第28話 変な少女と猿と木
約一年ぐらい? ぶりに会う人間。しかもこの子は知り合いだ。
初めてポピュア村の食堂に訪れた日、オウエンがぼくらのテーブルに誘ったこの世界にきて耳が聞こえるようになったという少女だ。
あの日以来一度も会っていない。いや、学舎見学の時いたっけ?
リヨクが思い返していると、目の前にいる黒髪の少女が急に怪獣のようなポーズを取り出した。
(え…なに?)と面食らうリヨクに、彼女は目と口を大きく開けて叫んだ。
「あ"ーー!」
「わあーー!」
驚いたぼくは、咄嗟に近くの茎木に身を隠した。
木の陰からゆっくりと覗くと、黒髪の少女はまだ怪獣のように両手を広げたままこちらを見ていた。
ヒーローごっこを見られた恥ずかしさが、徐々にぼくの体温を上げる。
「なんだよ急に! ……どっか行けよ!」茎木から少し顔を出し、熱を吐き出すように声を荒げて、黒髪の少女に叫んだ。
その時ふと、彼女の後ろ、数歩離れた場所に、変な猿がいることに気づいた。
──サイズの大きな服を着た不気味な猿。
こんな猿見たことない。猿に似ているが、ほんとに猿なのかも怪しい。他の猿と何かが違う。服を着ているからとかじゃない、何かが……。
ぼーっとこちらを見続ける不気味な猿をしばらく観察していると、黒髪の少女がまた叫び、ぼくめがけて走ってきた。
「つい! わわたし、が、あいれ、だ……あ"〜」
「はぇ? ……何? …なになになにぃ⁉︎」
黒髪の少女が近づいてくるにつれリヨクは一歩二歩三歩と下がっていき、距離をとる。
「あ"ーーー!」
黒髪の少女はさらにギアを上げ襲いかかってくる。
そのあまりの剣幕にぼくは「うぁあーっ、く、くるなーー!」
と絶叫しながら、振り返ることなく走り続けた。
気がつくと後ろから迫ってくる声は聞こえなくなっていた。
リヨクは振り返った──いた!
黒髪の少女はキョトンとした表情で止まっていた。
「おまえ、なにがしたいんだ……はぁ…はぁ」
リヨクが息を切らしながらつぶやくと、黒髪の少女はニヤッと笑い、また怪獣ポーズをとった。
「おまえ! ……もしかしてまた……」
「あ"ーーー!」
「おいーー!」
──その後もリヨクと黒髪の少女は、日が暮れるまで追いかけっこした。
「ハァハァハァ」
2人とも息を切らし、茎木にもたれかかる。
「きみって、はぁ…ほんっっとに、変な子だね」リヨクは呼吸を挟みつつ呆れたように言った。
「きみ! も、ね」少女もやんわりと反撃した。
2人はしばらく見つめ合い、同時に爆笑した。
リヨクは久しぶりに笑った気がした。
長い間人と話すことがなかったリヨクは、その後もその間の空白を埋めるかのように、黒髪の少女と喋り続けた。
──「名前なんていうの?」
「モ、モ」
「へぇ〜『モモ』って言うんだ。モモって、くだものの桃?」
うなずく。─「ひみわ?(きみは?)」
「ぼくの名前? リヨクだよ」
「リ、オク」
「うんそう、こう書いて…リヨク」地面に〝
「なんでここにいるの?」
「それは、こっ、いの、せーりふ(それはこっちのセリフ)」
「そっか、じゃあまずぼくから話すね」
人と会話する感覚──そんな、久しぶりに味わう楽しい時間も、あっという間だった。
──リヨクは目覚める。───「カァー、カァー」
朝だ。
「あれ、ぼく、いつ寝たっけ───えーっと……『モモ』! モモはどこ?」
──森のどこを探しても黒髪の少女モモの姿は見当たらなかった。
「なんだよ、ひとこと言ってから消えろよな……」
──目を輝かせた猿たちが、ヒーロー劇を観に集まってくる。
「そんな目で見られても……今日はやる気がでないんだ」
リヨクは、手でバッテンを作ったり、しっしと手を振ったりしてなんとか猿たちに〝中止〟を伝えた。
猿たちは頭を傾げ、しばらくぼくの様子を伺ったあと、うつむいたまま散っていった。
「ごめんよ……はぁ……」
──モモがいなくなってから一週間が過ぎた。
あの日からリヨクは一人で遊ぶことに虚しさを覚え、ヒーローごっこを始めても途中でやめ、今ベットに並べ終えたばかりの石のコレクションを片付け始めている。
「だめだ……やる気が起きない」
リヨクは、寂しい気持ちになりながら眠りについた。
──夢──
愛犬のトイプードル、『ラッキー』と散歩しているぼく。
目の前からいじめっ子たちがやってきた。
「お、リヨク、ちょうどいい時に来てくれた、お金もってる?」
「え? お金? ……もってるけど……」
「50円だけ、50円だけでいいからさ」
いじめっ子のリーダー『けんじ』は、物腰は低いものの、彼の顔にはいつもの威圧感が漂っていた。
わずかに眉を寄せつつ、片手を前に差し出し、ゆっくりとぼくに近づいてくる。
その手は、命令するかのように、迷う余地なく伸ばされていた。
「……わかった」
けんじの威圧感に押され、ぼくは財布を取り出した──「ベリッ」
財布を開いた瞬間、ラッキーは吠えた。
「
「はい」と言い、渋々けんじに50円を渡す。
──「イタッ!」
50円がけんじの手に渡る瞬間、ラッキーはけんじに噛み付いた。
「こらっ! ラッキー!」と言ってリードを引き、ラッキーを抑えるぼく。
「こいつ! …噛みやがった」
「うわっ……けんじ、血でてる!」
けんじの生足から垂れた血が、白い靴下を赤く染めていく。
──唾を飲み込むリヨク。
(まずい……けんじ、完全にキレてる……)
「イッテェなぁ……ぶち殺してやる!」
「けんじくん! やめて! けんじくん!」
ラッキーを蹴ろうとするけんじを必死に止めるリヨク。
ぼくの白い足が徐々に赤みを帯びていく。
「うるせぇ!」──ボコッ。
顔面を殴られ、リヨクは地面に崩れ落ちる。
「まってっ!」
「ワォーん、クーン、クーン」
ラッキーは3発蹴られた。
「ラッキー!」
リヨクはすぐに立ち上がり、ラッキーに覆い被さった。
必死に守った。しかし、ぼくは痛みに耐えれず、気を失ってしまった。
──「ラッキー?」
目を覚ますと、ラッキーはぼくの横で弱っていた。
目をしょぼしょぼとさせながら必死にぼくを見ようとしている。
「ごめんよ……ラッキー……ぼく…どうしたら……ぼくのせいだ……死なないで……」
ラッキーをさすりながら辺りを見回すが、誰もいない。
「すぐ病院に連れていくから…もうちょっとがんばって……痛っ、くそっ……」
リヨクはラッキーを抱え、足を引きずりながら家に向かう。
誰とも会うことなく、ひたすら進み続けていると、一台の車がものすごい勢いでやってきた。
──「リヨクくん! 乗って!」
けんじのとなりで笑っていた、いじめっ子仲間『たける』の母だ。
「ほんとにごめんなさい、ごめんなさい、ほんとにごめんなさい」
病院に向かう道中、たけるの母は何度もぼくに謝った。
たけるは多分、帰ってからこの事を話したのだろう。
──病院に着いた。けど、ラッキーはすでにこの世を去っている。
ぼくは、車に乗る前から気づいていた。
病院に死んだラッキーを持っていく。──ぼくの涙はとうに枯れ果てていた。
それからいじめっ子たちは、知らないの一点張りで、その母も知らないふりをしていた。
病院に送ってくれた、たけるの母もだ。
怒った兄は、ぼくの代わりにけんじを殴った。
けんじの父と母は激怒し、ぼくたちの家に押しかけて慰謝料を請求した。
けんじの母は町で評判が良く人気もあったため、この事件はすぐに町中に広まり、ぼくたち家族は町での居場所を失ってしまった。
*その後、東京に住む父からの呼びかけにより、僕ら
「ラッキー……」
目を覚ましたぼくは、硬い枕を抱きながら泣いていた。
──「カァー、カァー」
硬い枕? ……そんなの使って……。
リヨクは抱いているその硬い枕を見た──その硬い枕は動いた。
「うわあ!」
驚いたリヨクはその動く硬い枕を突き飛ばした。
──よく見るとそれは木だった。
しかも、人型? いや、ペンギンのような……。
そいつはゆっくりと起き上がり、二足で立った。
頭に5、6枚、葉っぱが生えており、目はないが、胴体の中心に入っている〝三日月模様〟が、ぼくを見ているような気にさせる。
「う、うわぁあ!」
その小さな人型の木は、一歩前に進みリヨクの叫びを聞くと止まった。
──「うわあーー! ぁう?」
また近づいてきたと思ったが、角度を変え、丸い手を器用に扱い、家のドアを開けると外に出ていった。
「はぁ……」
リヨクは安堵のため息をついた。
──探索中。着いてくる
「はぁ……なんでずっと着いてくるの?」
リヨクは何度も振り返り聞くが、小さな人型の木はすぐ茎木に隠れてしまう。進むとまた姿を現す。
(仲良くなりたいのかな? ……でも、なんで隠れるんだろ、ぼくが突き飛ばしたからかな? 叫んだからかな?)
リヨクは、近くに咲いていた白い花を摘み取ると、膝を曲げて、小さな人型の木が怖がらないようにゆっくりとその花を差し出した。
小さな人型の木は、チラッとぼくを見るとどっかに行ってしまった。
怖がらせるつもりがなかったリヨクは、少しショックを受ける。
「何もしないのに……」
リヨクはぼそっとつぶやき、また探索を再開した。
しばらくすると、また後ろに気配を感じ振り返る。
「さっき突き飛ばしたり大きな声だしたり、怖がらしちゃってごめんね」
リヨクはできるだけ優しく言った。
すると小さい人型の木はひょこひょこと近づいてきた。
リヨクは、さっきより低姿勢を意識して、地面に両膝をつき、白い花を差し出す。
──(お、きた!)
目の前にやってきた小さい人型の木は、両手で黄色い花の束を抱きかかえている。
──「え、これ、ぼくに?」
小さい人型の木は、黄色い花の束をぐっと前に突き出した。
「ありがとう」と言いぼくは受け取った。
黄色い花は、朝顔だった。
リヨクも名前の知らない白い花を一輪渡す。
小さい人型の木はそっと、丸い両手で掴み、自分の頭の上にちょこんと乗せた。
リヨクはその行動に一瞬おどろいたが、乗せた後落とさないよう左右に動き、バランスを取る愛くるしい姿に、唇をほころばせた。
困ってると思い「貸して、それ、持っててあげるよ」と言い手を伸ばすリヨク。
しかし、小さい人型の木は渡そうとしない。
「だいじょうぶ?」と言いしばらくようすを見たあと、リヨクはまた森の中を進み出した。
それからもぼくにベッタリな人型の木。
とうとう家まで着いてきた。
「はいる?」と言いドアを開けると、ひょこひょこと中に入っていった。
──「これみて」
リヨクは、人型の木と一緒にベッドに座り、目がないので見えているかわからないが石のコレクションを見せながら説明していく。
「こいつは悪いやつ、ブラックっていうんだ。黒いからブラック。悪そうな名前だしね。それからこいつがグリーン。緑色なのと、ぼくが勇者って設定だから、グリーン。…あ、ぼくの名前知らなかったね、ぼくは〝緑〟って書いてリヨクって名前なんだ。……きみの名前は?」
──人型の木は何も反応しない。
「名前ないの? ……ならぼくがつけてあげる」
月みたいな模様……ツキ……違うな。……茶色でかわいい=ラッキー……月、ラッキー……ラツキ…ツキ……‼︎
「『ツキ』って名前は? どうかな?」
人型の木は丸い手で拍手した。
「いいってことだよね? ……決まり! よろしくね『ツキ』」
リヨクはそうゆうと、人型の木と握手した。
そして心の中で誓った。
──〝きみは何があってもぼくが守ってあげるからね〟
リヨクはツキと一緒に横になり、安心感に包まれながら眠りについた。
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