそう難しい事ではないんですよ。特に、彼の魔法は射角が単調だ。あの程度ならば、ドッチボールに精通した小学生でも軽々と回避出来ますよ」
マーフィーが嘯いている間に、エドゥワルドの杖を握った右手が宙空高く打ち上げられた。先日の屍体よりもずっと現実感がない。
人形の手のようだと、星見は思った。人間の部位は切り取られた瞬間物体に変わるのだと、彼女は識った。
「魔法とは何か、聞きたがってましたよね」
刻み煙草を詰めながらマーフィーは星見に視線を向ける。
「アレが魔法の正体です。時代遅れの野蛮な代物。どんな
ご覧なさい、マーフィーは煙管を燻らせながら人差し指で転法輪を穿った。
「転法輪 循の、あの恍惚とした表情。あれこそが、魔法使いの貌です。最後まで魔法を使わなかった事から推測するに、彼の魔法は戦闘に不向きなのでしょう。もしくは――――いや、この状況ではどうでもいい推測ですね。とにかく彼は戦闘に於いて、魔法が使えない。しかし、その戦い方は正に魔法使いの戦い方だ」
「・・・・・・違う」
跪いたエドゥワルド・クナイフェルに対し何度も
「彼は、魔法を使えなかったんじゃあない・・・・・・魔法を使わなかったのよ。だって彼にとって魔法は、人を殺す為の物じゃあないのだから」
「確かに、そうかもしれませんね。その矜持は立派ですが、あの姿を見て貴女はまだそんな蒙昧な事が言えますか?」
転法輪は血に塗れていた。
着込んだトレンチコートがぐっしょりと重みを持つぐらいの赤。顔や髪にまで返り血が飛散し、所々が乾いて堅くなり始めている。視線は冷酷なまでに血走っていたが、口元は満足げに弛緩していた。
分からない。初めて逢った時から、彼が人を殺す存在であることは知っていた。
死人の時も冷酷にナイフを振るい、強制的に活動を停止させている。
それなのに何故か、あの転法輪 循の様相に足が
軽口を叩き堂々とクズな発言をする彼と、眼前の血に塗れた男が一致しない。
別人、別人格のように思える。側で成り行きを眺めていたデブ猫も、いつものような
「・・・・・・まあ、いいでしょう。会って話せばはっきりします。では行きましょうか。きっとこのサプライズに、彼も思い切り驚いてくれる筈です」
一層眼を細めて満足げに笑うと、マーフィーは悠々とした態度で吊り橋の中央へと歩き出す。
「魔法とは何か、理解出来ましたか?」
重い足取りで後ろを付いて歩く星見に対し、マーフィーは軽い口調で問うた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
星見 恵那は何も答えない。
魔法は理解出来た。
しかし、転法輪 循が分からない。
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