第29話 服を着た猿
──「ツキ! ……はぁ…いた……」
飛び起きたリヨクは、横で(たぶん)寝ているツキの姿を確認すると安堵のため息をついた。
昨日は元愛犬ラッキーが死ぬ夢、今日はツキが死ぬ夢。
ツキが現れたことにより寂しさは消えたが、心配が現れた。
強くならないと……こいつもラッキーと同じ運命に……。
リヨクは深呼吸をし、ツキと一緒に外に出た。
「……《リベク》」
リヨクは細長い葉っぱを成長させ、剣のようにピンとすると、走り、茎木を斬りつけた。
──動かない茎木をいくら斬ったって、強くなんかならないや……どうしたら……。
「パチパチ」猿たちの拍手。
ぼくがヒーロー劇を再開したと思ったのか、周りに動物たちが集まって来ていた。
「ちがう、遊んでるわけじゃない。あっち行ってて、危ないから」
ごめんごめんと合わせた手を縦に振ったり、かぶりも振る。
しかし動物たちは一向に帰ってくれない。
「もー、当たると危ないから集中できないんだって。みるならもう少し離れてて……もっと……もっと」
空気を押しながら近づいていくと、動物たちは後ろに下がっていく。
「そう……そう……これくらいならいいかな」
結構な距離をバックさせた後、リヨクは元の位置に戻っていく。
しかし、振り返ると動物たちも戻ってきていた。
「もう! ……そこに…ストップ! ……そこにいて、危ないから」
リヨクは両手を前に出し、動物を見ながら後ろ向きで歩き、元の位置に戻った。
「はぁ……え?」
ツキが猿たちに担ぎ上げられている。
──「ちょ…やめて、猿さんたち!」
ツキに駆け寄り、猿の肩を軽く掴みながら、大きな声で言うリヨク。
「……落ちたらツキ死んじゃうかもしれないから! 猿さん! …猿! …こら! ……《リベク》」
リヨクは地面に手を付き、
すると芝が伸び、猿たちの動きを止めた。
──「もう、ツキかわいそうだろ《
猿たちは、絡みつく芝から解放されると、眉を上げ、口を開けながら近づいてきた。
「え?」
リヨクはツキの手を握り、後ずさる。
猿たちの顔……完全に怒ってる。
先頭にいた猿が飛びかかってきた。
「痛っ!」
ドロップキックを顔面にかまされたリヨクは後ろによろける。
他の猿たちもどうやらやる気満々のようで、
片手で石を、お手玉のようにポンポンと投げてはキャッチを繰り返している奴なんかもいる。
リヨクは、猿たちの事を友達だと思っていたので、その豹変ぶりにショックを受けたが、すぐに冷静になった。
状況は違えど、友達の〝豹変〟には慣れっこだった。
急に怒るユウマ、急に狂うルエロ、急に裏切るクロスケ。
まさか森で経験するとは思っていなかったけど、人も動物も性格的にはそれほど変わらないのかも知れない。
溜まったものが爆発する時は突然訪れる。
──ぼく自身も経験済みだ。
爆発すると自分も周りも傷つけ、熱が冷めるまでに時間がかかる。多分この猿たちも、何かしら溜まっていたのだろう……冷ますのは至難の業だ。
──「猿さんたち、落ち着いて、ぼくはツキを守ろうとしただけなんだ……さっきの蹴り…でちゃらにしてくれないかな……」
リヨクは顔をおさえた後、両手でバッテンを作ったり、ジェスチャーでも何とか伝えようとした。
その時。
「コンッ」
一匹の猿がツキに石を当てた。
「ツキ! ……あ」
ぼくはすかさずツキの顔を触る。
おでこ辺りがボコんと凹んでいた。
リヨクは怒った。
「《リベク》」──葉っぱの剣を猿たちに向ける。
しかし、猿たちは怯む事なく、近づいてくる。
「
──スっ。
ぼくの葉剣は空を斬り、猿の蹴りはリヨクの顔面を捉えた。
「ブッ!」
体制を立て直し、また斬りかかるが「ブッ!」
リヨクは痛みと悔しさで半泣きになっていた。
猿たちは、シユラたちと違って笑わない。
至って真剣で、隙がない。
強い……。
リヨクはツキの手を取り、逃げた。
そして茎木に隠れ、地面の芝を何本も伸ばし、絡み合わせ、薄いスカスカの壁を作った。
そして、ポケットから緑色の石を10個ほど取り出し、地面に置く。
──その石にさっき抜いた猿たちの毛、数10本をまぶす。
──探索中に見つけた、折った部分から火が出る《ナユメ》の茎を取り出し、折り、火を出し、緑石にまぶした猿毛を炙る。
──芝と芝の隙間にその緑色の石をすべて挟み込み、猿たちに気づかれるのを待つ。
〝これはクロスケを地球に帰還させた、とても危険な石だ。〟
毛を炙り生まれた火の熱を通じて、毛の所有者の遺伝子情報を緑石に伝える。
その毛の所有者が60センチ以内に近づくと、その者の匂いを感じ取り、緑石に浸透したDNAが暴走する。
そして、緑石内部に、
──微細な粉末が舞う。
舞った粉末が、毛の所有者の体に付着すると、その体から
緑石内のDNAが元いた体内に戻ろうとする。
毛の所有者に付着した、砕かれた緑石の粉末から発生する
緑石から発生する
この2つが組み合わさることにより、圧倒的な加速が生じる。
石同士が弾丸のようなスピードで引き合い、緑石は、毛の所有者を貫通する。
「大丈夫だからね、勇者グリーンが守ってくれるよ……きたっ」
猿たちが近づいて来ると、リヨクはツキの手を強く握り目をつぶった。
──(ダメだ!)「やっぱりダメ! 猿さん! 来ちゃダメ!」
「バンッ‼︎」
緑色の石=
リヨクは薄い芝の壁からゆっくりと出る──穴だらけの猿たち。
「あぁ……」
リヨクはまた殺した。
──猿たちとの思い出がフラッシュバックする。
ヒーロー劇を見て拍手する猿たち──ヒーロー劇が中止とわかり、ショックを受ける猿たちの表情──探索中に食べれる実かどうか教えてくれる猿たちの姿。
こうするしか……君たちが悪いんだ……いや、君たちも悪いんだ……いま、何となくわかったよ。やっとヒーロー劇見れると思ってやってきたのに、ぼくにどっかいけって言われてムカついたんだよね……それとも…怒っていると思ってたけど、戯れてきていただけ? ……やっぱぼくが悪い……ぼくって怖い……きらい。
リヨクは猿たちの気持ちを理解しようとするうちに悲しい気持ちになり、自分の心の中の闇を感じ怖くなり、そしてそんな自分がまたきらいになった。
──目の前にサイズの大きい服を着た猿が立っている。
モモと再開した時にいた、服を着た猿だ。
手にはカマのような植物を持っている。
今からぼく、こいつに殺されるのかな……殺されても仕方ないよね、きみの仲間をこんな目に遭わせたのだから。
リヨクは、殺してくれと言わんばかりに手を大きく広げた。
服を着た猿は、カマを振りかざした。
「くっ」
覚悟を決め、歯を食いしばり、息を止めるリヨク。
──(いや、今死んだらツキはどうなる? ツキも殺される? …………まだ死ねない!)
防衛意識が働いたのか、咄嗟にツキを守るという誓いを思い出し、死のうとしていた自分を止めた。
「ファンッ」カマが風を切る音。
リヨクはその場にしゃがみ込み、ぶった斬られずに済んだ。
──再びカマを振りかざす服を着た猿。
その時、ツキが間に入り、手を広げた。
服を着た猿の動きが止まった。
どうやらツキを斬る気はないらしい。
ツキは近づいていき、声は無いが、奴と何か会話をしているようだった。
そして、服を着た猿は、袖口からダーツの矢のような植物を取り出し、ツキに刺した。
「え」
リヨクは、頭が真っ白になった。
──茜色の羽がツキの頭部に咲いている。
ツキには何もしないんじゃなかったの?
ツキはブルブルと震え出す──胴体から、静電気で逆だった髪の毛のように茜色の枝が複数本生えてきた──その枝は更に伸びると、穴だらけの猿たちに刺さった。
何が起きているのか、まったく理解できないリヨクは、ただただその場で立ち尽くす。
茜色の枝が刺さった猿たちは皆、
──茜色の枝がツキの胴体に戻ると、服を着た猿は、ツキの頭部に刺した矢を抜いた。
そして、ツキはパタっと地面に倒れた。
──「ツキ? ……ツキ? ……」
ゆっくりとツキに近づいて行くリヨク。
服を着た猿はまた、カマのような植物を振りかざす。
リヨクはツキの死を確認するために近づく──ぼくはまだ斬られてはいないみたいだ──そして、辿り着けるとは思っていなかったが、ツキに触れることができた──声をかける。
「ツキ! おきろ!! 死ぬな!!!」
自分でもびっくりするぐらい大きな声が出た。
──ツキは、生きていた。
ぼくの手をポンポンと叩き、ゆっくりと起き上がる。
「ツキ!!」ぼくは泣きながらツキを抱きしめた。
──傷が治った猿たち。
ぼくと猿たちは互いに謝り合い、握手した。
多分、ツキが猿たちに、ぼくの気持ちを伝えてくれたんだ。
よくわからないが、みんなツキのおかげで助かったみたいだった。
──その後、問題なくツキと共に暮らし、猿たちとの仲も戻った。
服を着た変な猿とは、ここ2週間で大分仲良くなった気がする。
最初みた時は、ひたすらぼーっと見てきて気持ち悪い奴と思っていたし、殺されかけたから怖いとも思っていた。
けど探索中。
森に生えている植物の食べ方や使い方を、実践で教えてくれたり、ソフトボールほどの黄みどり色の実や、所々に平らなガラスが張り付いたような四角い葉っぱなど、見た事ない植物をくれたりと案外いい奴で、リヨクはすっかり気を許していた。
──名前は{イス}。
「名前は? あるの?」
服を着た猿は、ぼくが芝で作った椅子を指差した。
「……芝?」
かぶりを振る。
「あ、椅子?」
頷く。
「なるほど、イスね」
頷く。
こんな感じの会話で判明した。
ぼくは手の動きや微妙な表情のちがいを見て、この猿が何を言ってるか理解する。(何となくだけど)
けど向こうはぼくの言葉がわかるみたいだった。
「なんで服着てるの?」と聞くと、
〝きみも着てるじゃん。〟といった感じでぼくの服を指差してきた。
「だれかに貰ったの?」と聞くと、
着ている服の両肩を掴み、その後よくわからないジェスチャーをしてきた。
「拾ったの?」、「買ったの?」、「もしかして……襲って奪いとったとか?」
と色々と聞いてみるが、{イス}はかぶりを振り続ける。
そして、1番ないと思っていたことを聞いてみた。
「作ったの?」──{イス}は頷いた。
びっくりしたぼくは、「えー! この服、自分で作ったんだ! すご!」と褒めた。
褒められても表情を変えない{イス}だったが、ぼくには喜んでいるように見えた。
──{イス}はツキに近づき、何か伝えた。
するとツキは、ぼくの手を取り、家を指差した。
「帰るの?」と聞くと、ツキは頷いた。
何を言われたのか気になったが、ツキに引っ張られるようにしてぼくは家の中に入っていった。
家に入るとツキは、自分の花のコレクション(おそらく石を集めているぼくの真似をしている)の中からいくつかピックアップして、植物の皮でできたバッグに詰めていく。
・黄色い朝顔(ツキに貰った)×数10本
・白い花(ぼくがツキにあげたものと同じもので、最近ツキに貰ったもの)×1本
・透かしホオズキ(葉脈だけになった袋部分)×4、5個
・ホオズキの葉数枚
これらを詰め終えると、ツキはまたぼくの手を取り、家を出た。
──{イス}が仲間の猿と首を絞め合っている。
「え!」
ケンカしていると思い、急いで駆け寄ると両者はパッと手を離した。
戯れ合っていただけだった。
{イス}はぼくのバッグの中を覗くと、頷き、進みながら手招きした。
「ついて行けばいいのかな?」
ツキは頷いた。
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