第31話 再起①
ツキは、スキップしながら森を進んでいく。
──(雨、好きなんだろーな。木だから)
猿たちは苔が生えた地面を滑り、遊んでいる。
──2匹、転けて頭を打った。
(バカなんだろーな)
──森全体の色が少し青くなってきた時、先を進んでいたツキは急に立ち止まった。
何かを発見したかのように横を指し示している。
ぼくより先に合流した猿たちも横側をみて驚いた。
気になったぼくは少し足を早め、近づいていく──丸い手が向く方向に目をやると、そこには、巨大なひょうたんが浮いていた。
「えぇ! ……でっ……かぁ」
よく見ると浮いてはいなかった。
無数の根が蜘蛛の足のように生えており、巨大なひょうたんを支えていた。
リヨクは見惚れながら、ツキに手を取られ近づいていく。
ツキは、片方の手でぼくを引っ張り(掴んでいるのはぼくだけど)もう片方の手を鳥のようにパタパタとさせていた。
ゆっくり歩くぼくのせいで、猿たちに先を越されてしまい、ツキは苛立っているようだった。
リヨクは気を使い、少し足を早める。
──巨大なひょうたんの目の前まで来た。
ひょうたんは、バスが横に2台並んで立っているような大きさだった。
根は、高さ約5メートル。曲がっているので伸ばすともっと高いかもしれない。
数は13本。
両手で挟んでみると、幅は、中くらいのどんぶり鉢くらいだと思った。
この森を色々と探検したが、ひょうたんを見るのは初めて。葉っぱの手紙にも書かれていなかった。
──猿たちは、遊具で遊ぶように、根をつたってひょうたんに登り、頂上に到達すると、ひょうたんのくびれを滑り降りた──その後、根から根へと軽やかに移動し、鬼ごっこを始めた。
──鬼ごっこ……。
リヨクの脳裏に嫌な空想がよぎる。
──絵本に登場した鬼が人を吸い込むために使っていたような──悪夢に登場した青鬼の映像も、脳内で再生される──。
そして、その2つの話が混ざり合い、〝ひょうたんの中から鬼が出てくるのではないか〟と思うようになった。
いやいやそれは絵本の中の話……それは夢の話……けど、この世界なら……ありえる? …いやまさか。
震え笑いをした後、リヨクは猿たちに呼びかけた。
「もー。ほおって帰るよー、ぼく帰って寝たいんだけど」
すると猿たちは、すんなりと根から飛び降りてきた。
これで何もなく帰れそうだと、リヨクはほっとした。
──「ウキー!」
声の先を見ると、ひょうたんの頂上にまだ1匹猿が残っていた。
「もー、早く降りてきて、みんな待ってる」
「ウキッウキッウキッ」
どうやら足が引っかかっているようで、猿は、両手で片方の足を持ち、引き抜こうとしていた。
「ウキッ」──頂上にいた猿は、声を残して、ひょうたんの中に吸い込まれて行った。
「え……」
ぼくは周りの空気が固体になったような感覚になり動けなくなった。
助けようと進み出していた猿たちの動きもピタッと止まった。
真っ白になっている頭の中は、徐々に黄色に変わっていき──黒い三角のふちとその中にビックリマークが現れた──警告音と共に。
ひょうたんの中にいたのは〝鬼〟ではなかった。
──突然、ひょうたんの中から、ハエトリグサのような大きな口を持つ肉厚の植物がブワッと現れた。
(‼︎)──「み"んな逃げて!!」
リヨクは急いでツキを抱き抱え、周りにいる猿たちに叫んだ。
その大きな声にビクッとした猿たちは、リヨクとひょうたんをすばやく交互に見ながら、ぼくについて来た。
──リヨクとツキ、猿たちは、ひょうたんの中から現れた怪物に襲われる事なく、茎木に隠れる事ができた。
ドクン…ドクン…ドクン。心臓の音。
ザーーー。雨の音。
猿たちは、悲しい顔、怯えた顔をしながら、喰われた仲間を心配するように、ひょうたんの中から現れた怪物を見ていた──。
さっきまで楽しそうにはしゃいでいた、猿たちの暗い顔を見ていると、リヨクはたまらなく苦しい気持ちになった。
あいつを殺せば、まだ喰われた猿は助かるかもしれない………けど、どうしても倒せる気がしない。
茎木の何倍もの厚みがある。
根に固定されていて、怪物本体は動くことはないが、口から伸びる、ボールチェーンのような白くて長い舌。
その舌から流れ落ちた紫色の唾液は、地面の草を燃やしている? 溶かしている?
とにかく、唾液が落ちた箇所から煙が上がっている。
……無理だ、あんなの防ぎようがない。戦ったら絶対に死ぬ。
──トントン。
ツキがぼくの肩をつつき、怪物を指し示した。
「……倒せって?」
頷くツキ。
「あれはむりだよ……」
気づけば猿たちも僕を見ていた。
さっきと目が違う、助け出しに行く気だ。
ぼくは、立ち上がった猿たちの手を下に引っ張り、また座らせた。
「ウキー!」
猿たちは、ぼくに牙を向けた。
「行っても死ぬだけ。とりあえずちょっと待って、考えるから」
とぼくはとりあえず言い、戦いに行こうとする猿たちを止めた。
リヨクは、ヒーロー劇を見ている時の猿たちの顔を思い出した。
「はぁ……」
リヨクは考えながらしばらく怪物を見ていた。
脳内で怪物と戦うシュミレーションを何度も繰り返すが、 どう考えても死ぬ運命だった。
一応倒す策を思いついてはいたが、ぼくらも死ぬ。
──ずっとぼくをつついてくるツキと暗い表情で怪物を見る猿たち。
──「助けたい?」とリヨク。
猿たちは頷いた。
「死ぬかもしれないけど、助けたい?」
頷く猿たち。
リヨクは「わかった、ちょっと待ってて」と言い、森を歩き始めた。
──たんぽぽを見つけ、抜き取った。手が震えている。
深呼吸をし、芝を成長させ──猿たちの元に戻った。
ぼくを見た猿たちは、目を輝かせた。
──「仮面戦士リヨク! 只今参上!」
リヨクは、芝を巻きつかせて作った、
ワンピースの上から着ているため、中がゴワゴワとしているが、防御力が少しでも上がるなら、気にしない。
──猿たちにも、
そして、細長い葉っぱを4枚、大きく成長させ、剣のようにすると、猿たちに渡した。
「これで、あの根を斬るんだ」
リヨクは、ひょうたんを支えている根を指差しながら、猿たちに伝えた。
「ウキー!」
理解したかは分からないが、猿たちは気合いの入った声を出した。
──「《
リヨクは、花が閉じたたんぽぽを大きく成長させ、槍のようにピンとさせた。
「ツキ、ここで見てて。絶対に動いちゃだめ、わかった? ……ライオンとかが来たら逃げていいけど、それ以外はここで待ってて。──ぼくらが食べられちゃったとしても、助けに来なくていい。……それに、ぼくが死んだらあの家はきみが好きに使っていいから……あとは……」
言い終わったリヨクが、ポンポンと頭を触ると、ツキはぼくの足に抱きついて来た。
──「よし、行こう」
リヨクと猿たちは、隠れていた茎木を出て進み始めた──
ぼくは多分今、おかしくなっている。
怖いのに笑いが止まらない。怖いのに、なんかウキウキしてる。
──巨大なひょうたんの近くまで来ると、ぼくらは構えた。
「ひょうたん野郎! 覚悟しろ! いくぞーーー‼︎」
リヨクの叫びをきっかけに、猿たちは葉っぱの長剣を突き立て、ひょうたんめがけて駆ける。
しかし、リヨクは進まない。
──「《リベク》」
ぼくは、足に纏っている芝を上に伸ばし、高く上昇した。
──上に伸ばした芝は、徐々に倒れていき、怪物の真上で止まった。
リヨクは体勢を整え、地上で戦っている猿たちを観察する。
──「よし! いいぞ……」
猿たちは、ひょうたんの根を一本切り落とした。
──「やばいっ」
猿たちのピンチを確認したリヨクは、たんぽぽの槍を、怪物目掛けて投下した。
ヒュー──ズボッ! 槍が怪物の頭に突き刺さった。
──怪物の動きが一瞬止まった。
怪物は、顔をリヨクの方に向けると、舌で攻撃して来た。
──「危なっ!」
リヨクは、上空に曲がった状態で止めていた芝をピンとさせ、後ろに引っ張られるようにして攻撃を交わした。
「うわぁ〜ー──── あっ」
怪物は1つ舌を増やし、リヨクが伸ばしている芝に触れて溶かした。
しかしリヨクは、落ちる前に、足に纏っている芝を下に伸ばし、上空に留まった。
──猿はまた根を切った。
「よし!」
それからも、猿たちが攻撃されていたらそれをぼくが止め、リヨクが攻撃されていたら猿が止めを順調に繰り返した。
──現在、怪獣の頭には、たんぽぽの槍が計4本突き刺さっており、ひょうたんの根は、残り7本。
考えての行動かはわからないが猿たちは、根を端から切り落としており、ひょうたんはバランスを崩しつつあった。
ところが──「うっ!」
3つ目の舌がリヨクを完璧に捉えた。
下に吹っ飛ばされたリヨクは、地面に落ちるスレスレで身に纏っている芝を伸ばし、間一髪の命拾いをした。
舌何本あるんだよ……。
しかし、問題は舌についている毒だった。
追撃を、タンポポの槍でなんとか防いだが、これで最後の1本を失った。
一旦避難し、武器になる植物を探している時、猿たちの悲鳴が聞こえた。
2匹やられたみたいだった。
「クソっ!」あともう少しなのに……。
リヨクは、集中して辺りを見回す──「あった」
細長い葉っぱを成長させ、剣にした。
本体を倒すのは無理だが、根を後1、2本切り落とせば多分崩れる。──「よし」
リヨクは細長い葉っぱをもう何枚か抜き取り、ひょうたんめがけて走りだした──。
「え……そんな……」
ツキがひょうたんの下にいた。
──猿たちは全滅してる。
幸運にも、怪物はツキに気づいていない。
──ツキは、ひょうたんの根をパンチしている。
一体どうしたら……。
リヨクは剣突き立て、走り出した。
「うぉーああーー!」
──「ヴっ!」
舌フックをくらい、リヨクは吹き飛ばされた。
葉っぱの剣を地面に突き刺し、ふらつきながら立ち上がった。
ツキを見た──根を登っている。
うそだ……。
根を登る事により怪物にバレたツキに、3本の舌が襲いかかる。
……終わった。──
絶望的な状況に一瞬諦めかけたリヨクだったが、何もせずただツキが殺されるのを見ていることはできなかった。
しかし、叫ぶ事しかできない。それが今、ぼくにできる精一杯だった。
──「ツキ!!!! 逃げろ!!!!」
3本の舌がツキに当たる瞬間、ぼくは、喉がちぎれる程大きな声を出した。
すると突然、地面から木がボンッと斜めに生え、ひょうたんを叩き割った。
「!」
──地面に落ちた怪物は、隠れていた情けない下部が顕になった状態で気絶している。
リヨクは、なぜ突然木が生えて来たのか疑問に思ったが、考えるのをやめ、慌ててツキの元へ駆け寄った。
「ツキ!」
ツキは無傷だった。
ツキの無事を確認すると、葉っぱの剣で、怪物の細長い下部を切り裂いた。
すると、紫色の液にまみれた、毛が抜け落ち真っ赤な皮膚の猿が出て来た。
──「……」
リヨクは手遅れだと思った。
「……これ、ツキが?」
リヨクは、突然生えて来た木を、指差して言った。
ツキは頭を傾げた。
ツキは手を広げ、ハグを求めて来たが、リヨクは断った。
──「みて、できない」
リヨクは、両手を広げながら言った。
体中に、怪物の唾液が付着していたのだ。
最初に付着した顔と手が特にひどく、手首は骨が見えている。その他の皮膚は真っ赤に爛れていた。
けど、なぜか痛みは感じなかった。
──毒は徐々にリヨクの体を侵食していく──手はとれかけ、顔にぽこぽこと空いている穴も大きくなっている。
「ツキ……多分ぼくもうすぐ死んじゃう」
「ぼく、かっこよかった?」
頷くツキ。
──猿たちは全員、倒れたままピクリとも動かない。
ずっと地上で戦っていた猿たちは、ぼくより毒に侵されており、あばら骨がみえている者もいた。
ぼくもいずれはこうなるのかと思うと怖くなって来た。
とうとう死ぬのか……ぼく、結構頑張った。強くなった気がする。今日の戦いを誰かが見てたら、もう弱虫って言われないんじゃないかな……今なら地球に帰っても、けんじと戦える気がするな……。
ツキ? ──ツキはどこかへ行ってしまった。
どこに行ったんだろ。どうせなら死ぬまで一緒にいて欲しかったな……。
一緒に戦ってくれたタンポポも力を使い果たしたようで、白い大きな綿毛が空に舞っている。
雨も止んでいた──。
──あ。──綿毛がぼくに飛んできた。
──? ちがう……え、ツキ?
目の前に、真っ白な体のツキが現れた。
「え……なんで白……」
ぼくは気を失った。
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