三、『魔法使いは碌でなし』その2

 ――数時間前。


 市内にあるシティホテルのコンフォート、それが転法輪 循とタマの住居である。

 今回だけが特別という訳ではない。二人は常にホテル暮らしである。適当なアパートやマンションを借りるよりも手軽にセキュリティを確保する事ができ、尚且つ清掃などの面倒事もない。宿泊費は全てLIMBOリンボ本社の経費で落ちるので、どんな部屋を選んでも経済的な負担も皆無。国から国へ渡り鳥のような生活を送る二人にとって、まさにホテルは格好の住居であった。


「――君達は、いつもこんな暮らしをしているのかい?」


 ソファーに深々と腰掛け、イーヴリン・ポープは転法輪に問うた。


「僕らの仕事に於いて機密保持は大事だ。ある程度のセキュリティ保持となると、流石にモーテルはないだろう。安心して欲しい、経費とはいえ流石にスウィートって事はないから」

「別に私の懐が痛む訳でないから、君がスゥイートルームに泊まろうがシングルルームに泊まろうが関係ないけれどね」

 イーヴリンは両眼を動かし部屋を見渡す。


 幾つもの調度品に混じり、サベージ社製ライフル10BA-STEALTHステルスが現代アートのように立て掛けられ、使用する6.5㎜ライフル弾のパッケージがレンガの如く積み重なっていた。ピエトロ・ベレッタ社の92FSは清掃の為にテーブルの上で分解され、銃身の隣にスプリングコイルが並べられている。

 ベッド脇にはオンタリオ製のRAT-5がランスキーのクランプに挟んだまま置かれ、窓脇のカウチには人の代わりにピカティニー・レールにグレネードが接続されたH&K社製MP5の短身型クルツ二丁並んでが座っていた。


「日本では銃の所持が禁止されている筈だが? もう少し武器の保管に気を遣い給えよ、ヘルズキッチンのホテルでも警察官が飛んでくる有様だ」

「そりゃあ、ヘルズキッチンはそうでしょうとも」

 しかし、と転法輪は92FSを組み上げながら語る。


「この国は違うさ、平和だから。まともに生きていたら、死ぬまで本物と偽物の区別なんてつかない。清掃に来たハウスキーパーもサバイバルゲームに使う玩具としか認識しないよ」

「流石に玩具と本物の区別ぐらい付くだろう。君、ハウスキーパーを少し見くびり過ぎはしないか?」

「見くびっているのは貴方だよ、イーヴリン。暇な時にでも、適当なトイガンショップを覗いてみるといい。ぱっと見、本物と区別付かないから。それに部屋の隅に隠している方が、なんだか本物っぽいだろう? これも一種の防衛手段なのさ」

「・・・・・・・・・・・・・・・」


 転法輪の言葉に未だ疑いを持ったまま、イーヴリンは話題を本来のものへと矯正すべく大きく咳払いをした。


「お前が言っていたように、エドゥワルド・クナイフェルが入国していたよ。やはり、二週間前の死人アンデッドの件はクナイフェル家が関わっている可能性が濃厚になってきた」

「クナイフェル家ってのは火の遣い手なんだろう? 〝パラケルスス式四大元素〟の属性では死人の魔法は土の魔法だった筈だけれど、何でクナイフェル家が使えるんだ? まあ、属性ってのは人間が勝手に作っただから、使えても不思議はないんだけれどよ」


 テレビでアニメに夢中になっていたタマが、横から口を挟む。


「君の意見は尤もだ、妖精猫ケット・シー君。要は違和感があると言いたいんだろう? クナイフェル家は魔法に依存した前時代的生活に誇りを感じているイカレた連中だ。そんなサイコ野郎共の当主が自身の属性とは違う魔法を使った事に君は違和感を感じている、と。違うかい?」

「すっげぇな、お前の新しい上司。髪の毛はねぇけど、中身の回転はめっちゃ速いみたいだぜ。この間のクソブタとは大違いだ」


「褒め言葉として、受け取っておくよ」目を丸くして驚くタマに対し、イーヴリンは歪な作り笑いを浮かべた。「話を戻すが、彼らが死人アンデッドを作り出しても何ら問題はないんだ。クナイフェル家はワーズワースに使えていた時期があるからね」


「ワーズワース?」

「魔法使いの家系だよ」


 パーツの噛み合わせを確認していた転法輪が、タマの疑問に答えた。やはり、ステンレスモデルは分解清掃が楽でいい。


「呪われた家系だ。色々と倫理観をぶっ飛ばした研究をしている家でね。まあコイツ等はすこぶる評判が悪い」

「何でさ? 正直オイラはお前ら魔法使い共が、真っ当な倫理観を持ち合わせているとは到底思えないんだけれど。所詮は人でなしの集まりだろう、魔法使いって」

「酷い言われようだね、しかしまあ事実だ」


 足を組み直し、腕を組むイーヴリン。


「我々が連中を嫌っているのは、たかだか百年程度の歴史でデカい顔しているからだ。デカい顔をしているならまだいいが、連中がやらかした爪痕は今も欧州各地に〝呪い〟として残っている。たった一人、エーギル・ワーズワースを界間旅行者わたるものへ昇華する為に家と世界を生け贄に捧げるような連中など、我々の非常識な倫理観を持ってしても許容出来ない」

「そういう訳で、クナイフェル家は嫌われているのさ。ワーズワースの持つ魔法に目が眩んで、真っ先に尻尾を振ったからね。ノルベルト・クナイフェルが出て来なければ、未だにクナイフェル家は裏切り者の家系と罵られていただろう」


 転法輪とイーヴリンの説明を聞いたタマは、やがて口を開く。


「お前等って、本当に根深いんだな。何十年前の話だよ?」

「仕方がないよ。魔法使いは魔法の影響で長命な連中も多いからね、当事者だった連中も大勢居るんだ。そういった奴らの中では、まだ終わっていないのさ」

 答えながら、転法輪はイーヴリンを一瞥する。イーヴリンは気にするとなく、言葉を進めた。


大戦期WW2、ワーズワースはで魔法の兵器転用を研究していてね。死人の魔法は連中の数少ない成功例の一つだ。末席を汚していたクナイフェル家の奴らが扱えても不思議はないというわけだ」

「成る程、理解した。しかし魔法を兵器転用って、随分壮大且つ無駄な試みだな。ぶっちゃけ、百年前でも魔法より近代兵器の方が勝っていたんじゃあねぇの?」

「言ったろう、連中は歴史の浅い小童だと。普段から魔法に触れている妖精猫ケット・シー君には分からないかもしれないが、そういった連中は魔法の力を必要以上に過信してしまう傾向があるんだ。後は――」

「後は?」

「国から予算を引っ張る口実だろう。大戦中はよくあった」

「世知辛い話だな・・・・・・」


 嘆息し、タマは再びアニメに視線を移した。ようやく本題に移れると、イーヴリンは転法輪へ剣呑な視線を穿つ。


「今回の件、一般人を巻き込んだのは流石に拙かった。本来こういうことは余所に任せているが、LIMBOうちも弁護士をイモリの黒焼きのように黒焦げにされた件もある。本社は昨日付で、クナイフェル家を根絶する決定を下した。一族郎党、皆殺しだ」


 言って、イーブリンは己の鞄から出したファイルを転法輪へ手渡した。


「表向きのは、連中が下らん大義を掲げてテロを計画していたというものだ。丁度、奴らが裏でしでかしてきた証拠が遺産としてLIMBOリンボ本社には沢山ある。大義名分として、申し分ない」

「方法は?」

「我々は文明人だ。短杖ワンドを使って炎を操ったり、太古の神に祈りを捧げて流星を落とす必要もない。特殊部隊に扮してミュンヘンにある奴らの邸宅へ押し入り、しこたまNATO弾の薬莢をばらまいて帰るだけだ。後は周囲の人間が勝手に証言したりユーチューブへ投稿したりしてくれる。テロリストと警官隊が銃撃戦をした、とね。多少メディアを賑わすかもしれないが、魔法が露見することはない」

「また随分エグい事を。何処が文明人だ」


 転法輪はリストに目を通しながら、半眼で応える。殺害対象のリストには八才の少女も含まれていた。


「別に我々は陽気な街の保険屋さんではないのだよ。社訓にもあるように、回収出来なければ血で払って貰う。弁護士をカエルではなく炭に変え無関係な一般人を死人アンデッドにしたとしては些か足りないが、まあ後は当主の血を以て帳尻が合うように天秤を調整するから宜しく頼むよ」


 イーヴリンは、別のファイルを転法輪へ差し出した。そこには日本人の名前と住所、そして簡素な地図が描かれている。


「星見 恵那への刺客の供給元であるヤクザ、大窪組の構成員リストと事務所の住所だ。今から新たな手配先を探すのは大変だろうから、コイツ等を根刮ぎ殲滅してしまえばこれ以上星見 恵那が襲われる心配はない」

「事情は分かったけれど、僕らは調停員だぞ? 間違いなく、職務の範囲を超えている」

「済まないね、日本支部うちは慢性的な人材不足なんだ。一人の人間が幾つもの役割を掛け持たなければ、とてもじゃあないが仕事が回らない。本社にも散々掛け合っているんだが、だ」

「上司の怠慢だよ、それ」


 嘆息すると、転法輪は受け取った二つのファイルをベッドへ放り投げる。ファイルの角がハンドルにぶつかり、落下したナイフが二つの紙束を穿った。


「しかしまあ、お陰で本国に居るクナイフェル家からの支援は望めず、遣い魔たるヤクザもこれで打ち止めって訳か。後は異国でじり貧になった当主様をキツネ狩りの要領で殺害すればいい、と。前々から思っていたけれど、本当に貴方は性格が悪いな。日本ではそういうのを鶏を裂くのに牛刀を用いるって言うんだぜ」

「獅子は鼠を狩るにも全力を出す、とも言う。要は考え方の違いだよ」

 にべもなく言い放つと、イーヴリン・ポープは大仰な仕草で組んでいた両手を広げた。


「それに本来、君はこのような鉄火場が得意だと聞く。猟犬になり損ねた狂犬の力、存分に振るってくれ給え。栄えある私の出世の為にね」

「承りましたよ、と」

 御座なりに相槌を打つと、組み上がった92FSに弾倉マガジンを差し込み遊底スライドを引く。初弾が薬室チャンバーへ送り込まれ、人を殺す準備が整った。


 不意に、転法輪 循は社名であるLIMBOリンボという言葉に思考を巡らせた。

 Limboとは、洗礼されぬ者達が住まう天国と地獄の狭間にある地を差す古い言葉である。宗派によってはキリスト生誕以前の善人が過ごす地ともされるが、忘れられた地であることに変わりない。


 忘れられた者達が住まう、忘れられた地。

 四ツ辻に区切られ、永遠に続く回廊。


 まるで亡霊の巣だと、転法輪は胸中で嗤った。

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