三、『魔法使いは碌でなし』その3
「――魔法って、一体何なの?」
野外演劇場、スマートフォンに視線を落としていた星見は唐突に言葉を紡ぐ。脈絡のない急な問いに、思わず転法輪とタマは顔を見合わせた。
「前からね、思っていた事なのよ。風追いだって先日の死人だって、コツを掴めば誰でも使えるんでしょ? でもわたしは使えない。それって、誰でも使えるとは言えないんじゃあないかしら」
視線を放したスマートフォンのディスプレイには、ニュース動画が流れている。
内容は系列の中でも特に過激派として悪名高い大窪組が、たった一夜にして組員全員が殺害され事務所も爆発物のようなもので壊滅したというものであった。
「魔法使いの事も世界も教えて貰ったけれど、魔法の事ははぐらかされてばっかりな気がしてるのよ。それはしょうがないと思う。わたしは遺産相続に巻き込まれているけれど、本来は魔法と関係ない一般人なんだから。けれどさわりぐらいは教えてくれたって構わないのではないかしら?」
「さわりというのは難しいな、何せ魔法は概念の話だから」
転法輪は油が温まったフライパンにベーコンを投入しながら言う。
「ただまあ、仕組みではなく考え方なら話せるよ」
「考え方?」
「そう、考え方。魔法は誰にでも使える、それは事実だ。程度の差や得意不得意はあるけれど、習えば誰でも使える。例えば君、車の運転は出来るかい?」
転法輪の問いに、星見は首を振った。
「例外はあるけれど、教習所に通わなければ車の運転方法は知らないよね。世の中にこんなに車が溢れているのに、習わなければ使う事は出来ない。魔法も同じでね、使い方はそこら中に溢れている。ただそれに普通の人は気付かないし、気付いたとしても魔法を使おうなんて思わない」
「どうして?」
「簡単だよ、面倒だからさ。火を起こすにしたって、
言って、転法輪は割り箸でフライパンのベーコンを裏返す。焦げ目の付いた表面から小刻みに油が弾け、香ばしい匂いを漂わせた。
「魔法というから、分からなくなるのさ。廃れた方法、死に行く技術。それが魔法の本質さ。要するに魔法使いは、浜辺や河原でバーベキューをやる連中と同じだよ。ちょっと車で行けば店があるのに、わざわざスーパーで食材を持ち寄って面倒な事をやりたがる」
「そしてたまに騒ぎを起こしたりゴミを持ち帰らなかったり、という訳ね」
「まあ、そういうことだ」
転法輪は頷くと、食パンの袋を破いてスライスされた薄い食パンをフライパンへ投入した。
「じゃあ何で、そんな使い勝手の悪い代物を後生大事に魔法使い達は研究しているんですか? 聞いた話だと、魔法使いは効率厨みたいな連中でしょう。世界の答え合わせの為に手間の掛かるような方法を取らず、最新の方法を選べば良いのに」
「今更戻れないのさ」
食パンを裏返して上にとろけるチーズとバターを載せながら、転法輪は言った。
「研究に使った年月が百年を優に超えている。所謂コンコルド効果ってヤツさ。此所までの年月を費やしたんだから、もう後には戻れないって。後は――」
手にしたトマトを引き抜いたRAT-5で輪切りにし、一切れずつフライパンへ並べていく。
「何か寂しいじゃあないか、そのまま廃れていくというのは。往々にして便利なものというのは、便利な道具が失われれば使えなくなってしまう。対して魔法というのは技術だから、便利な道具がなくても最低限使う事が出来る。いざというとき、実に役に立つ。こんな具合にね」
サバイバル技術と同じ扱いかよ、星見は卵を二つフライパンへ割り入れる転法輪に対して胸中で突っ込みを入れた。
そもそもあのカセットコンロ、一体何処から引っ張り出してきた? 文化祭用とシールが貼っているのに。
「まあ要するに、魔法なんてなくとも現代人は便利に生きていけるというわけだ」
「そうですね、普通は学食を利用するのでこんな場所で昼食を自作したりはしませんからね」
「正直さ、僕学食嫌いなんだよ。混んでる時に四人席を一人で占領するのに罪悪感を感じるというかね。待たせて悪いね、という気持ちが大きくて食事に集中出来ないんだ」
「相席という概念はないんですか?」
「ない」
真顔で言い放つ転法輪 循に対し、星見 恵那は確信した。
クズだコイツ、と。
「ひょっとして、食べたい?」
フライパンを火から下ろしながら、転法輪は星見に尋ねる。
「いいえ、死人を斬ったナイフで調理したものは流石に」
ちゃんと洗ったよ、と肩を竦めて転法輪は食事を始める。衛生観念の話ではないのだが、恐らくこの男に話しても分かるまい。
ああ畜生、匂いだけはとても美味しそうなのに。
「魔法、使ってみたいのかい?」
「使えれば、足手纏いにならないかなって」
星見は髪を耳に掛けながら言った。
「先日死人の件だって、わたしを狙ってあんな事になったわけでしょう? これから先、同じ事があっても魔法が使えるなら対応出来るかなって」
星見の発言に対し、転法輪はチーズトーストをかじるのを止め徐に懐から鍵束を取り出した。それから、誰かが投げ込んだコンクリートブロックを一つ、自分の手前へ持ってくる。
「何・・・・・・してるの?」
「この鍵束を小学生が体操着袋を廻すような感覚で、こんな風に回転を掛けてやると――」
ゴン、という鈍い音。遠心力が加わった鍵束を叩き付けられたことによって、コンクリートブロックは一瞬にして二つに割れた。
「鍵の個数にもよるけどね。このぐらい付けておけば、頭蓋なら一発で陥没させる事が出来る。相手の運が悪ければ即死。大した技術がなくても使える武器なんて、その辺に転がっている。わざわざ護身用に魔法を覚える必要はないよ。はっきり言って、無駄の極みだ」
鍵束を揺らしながら、転法輪は淡々とした口調で語る。
その冷たい双眼を星見はよく知っていた。彼が人を殺す時の眼。違う。それも似ているが、別の眼だ。あれこれ思案した結果、小西 沙友理の半開きになった冷たい眼が、一番近かった。
「人殺しとか、そういうゲスな事に魔法を使ってはいけない。人殺しなんて、どうしたって出来るんだから」
「じゃあ一体どういう事に、貴方は魔法を使う訳?」
「誰かを幸せにする為、かな」
予想外の発言に、星見は失笑する。
「そんなに変な事かな?」
転法輪はばつの悪い顔で、ベーコンとトマト、潰れた目玉焼きをトーストに載せて折り畳む。
「うん、とっても。猫だってそう思うでしょ?」
「猫じゃねぇけど、同意するぜ。いつも物騒なお前に、その言葉は似合わねぇ」
失笑は爆笑に変わり、周囲の壁に反響した。久しぶりに笑ったので、腹筋と背筋が引きつったように痛い。
笑いながら、星見は思考する。
誰かの幸せの為に。
うろ覚えの祖父も、そういう気持ちで魔法を使ったのだろうか。夢の中、魔法の光を見る幼い自分に対して彼は朗らかに笑っていた。幼い孫の幸せを願うような貌で。
光球を産み出す魔法、死者を人形のように使う魔法。どちらも同じ魔法なのに、どうして
改めて、星見 恵那は思う。
魔法とは、一体何だろう。
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