三、『魔法使いは碌でなし』その4

「・・・・・・どうして、こうなってしまったのだ」


 中華料理店の個室。両手で顔を覆いながらエドゥワルドは呻くように言った。

 手にはスマートフォン。ブラウザには海外のニュースサイトが表示され、よく見知ったミュンヘンの街並みが表示されている。


 表示されているのは街並みだけではない。

 エドゥワルド・クナイフェルが幼少期から過ごしてきた邸宅とそれを取り囲む規制線、そして無数のパトカーが不鮮明な画像で映し出されていた。


 記事の内容は、クナイフェル家によるテロ計画事件の顛末。

 容疑者は特殊部隊との銃撃戦により全員死亡、計画は未遂で終わる。邸宅からは特殊な思想が記された書物、違法薬物や銃器の類が押収されたとあった。


「毎回多額のをしている連邦刑事庁BKAから飼い犬を差し向けられ、あまつさえテロリストの誹りを受けるなど・・・・・・悪夢だ、悪夢としか言いようがない」

「十中八九、連中の仕業でしょうね。LIMBOリンボの」


 タブレットを操り同じ記事を読みながら、マーフィー・マーは御座なりに答える。

 テロリストと銃撃戦を繰り広げた特殊部隊は州警察の所属ではなく、連邦警察庁直属の対テロ特殊部隊なのではないかという憶測が書かれていた。


「そんな事は分かっている!」


漆塗りのテーブルを両手で叩き、エドゥワルドは怒りを露わにする。


「このタイミングでこの所業、陰険な保険屋共の仕業以外に考えられん。連中にテロリストとカルティストの汚名を着せられた事にも噴飯するが、何より気に食わんのは連中が短杖ワンドではなく自動小銃マシンガンで襲ってきた事だ。魔法使いならば魔法使いらしく、魔法決闘メンズーアに挑めば良いものを。奴らに魔法使いとしての誇りはないのか!!」

「亡くなった家族よりも誇りですか、犠牲者には孫娘も居たというのに」

 油淋鶏ユーリンチーを自分の皿に取り分けながら、マーフィーは応える。


「そっちは別に構わん。どうせ奴らとも遺産の件で揉めていた。要はクナイフェル家が続けば、それで良いのだ。今回の事が片付いたら、適当な女に私の子供を孕ませれば良い」

「草葉の陰で、ノルベルト・クナイフェルも泣いていますね」

「何か言ったか?」

「いや、別に」

 肩を竦め、マーフィーは油淋鶏を口に運んだ。


「正直、俺としてはアクションが少し遅かったと思います。向こうの弁護士をクリスマスに黒サンタクネヒト・ループレヒトが靴下へ入れる炭に変えた辺りで、こういう事態になると予想していたので。こちらへの嫌がらせとしてのタイミングは絶妙ですが、報復行為としては些か弱い。恐らくこの報復はLIMBOリンボ社としての意思ではなく、タイミングを見計らって進言した人間が起こした結果でしょう」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 マーフィーの言葉に、腕を組んでエドゥワルドは押し黙る。その態度に彼は嘆息し、箸を停めて口を開いた。


「計画を前倒した方が、良いかもしれませんね。資金や魔法品マジック・ギアの援助は打ち切られましたが、反してこの件で身内から足を引っ張られる事もなくなった。動き出すなら今だと思いますが?」

「それはお前の意思か、それともWoMAウーマ本体の指示か?」


 マーフィー・マーを穿つ、剣呑なエドゥワルド・クナイフェルの双眸。個室の中がニトロで満たされ、緊張感が機雷のように漂った。


「友人としての忠告、じゃあ駄目ですかね?」


 糸のように細いマーフィーの両眼が、折り畳んだナイフを展開するようにゆっくりと開く。眼力が醸し出す怖気に、思わずエドゥワルドは息を呑んだ。


「貴方からノルベルト・クナイフェル作の焔の壷を受け取った事で、貴方が結んだWoMAウーマとの契約は終了しています。我々の目的はあくまでも、魔法とそれに関する品々の蒐集。貴方は対価として品を払い、俺という力を受け取った。しかしそれでは、幾ら何でも寂しいじゃあないですか。効率や合理主義も良いですが、たまには絆や人情というのを重視したって罰は当たりませんよ」

 麻婆豆腐を小皿に取り分け、湯気を払わず口に運ぶ。


「これでも俺はね、買っているんですよ貴方を。このご時世、魔法使いとしてのケジメを付ける為に遠い異国から魔法決闘メンズーアを挑みに馳せ参じるなんて、尊敬はしませんが感嘆はします。貴方が本懐を遂げる為に、是非ともこの俺マーフィー・マーに露払いを命じ下さい」

「・・・・・・お前の気持ちは分かった」


 息を深く吐き出し、エドゥワルドは言葉を紡ぐ。


「進言を受け入れ、計画を前倒す。早速、調停員パーミッショナーとの魔法決闘メンズーアの準備を整えて貰おうか」

「仰せのままに」


 マーフィーは一礼してから、胸中でほくそ笑む。

 時代遅れの魔法使いを嘲るように。


「ところで、一つ手を貸して貰いたいのだが」

「何でしょう?」

「今し方、間違えてニュースサイトの広告をタップしてから、私のスマートフォンが動かなくなった。この状態を解消するには二五〇ドル支払う必要があるらしいが、払ってみても変化がない。これはひょっとして、機器の方が故障したのだろうか?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



        ◆◇◆◇◆



「――この間の死人アンデッドの件だけどよ」


 授業が始まり星見 恵那が教室に帰ったのを見計らって、タマが徐に切り出した。


「確かにあの夜魔法使いは居なかったみたいだけどよ、結構事態はヤベぇんじゃねぇか? 通ってる学校が割れていて、まるで監視するかのようにその学校の校舎で死人が徘徊していた。間違いなく何時でも手を出せるって警告だろう、これ」

「だろうね」

 フライパンの油汚れを拭いながら、転法輪は相槌を打つ。


「しかしまあ、大した問題ではない。警告というのは常に慢心と表裏一体なんだ。向こうはこちらの手札を知っているように振る舞っているが、こちらが手札を覗いている事に気付かない。どうせ向こうのやる事は決まっている。わざわざこちらから対処する必要なんて微塵もないさ」

 しかし、と煙草を口に咥えカセットコンロで尖端を点した。


「クナイフェル家の一族郎党を鏖殺し、供給元の大窪組を潰したからね。流石のエドゥワルド・クナイフェルも、ピッチを上げてくるだろう。予定だった相続日時よりも前に、仕掛けてくるんじゃあないかな」

「何をだ?」

「決まっているだろう、クナイフェル家の当主様だぞ?」

 煙草を咥えながら、転法輪は唾棄するように笑った。


「遺産相続の権利を賭けての魔法決闘メンズーア以外、考えられないよ」

「星見 恵那とか? しかしアイツは魔法なんて使えないぞ?」

「だからLIMBOウチの弁護士を消し炭に変えて、調停員ぼくらを引っ張り出してきたんだろうよ。エドゥワルド・クナイフェルにとっては正々堂々のつもりだったろうが、現代文明と百年以上の齟齬があったろうね。名誉を賭けた殺し合いなんてやったら普通は警察が飛んで来るし、魔法使いの世界だって今回のようなペナルティが科せられる。古書と薬品に囲まれた屋敷で引き籠もっていたから、彼はそれが分からないのさ」


 悲劇だね、と転法輪は口を歪めて嘲笑した。


「毎度の事ながらお前は本当に嫌いだよな、そういう魔法使い」

「正直顔も見たくないんだけれど、仕事だからしょうがない。これでも僕は大人だからね、多少の事には目を瞑るのさ」

 半眼のタマに対し嘯くと、転法輪は咥えた吸い殻を指で弾く。


「しかし、気になっている事が一つだけあるんだよね」

「何だよ?」

「裏切り者のくせに、クナイフェル家は名誉を重んじる。魔法使いでもない反社会勢力の連中を雇って星見 恵那を襲わせるいうのは、連中の行動理念から逸脱している気がするんだ。魔法決闘メンズーアの為に僕らを引っ張り出した事とも矛盾する」

「協力者が居る、と言いたいのか?」

「だったら良いんだけれどね、。しかしエドゥワルド・クナイフェルだけでなく、僕らを含めてそいつが事態を俯瞰していたとしたら、かなり拙い。何しろ、の目的が全く分からないんだから。後手に回るのは確実だ」

「・・・・・・普通にヤバくね? それ」


 急に真顔になり、タマは言った。頭頂部の耳は後ろに下がり、口元が引きつっている。


「どう考えても、国家権力けいさつに任せる案件だろ・・・・・・」

「泣き所は僕らも後ろ暗い存在で、彼らのお世話になれないところだね。別の意味でお世話になってしまうから。だから僕らは、降りかかった火の粉を自分の力で払わなければいけない」

 願わくば、と新しい煙草に火を点けながら転法輪は言う。


「彼女・・・・・・星見 恵那には、魔法決闘メンズーアを見られたくはないな」


 その言葉は、自然と口をいて出たものであった。

 言葉と共に吐き出した紫煙に咳き込み、我に返る。


 何故ここで彼女の名前と面影が浮かんだのかと、考えながら。

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