第26話 悪夢

 ──1週間後。


 もうぼくは立ち直った。

 もうなにも考えたくない。

 自由になったんだ。

 ここなら誰にも合わずに済む。


 ──「ヘーンしん! 仮面戦士リヨク!」


 リヨクの一人芝居が始まった。


「 さぁこい怪人ファイヤー。熱っ! やるな。くらえ! ウォーター光線! ──おれの進化は終わりを知らない! ──なに? 次の怪人が現れただと? すぐいく」


 リヨクは、つぶやき、焚き火に足を突っ込み、つぶやき、焚き火に水をかけ消火し、決めセリフを言った。

 そしてまたつぶやき、少し離れた茎木の前まで走ると、その茎木に棒のような枝を突きつけた。


 リヨクは、日が暮れるまでただの茎木怪人と戦った後、家に戻った。


 ──「プハぁ〜」

 冷気を出す植物ミヒで冷やしておいた、《レル》の実と水を混ぜた『レル水』約500ミリリットルを一気に飲んだ。


 リヨクは、メヒワ先生に貰った福寿草ふくじゅそうに手を合わせる。


 ──「毎日楽しい…自由…ごめん…反省してます…ぼくが悪い…ぼくは弱虫…シユラが悪い…仕方なかった…先にやったのはあいつ…気にする必要ない…元気だそう…怖い…灯りをつけないとここ、オバケ出てきそう……いや、えー、そう、とにかく、大きく成長してください」


 オバケの事を考えて急に怖くなってきたリヨクは、寝れなくなってしまった。


 ──はぁ……クタクタで眠たいのに……怖い。


 とりあえず目だけ瞑る。10秒おきぐらいで目を開ける。

 繰り返しているうちに、秒数が長くなっていき……。




 ──夢──


 父と森の中を歩くぼく。


 ──父は、古びた木製のトロッコの前で足を止めた。


 全方向からセミの鳴き声が聞こえる。


フィシフィシ行くなフィシフィシ行くなフィシフィシ行くなフィシフィシ行くな


 父はぼくを持ち上げ、トロッコに乗ると、レバーを引いた。


 トロッコは、軋む音を立てながらゆっくりと進む。

 ──森を抜けると、名のない駅に到着した。


 しばらくすると、もう一台トロッコがやってきた。

 中には真っ赤な鬼が1匹いる。


 ──(これがきたら、始まりだ)


 ぼくは、体にギュッと力を入れた。


 ──「降りよう」


 ぼくは父について行き、駅の地下に降りた。


 地下には、10人ほど人が集まっていた。


 ──「演者さんたちだ」父はつぶやくように言った。


 父とぼくは、この方たちの仲間という設定らしく、今からこの場で行われる芝居に加わる。

 芝居と言っても、この前はただ見ているだけだったけど。


 ──地下鉄から電車がやってきた。


 中から細い青鬼が、ぞろぞろと降りてくる。


 その青鬼は、演者さんたちにゴニョゴニョと言った後、彼らの胸ぐらを掴み、奥に引きずって行く。


 演者についていくと、テニスコート半面ほどの広さの、取手のない巨大な中華鍋のような場所に着いた。


 青鬼たちは、演者をその中へ連れて行き、何かした。


 ──「ぎゃぁあああ!」

 演者は叫んだ。迫真の演技だ。


 しかし、小学3年生のリヨクには、一体何をされているか理解できなかった。


 けどぼくは、気づくと父の手を強くにぎっていた。


 父は、「次のシーンだ」と言いぼくの手を取りさらに地下を進んでいく。


 ──鉄の扉の前に来た。


 扉を開けると、そこには広い室内プールがあった。


 四角いふちは、ぼこっと等間隔の四角い穴があり、凹の部分に、演者が正座して並んでいる。


 ──「よーい、スタート!」


 鬼に指差された演者は、凹穴からでるとプールを泳いだ。


 ぼくは、負けた人が叫ぶと知っていた。


 けど、何をされてるのかわからない。


 ──「ごめ"んなさい! ごめ"んなさい!」


 ぼくは前来た時も今も、その、とにかく大きな叫び声が怖かった。


 父はしばらく見た後、次のシーンに行こうかと、さらに地下に進む。


 ──綺麗な白い部屋。


 そこには、太った青鬼と、スーツを着た演者と、派手な格好をした演者がいた。


 そのスーツを着た演者は、態度と体がデカい鬼と喋っている。


 スーツを着た演者は、暗い顔で「売れたいんなら、みんな通る道だ」と派手な格好をした演者に言う。


「はい」派手な格好をした演者も、暗い顔で返した。


 暗い顔で青鬼と歩く2人の演者について行く、父とぼく。


 青鬼はドアを開け、中に演者を入れた。

 ──ぼくらもは入る。


 真っ白で何もない部屋の中には、5メートルぐらいの巨大な鬼がいた。


 叫びながら演者は逃げるが、壁四面に太った青鬼がいるため逃げれない。


 ──「とう、あの人、なんで追いかけられてるの?」

「行こう」

 父に無視されたが、リヨクはそれ以上は聞かなかった。


 ──「たすけ…てぇえええ!」


 ぼくは耳を塞ぎながら父について行き、横に広い階段を使ってさらに地下に降りる。


 階段は中断から赤く、下を覗くと、薄明かりに照らされた赤い液体を浴びる鬼の大群がいた。


「まずい……なんで奴が……。

 ──リヨク……ゆっくり上がってこい」


 急に焦った表情になる父。


 ぼくは、父と一緒にそーっと階段を上がって行く。

 しかしぼくの体はこわばっており、うまく足を上げることが出来ず段につまづいてしまう。


「ガタンッ」


 その音を聞き、下にいる鬼達が一斉にぼくと父を見た。


 父は何も言わずにぼくをサッと持ち上げ、階段を駆け上がって行く。


 鬼はぞろぞろと階段を上がってきている。


 父は息を切らしながら必死に来た道を引き返して行く。


 ──真っ白で何もない部屋。傷まみれのメイクをした演者が眠っていた。


 ──室内プール。ふちの凹凸はなくなり、平らになっており、大量のマネキンの腕が転がっていた。


 ──テニスコート半面ほどの広さの、取手のない中華鍋のような場所を横切ると、焼けたいい匂いがした。


 後ろから、赤いペンキを被った鬼の大群が迫ってくる。


 駅のホームに戻ってきた。


 ──トロッコがない。


 次トロッコが来る時間は──10分後。


 父は、着ていた黒いコート脱ぎ、ぼくに着せた。

 そして、「*****」と言うとぼくを柱に隠れさせた。


 ──近づいてくる鬼。


 父さん……どこに──。




 ──「プハっ! ……」


 目を覚ましたリヨクは、起きてすぐ大きく息を吸った。


 変な夢……。


 ──「カァー……カァー」カラスの鳴き声。


 カーテンの隙間から、光が差し込んでいる。

「朝だ……」

 リヨクはほっとした。


 ──カーテンを開け、暖かい光に照らされた青い森を見ながら背伸びする。


「今日はなにして遊ぼう」

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