二、『調停員は高校講師』その5

 ――翌日。


 一夜にして五人の少年少女が失踪した事件は、校内でそれ程話題にはならなかった。


 大槻を筆頭とした男子生徒三人組は遅刻と無断欠席の常習犯で、彼らが何日も自宅に帰らない事は珍しい事ではない。両親さえも彼らの行動を把握しては居らず、精々世間体を気にして彼らがまた悪さをしなければと考える程度である。

 小西 沙友理や生盛 由依の両親達は心配こそしたものの、学校に連絡するまでもないと娘の帰宅を待つ事を選択した。


 同時期に五人の失踪、間違いなく事件である。しかし不良崩れの三人組とクラスで人気のある女子二人、彼らを結びつける事などある程度クラスの情勢を把握している担任でさえ難しい。誰一人として事件とは考えず、教室の席がまばらに五つ空いたまま滞りなく時間が過ぎていった。


 ただ、少女達の情報ネットワークだけは別であった。彼女らは小西 沙友理と生盛 由依が、大槻らと共に肝試しに参加した事を知っている。本当に幽霊に襲われたという荒唐無稽な話から、大槻が小西 沙友理と駆け落ちしたという夢のある話まで、実に様々な噂がひっそりと、しかし確実に少女達の間で広まっていた。


「――七不思議、ねぇ」


 野外演劇場、コンクリートの長椅子に腰掛けながら転法輪は言った。校内全面禁煙を完全に無視し、口には火が点った煙草を咥えている。


「僕の居た高校にもあったな、トイレの花子さんとか歩く人体模型、死神が写る呪いの鏡とか色々。まだそんなな話が蔓延はびこっているなんて、なんだか時代錯誤でおかしいね」


 それをお前が言うか、魔法使い。星見 恵那はハムサンドを囓りながら、半眼で偽講師を見た。転法輪は微塵も気にせず、理科室から拝借したアルコールランプを使い、ビーカーで湯を沸かしている。


「しかし、それと五人が失踪した事に何の関係が? その大槻という少年は所謂ヤンキーだろう? ヤンキーが学校をサボるのは普通なんじゃあないか?」

「ヤンキーといっても、中途半端な連中ですよ。別にレジメントみたいな不良グループに所属している訳ではないのに、そこに所属している知り合いの話を持ち出して虎の威を狩るような半端物です」

「悪い奴らは大体友達、ってヤツか。まあ大体のヤンキーはそういうものだろう。適当に悪ぶっていれば適度にモテる。本当にレジメントに入っていたら、刑務所に入るのがオチだからね。それより半端にやっていた方が、色々と具合が良いのさ」


 ケラケラ笑う転法輪の態度に、星見は機嫌を悪くする。それを察して「彼らと何かあったのかい?」と問うと星見はさらに機嫌を悪くして俯いた。


「僕、何か悪い事言った?」

「お前はデリカシーという大事な物が欠落しているからな」

 日向で微睡んでいたタマの目が開く。


「年頃のメスが機嫌を悪くしているってのはアレよ、アレ。って事だ」

「あの日、どの日?」

「ああ、あの日だ。あの日ってのはだな――」

「殺されてぇか、この馬鹿エロ猫ッ!!」


 怒声と共に星見の拳が垂直にタマへ振り下ろされる。それは完璧な一撃であり、必殺の拳であった。一瞬にしてタマのライフは削り取られ、地面へ深く沈み込んだ。


「事あるごとにちょっかいを掛けられていただけです。別に他意はありません」

「好きな子には悪戯を、か。僕にはなかった青春の一ページだ。羨ましすぎて眩しいな」

「そんな、夢のある話なんかじゃあ・・・・・・ない」

 奥歯を軋ませ、星見は言う。


「何処で聞いてきたのか知らないけれど、わたしがいけ好かない連中にされた事を好き放題誇張してからかってくる。頼めばらせてくれるとか、教師を誘って単位貰ったとか、冗談じゃあない!! あの類人猿にも劣る霊長目共に、わたしの何が分かるッ!?」

 怒りを吐瀉物のように吐き出し、星見は吠えた。


「ああ、思い出して腹立ってきた。特にあの大槻とかいう猿、下ろし金で摺り下ろしたような顔面のくせにイケメン気取りやがって、気色悪いったらありゃしない。ああいうのが、生理的に無理って感情なのね。知りたくなかったけれど、貴重な体験になったわ。それからあの川口って怪人ラード男――」

「あー、横道逸れて語っているところ申し訳ないんだけれど」

 ダウナーに色々と呟き始めた星見を制するように、すかさず転法輪が口を挟んだ。


「その五人が、昨日から行方不明という事か。肝試しを計画して仲良く夜の学校に忍び込んだは良いけれど、どういう訳だか戻ってこない。駆け落ちって噂もあるけれど、七不思議の呪いによって戻って来られない可能性もある――――こういう理解で良いのかい?」

 転法輪の問いに対し、気を取り直した星見は無言で頷いた。


「間違いなく、サボって五人揃って何処かで遊んでいるだけだろう。どう考えても、呪いや駆け落ちじゃあない。断言する」


 話はそれだけと言わんばかりに吸い殻を弾き、転法輪はカップ麺の蓋を開ける。かやくと液体スープの袋を取り出すと、ビーカーで沸騰している湯を並々と注いでかやくを散らした。


「え・・・・・・でも、肝試しを計画した五人が同時に姿を消したんですよ? 普通、そんな事有り得ないでしょう?」

「そりゃあね、一ヶ月とか一年失踪していればな。けれど、昨日の今日だろう? 事件を疑うって方が難しいよ」

「それも・・・・・・そうだけれど、じゃあサボって何やっているっていうのよ?」

「そりゃだろ、ズッコンバッコン」


 復活して下品な事を言うタマに対し、底冷えする眼差しを穿つ星見。一瞬にして秋を冬へと季節を進める彼女の双眼は、まさに魔眼の領域であった。


「そういうことも、まああるだろうね」


 腕時計のベゼルを弄りながら転法輪は言った。


「とにかく、何でも不可思議な事にしない方がいいよ。簡単によく分からないモノのせいにすると、本当に分からなくなるからね」

「でも・・・・・・分からないんですか、魔力の波動とか痕跡みたいなの」

「そんなの分かったら、誰も苦労しねぇよ。細い龍脈一つ見付けるのに、何度ボーリング調査するかお前知ってんのか?」


 タマの言葉に星見は押し黙る。野外演劇場に流れる、重苦しい沈黙。それを破るように転法輪はカップ麺から蓋を引き剥がし、液体スープを流し込んだ。


「・・・・・・調査、だけなら構わないよ」

「おい、オイラ達の仕事は――」

「僕ら調停員の仕事は、相続人の身の安全の確保。これも立派な業務の内さ。僕らが断れば、彼女はたった一人で七不思議の謎を追ってしまうよ。そこで何かあったら、僕らはまた始末書と缶詰の拷問生活が待っている。かなり、拙いんじゃあないかな?」

 タマはまだ何か言いたそう口を動かしていたが、不機嫌な顔で押し黙る。転法輪はそれを肯定と受け取り、割り箸を割ってスープを馴染ませた。


「早速、今日の夜行ってみよう。学校の方は適当に言いくるめておくから、君は朝学校に通う時のように夜の学校に来ればいい」

「・・・・・・拳銃」


 要件だけ伝えて麺を啜り始めた転法輪に対し、星見は言った。


「何かあっても、学校で発砲はやめて。窓硝子ブチ割ろうが机を叩き割ろうが構わないけれど、銃は駄目。弾痕残るし、薬莢だって回収なんてしないでしょ? 誰も気付かないかもしれないけれど、わたしが知っている。こんなクソみたいな学校だけれど、わたしにとっては日常なの。だから――」


 箸を動かす手を止め、転法輪は星見を見た。平静を装ってはいるが、彼女の動揺は手に取るように分かる。やはり狙撃に変えて良かったと胸中で独り言ちた。


「ああ、ベレッタは持っていかない。約束する」

「それと、もう一つ」


 箸をスープに差し込む転法輪に、星見は言葉を続ける。


「味噌ラーメン派なのに、カップ麺は醤油なんですね」

「ああ、特段好きなモノに固執しないタイプでね。好き嫌いもないから、特に好物なんてない」

「じゃあ何で、あの時味噌ラーメンに固執したのよ?」

「何となく?」


 にべもなく答える転法輪 循に対し、星見 恵那は肩を落とした。


 やっぱりこの男、分からない。

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