三、『魔法使いは碌でなし』その5
魔法とはなんだろう。
その疑問は、星見 恵那の中で日に日に肥大化していった。
もはや自死などどうでもいい。この疑問に明確な回答を提示してくれるのならば、喜んで自殺を諦めよう。
「・・・・・・ああ、何となく理解した」
星見は独り言ちて納得する。
この感覚、全てをかなぐり捨ててでも回答を欲する衝動。これこそが、世界の答え合わせというやつなのではないだろうか、と。
けれども、それは星見が知りたい事ではない。知りたい事はもっと別の、例えば転法輪 循の暮らしている世界の事とか。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
俯いて、胸中の言葉を消し飛ばす。
「
寄せては返す、後悔と自己嫌悪。髪を掻き毟り、星見 恵那は黄昏時の空をモノレールの陸橋越しに眺めた。
十月中旬、空気が澄み切りいよいよ秋は深まり始めたが、紅葉はまだ片鱗さえ見せてはいない。そういえば紅葉は何月からだったろうか、毎年思い出せずいつの間にか色付いている気がする。こちらの都合などお構いなく。
「ああ、なんだか無性に腹が立ってきた・・・・・・」
星見 恵那は、秋が嫌いである。
街中に広がる
誕生日は碌な事がない。
哀れみも嘲りも、ベクトルが違うだけで嫌がらせに他ならない。今の叔父伯母夫婦はこちらへ過度に干渉して来ないのが唯一の救いだが、それも誕生日となれば果たしてそれもどうなるか。
満々の笑みと共に自分の年齢と同じ本数の蠟燭が並べられたホールケーキなど出された日には、星見 恵那はショックのあまり金輪際自殺を考えなくなる自信がある。
「どうせならいっそ、魔法で全部吹き飛んでしまえばいいのに」
そうすればこの気持ちも、少しは晴れるかもしれない。
こういう事に魔法を使ってはいけないと転法輪 循は咎めるだろうが知った事か。魔法とは何か、あの男が肝心な事を教えないから悪いのだ。
「結局信頼されていないって事ね、分かっていた事だけれど」
そもそも、出会って三週間足らずの人間を信頼するというのが無理な話である。当然星見も頭では理解はしていたが、何故か心では理解しきれなかった。
「っ――――――」
唐突に込み上げた悔しさに、星見は奥歯を強く噛み締めた。それ程までに、自分は人との繋がりに餓えていたというのか。あの人間失格さえ恋しがってしまう程に。
情けない。これでは市井の小娘と同じではないか。
「――最近の学生は、悩みが多くて大変そうですね」
背後からの声に、星見は反射的に振り返る。
男であった。歳は三十程度。牧師のような黒い服を身に纏い、慇懃無礼に細い眼をさらに細めて笑っている。
「いや、失礼。そんな所でこれを憎々しげに見上げていたもので、うっかり声を掛けてしまいました。勉強は大変ですからね、成績の良し悪しで人生が決まるなんて不平等の極みですよ」
そう語る男の視線の先には、予備校の看板。
「別に・・・・・・そういう訳じゃあありません」
進路に悩む女子高生に思われた事に気分を害し、星見は強い口調で答えた。
「それに、勉強なんてやれば誰でも出来る。その結果の良し悪しで人生が決まるのであれば、十二分に平等と言えるのではないでしょうか。自ら与えられた機会を捨て、やれば出来る事をやらないというのは、それは怠けている何よりの証。そんな怠け者は、虐げられて然るべきだと思いますよ」
「これは手厳しい」
星見の言葉に男は笑う。それに対し、わざとらしい笑い方をする人間だと思った。
「しかしまあ、それが真理ですよね。世は全て実力主義。受験然り魔法然り・・・・・・ね」
「!?」
聞き間違え、ではないだろうか。しかし星見 恵那の外耳は間違いなく男の言葉を捉えていた。
確かに、男は口にした。
魔法、と。
「俺の名前は、マーフィー・マー。見ての通りのアメリカ人です」
こちらの表情から内面を読み取ったように、男は言った。
「そして魔法使いです。ああ、別に怪しいカルティストとかではないのでご安心を」
「魔法使い・・・・・・ですか」
死人の件が星見の脳裏を掠め、学生鞄の持ち手を握る力が自然と強まる。
「ええ。今時このような肩書きを名乗るのもどうかと思いますが、実際に魔法使いなもので。ああ、職業は画商みたいなものです。埋葬協会で働いている貴女のお友達と違って、大した守秘義務もないので何でもお答え出来ますよ」
刹那、指を鳴らす。強く持ち手を握っていたはずの手に、いつの間にか薔薇の花束が握らされていた。
「!?」
警戒心を露わに、星見は反射的に身を翻す。
それに対しあくまでも自然体のまま男――――マーフィー・マーは話を続けた。
「絶滅危惧種達が肩寄せ合って暮らす狭い業界ですからね、こちらが意図せずとも情報が入ってくるのですよ。当然貴女の事も存じて居ますよ、星見 恵那さん。あのノルベルト・クナイフェルの血と遺産を受け継いだ幸運な方だとか」
「貴方がわたしを殺しに来た魔法使い?」
学生鞄に結わえられた小瓶を意識しながら、星見は問う。
「いえいえ、殺すなんて野蛮な。現在貴女の置かれている状況に於いて、俺はまだ全くの無関係ですよ。強いて言うなれば、RPGの村人Aと申しましょうか。話し掛けると攻略に有益なヒントを与えてくれる、そんな都合の良いお人好しさんです」
「自分で自分の事をお人好しという人間、わたしは信用しません」
「良いですね、その
「何の?」
「魔法使いになる適正、ですよ」
マーフィーの予想外の言葉に、星見は目を丸くした。
「予想出来た事でしょう、何を驚いているのですか。貴女はクナイフェル家唯一の生き残り。魔法使いになるというのは、当然の成り行きというものでしょう」
「唯一・・・・・・? え、だってわたしを殺しに来たのは――」
「殺されたんですよ、埋葬協会に。ドイツで暮らすクナイフェル家の人間全員ね。虐殺、と形容した方が正しいかもしれません。埋葬協会の人間が埋葬するなんて、質の悪い冗談みたいでしょう?」
「保険屋、ですよね? 何でそんな人達が、一つの家を皆殺しなんかにするんですか?」
混乱して、上手く言葉が紡げない。問いたい事は数あれど、言葉にならずに
「謂わば連中は、保険屋の皮を被ったマフィアですからね。目的の為ならば容赦なく殺戮を実行する。故に秘密も多い。最たるものでしょう、転法輪 循など。あんな危険人物、普通の会社では社員として雇いません。彼はね、掃除屋なんですよ。
「――――――――――」
思い当たる節は多々あった。
初めて逢った時から、彼は一流の殺し屋だった。当初は護衛の為かと思ったが、あの圧倒的な戦闘能力はどう考えてもオーバースペックである。普段が普段なので忘れがちではあるが、異質な世界の常識に照らし合わせても明らかに転法輪 循という存在は異常であった。
「そんな彼が己の手の内たる魔法を見せる事など、安易に出来ないのは当然です。彼にとって魔法とは殺害手法に他ならない。聞いた話ではこの日本という国では忍者を筆頭に、魔法を暗殺の手段としている家系が多々あるそうじゃあないですか。怖い国ですね」
「違う――」
可笑しく語るマーフィーに対し、星見は首を横に振った。
「そんな人じゃあない。彼は・・・・・・転法輪 循は、魔法を殺しの手段に用いる人じゃあ決してない。でなければ、あんな事は――」
「確かめて、みますか?」
再び指を鳴らす。一瞬にして握っていた薔薇の花束が枯れ果て、灰燼に帰した。
「今宵、転法輪 循は魔法使い同士の決闘に臨む。貴女の今後を賭けるという、貴女と同じクナイフェル家の生き残りたるエドゥワルド・クナイフェルの申し出を受けてね。彼が何者であるか、魔法とは一体何なのか。そこではっきりしますよ」
どうします? マーフィー・マーの細い眼が、切っ先のように星見 恵那を穿つ。
喉元に剣を突き付けられた気分。動じる心を押し込めるように、星見は彼をしっかりと眼前に捉えた。
「連れてって」
星見の短い言葉に、ひっそりとマーフィーは嗤う。
それは文字通り、悪魔の笑みであった。
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