第30話 ヒールの高いパンプスのような植物

 出発してから2時間ほど歩いた。

 森全体は青から緑に変わり、すっかりその緑に目が慣れた頃、{イス}はやっと足を止めた──。


「あれなに?」


 ぼくは、上部がスパッと切られた、6メートルほどの高さの茎木を指差して言った。


 その茎木は、チェス駒のように根本が末広がりになっている。

 下部に横に長い楕円の窪みがあり、その周りに縦に長い楕円形の大きな粒が6つ。その上に4つ付いている。

 ──日の光に照らされたそれは、エメラルドのような輝きを放っていた。


「ウキー」としか喋れない{イス}は〝とりあえず来て〟と言うようにぼくを手招きした。


 上部が切断された茎木の前まで来ると、{イス}は下部に空いた窪みを指差した。

 ──中を覗くと、大きな葉っぱが一枚生えていた。


 {イス}は自分が着ている服を掴み、その茎木を指差した。


「これで服作ったの?」

 {イス}は頷いた。


 ──{イス}は急に、地面に生えている芝を数本、絡ませながら伸ばすと、それを掴んで引っ張り、地面を開いた。

 ──地面に丸い大きな穴ができた。


「え〜!」と思わず声が出るリヨク。


 {イス}は〝待ってて〟とぼくに手のひらを見せると、その地下に入って行った。

 ──白い花とオレンジ色の花を持って上がってきた。


 {イス}は片方の手に持つ白い花をぼくに渡すと、茎木の下部に空いた窪みを指差した。


「これを、ここに置けばいいの?」

 頷く{イス}


 ──その白い花は、中心から放射状に広がる多数の細長い花びらがあり、その周りを王冠のような立派な花が囲っていた。


 ぼくは、窪みの中に手を突っ込み、大きな葉っぱの上に、王冠のような白い花を置いた。

 すると、その大きな葉っぱは、シュッと引っ込み──元の位置に戻ってくると、白い花は無くなっていた。


 リヨクにはそれが、巨人の舌のように見え、少し変な気分になった。

 ──ブルっ、ブルブル。


 身震いしてるリヨクに、次の指示が出た。


 ──〝バッグの中身をここに置け〟


 {イス}が指差す場所に、家から持ってきた花を置く。

 すると{イス}はぼくのバッグから出した白い花を手に取り、ぼくに渡してきた。


 さっきと同じように窪みの中にその花を置いた。

 ──ブルっ。


 {イス}は手招きし、ぼくを茎木の裏に連れていく──。


 前面が黄みどり色の茎木は、裏から見ると半分が真っ黒だった。

 茎木の前に、茎木と同じくらいの大きさ(約6メートル)の植物が並んで立っていた。

 その植物は、横から見ると同じひらがなの『し』のような形をしており、正面から見ると、ヒールの高いパンプスのような形をしていた。

 横幅は5メートルほど、奥行きは10メートルほどだった。


 {イス}は、上の服を脱いで、このヒールのような植物の中に入れと指示してきた。


 なんで服を脱がないといけないの? と思ったリヨクだったが、ツキも〝脱いで〟と言うので、なにか理由があるのだろうと思い、脱いで中に入った。


 ──ヒールのような植物の中に入ると{イス}は消えた。


「……{イス}……どこいったの? ……おーい」


 一体今からなにをされるのかと、不安になるリヨク。


 正面、少し離れた場所にいるツキと猿たちは、ハテナを浮かべ、ぼくの斜め後ろをじーっと見ている。

 ──猿たちの表情が変わった。


 なにに驚いているのか、猿たちはしばらく目を大きく開くと、急に歩き始め、茎木と、ヒールのような植物の中間に立ち、2つを眺めている。


 後ろからパキッパキッと言う音と、下から振動が伝わってくる。


「なに? なに? なに?」

 何が起きているのかわからない恐怖がリヨクを襲う。


 ぼくは両手で両肩を掴み、逃げ出そうとする自分を必死に止める。

 ──上から、後ろから、下から、白い糸が煙のように出てきた。


「うわぁー!」と叫び、堪えきれず外に出ようとするリヨク。

 正面にいる{イス}とツキは両手を見せ、〝おちついて〟と言いぼくをその場にとどめさせる。


「え……」

 〝手を広げて〟と言われ、顔を強張らせながらも従うリヨク。


 猿たちは手を叩いて笑っている。

「っ」

 思わず舌打ちが出るリヨク。


 しばらくするとようやく、何をしているかがわかった。


 ──(白い……服……?)


 ヒールのような植物の中から出てきた白い糸は、徐々にリヨクの上半身を覆っていき──気づくとぼくは、白い長袖Tシャツを着ていた。


「はぁ……」

 リヨクは深いため息をついた後、気になっていたヒールのような植物の後ろ部分を見に行った。


 すると、真っ黒な茎木から真っ黒な枝が無数に生えており、ヒールのような植物に繋がっていた。


 あの音と振動は、これが成長した時に生じたものだったのかとリヨクは思った。


 トントンと肩を叩かれ振り返ると、{イス}は〝次〟と言った感じで、巨人の舌がある茎木の正面にぼくを誘導した。


 ──リヨクは、{イス}からオレンジ色の花を受け取った。


 オレンジ色の花は、赤と黄色が混じり合った炎のような花だった。


 ──その後、これらを巨人の舌の上に置いた。


 ・炎のような葉っぱ×1

 ・黄色い朝顔×数10本

 ・透かしホオズキ(葉脈だけになった袋部分)×5個

 ・ホオズキの葉、数枚


 そして、さっきと同じ流れで、ヒールのような植物の中に入った。


 2回目は、何をされるかわかっているので、落ち着いて身を任せることができた。


 手を横に広げるリヨク──しばらく経つと、長袖で袖口が広い黒いワンピースが完成した。


 黄色い朝顔、透かしホオズキ(中に実)、ホオズキの葉は、どれも平らになり、まばらに散った柄として反映されている。


 広い袖口の中からオレンジ色が見える。

 炎のような花はおそらく、裏地として使用されているようだった。


 ポムヒュースの制服もドレープの効いた形状をしていたため、ワンピースを着ることに抵抗はなかった。


 白い長袖Tシャツと黒いワンピースは、どちらもさらさらとした優しい質感で、着心地が良く、ポムヒュースの制服同様U字を縦に引き伸ばしたようなキーホールネックの開きがあった。


 ──リヨクはこの服を気に入った。


「この服、すごくいい。ありがとう!」

 リヨクは{イス}に感謝を伝えた。


 相変わらず表情は変えない{イス}だったが、気分が良くなったのか、また地下に降り、長いホースのような茎を掴んだまま上がってくると、それをさらに上に引っ張り、地上に植え、コの字形のアーチを作った。


 地下からそのアーチに、計30着ほどの服やパンツ、靴やアクセサリーが次々と上がってくる。

 ──まるで下に誰かいて、ホースのような茎に掛かった服を、上に向かってスライドさせているようだった。


「おぉおぉおぉおぉ」


 リヨクと猿たちは、服が地下から地上に流れてくる度、それを目で追いながら興奮した。


 ──植物のアーチはわずか1分ほどで、色とりどりの服で埋め尽くされた。


「これ、全部作ったの?」

 {イス}は頷いた。


 キラキラと光り輝く服をみてテンションが上がった猿たちは、無闇やたらに触る──{イス}はカマのような植物をブワッと成長させ、猿たちを落ち着かせた。


「ウキぃ……」


 ──{イス}は、大小様々な黄色い星柄のミント色のオーバーシャツに着替えると、アーチにかかった服をいじり始めた。

 ──植物の皮でできたカラシ色のパンツを手に取り、ぼくに当てる。そして頷き、〝履け〟と指示してきた。


 丸くて硬い黄色い実が繋がったベルトを、黒いワンピースの上から巻く──植物の皮でできた黄色いブーツを渡してきた──臭くなかったので、履いた──仕上げに赤い羽根を頭にチョンと乗せる──少し離れてぼーっとぼくを見る。


 {イス}は、〝ま、いいでしょう〟といった感じで軽く頷くと、服を地下にしまい──「バタンッ」入り口を閉じた。


 ──{イス}は、それから地上に上がってくることはなかった。


「ツキ……{イス}出てこないね……帰ろっか」


 ──「きみたちも一緒に帰る?」

 リヨクは近くで寝ている5匹の猿に言った。

 いびきをかいていたので起きないと思っていたが、猿たちはサッと立ち上がり、{イス}に貰ったものをまとめた。


「……行こっか」

 リヨクは眠そうな声で言った。


 ──来た道を戻っていると、雨が降ってきた。

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