第25話 迷いの森

 あれからどれだけ寝ていたんだろ……。

 目を覚ましたリヨクは、天井を見ながらぼーっと考えていた。


 ──「痛っ……」

 ベッドから起き上がろうとすると、全身に激痛が走る。


 痛みに耐え、なんとか上体を起こしたリヨクは、周囲を見回す──。

 ──「はぁ……」


 ぼくはまだ、〝この世界〟にいた。


 シユラたちは、ぼくを殺しはしなかったみたいだ。

 いつもなら、火に焼かれたり、殴ったり蹴られたりしても、寝て起きると大体痛みは消えているのに。

 ──「痛っ!」

 リヨクは、立ち上がるのを諦めベッドに倒れ込んだ。


 [魂の召喚ミュアリティオ]によって形成された『クロスケ』を見せた後、ぼくはシユラたちにボコボコにされた。

 間違いなく人生で一番、痛みを感じた日だった。

 彼らに痛めつけられている間、感じずに済んでいた罪悪感が、どっと押し寄せてくる。

 今回に関しては、シユラたちが正しい。


 ぼくは、クロスケを殺したのだから。


 嘘をついてまでぼくを陥れようとするクロスケが憎かった。

 ──けど、それだけじゃない。

 あれ([クロスケ])を見せたら、何か変わると思ったんだ──みんながぼくを恐がって、近づかなくなると思ったんだ。

 けど、悪化しただけだった。


 ──また目を覚ますリヨク。

 いつの間にか寝てしまっていたらしい。


 そして、また考える。


 学舎に行っても、先生に叱られるだろうし、シユラたちに……次は殺されるかもしれない。

 ここに居よう……いや……ぼくが回復したって知ったら……家までやってくるかもしれない──急がないと。


 恐怖を感じたリヨクは、砕けそうなほど歯を食いしばり、ベッドから起き上がると、荷物をまとめて外に出た。


 ──人目を避けながら、「↓迷いの森ゲムレッチ緑の街ピプロヌ」と書かれた看板の前まで来た。


 迷いの森を指す方角は崖になっている。降りる方法は──ポムヒュースと同じか。

 リヨクは、地面に生えている一枚葉っぱ、《ホアム》を見てそう思った。


 ──落ちるか、降りるか。──いや、死ねない。

 地球に帰ってもいじめられるんだし、どうせならもうちょっとだけ、この世界を見た後でも……サーテムに挑んで死ぬのだったら、ありかもしれない。


 ぼくは一枚葉っぱ《ホアム》を抜き取り、大きく成長させた。

 ──「ふぅ……」と小さくため息をつき、崖から降りようとした──その瞬間、隣から名前を呼ばれた。


「リヨクくん……」


 突然声をかけられてビクッと驚き、声の方を見ると、ポピュア村の料理人、トリルトが立っていた。


『……』


 お互い黙ったまま、しばらく目で会話した後、リヨクは、崖を飛び降りた。


 ──「ちゃんとご飯食べるのよ」

 ゆらゆらと森を降っていく内、最後に言われたトリルトの小さなつぶやきが心に染み渡っていく。

 気づくとぼくは、涙を流していた。


 ──「痛っったぁあ!」

 着地に失敗。

 リヨクは、滑って尻もちをついた。

 歯を食いしばり、顔を歪ませながら立ち上がる。

 ──「はぁ……」ついてない……いや、ドロドロだ。


 カエルだ──水たまりの中をぴょんぴょんと飛び跳ねている。

 上を見上げると、空海そらうみから漏れた水がパラパラと顔に当たる。


 雨が降ると気分が下がる。

 湿気でベタベタしたり、当たると濡れて服が肌にくっついて気持ち悪くなったり、風が吹くと寒かったり、変な匂いがしてきたり。

 けど、自然はいつもよりイキイキとしてる。

 ──「ぼくも雨、嫌いじゃないかも。ね、カエルくん」

さすがリヨクゲコゲコ! 元気だしなゲコゲコ!」


 雨は嫌な気持ちを散らしてくれるから。




 葉脈のない丸まった葉っぱが足元に落ちている。

 リヨクはそれを手に取り、広げた。


 ──葉っぱの……手紙?


 丸まった葉っぱはA4サイズの紙ほどの大きさで、合計2枚あった。

 そこにはこの森に生息する植物や動物の名前がびっしりと書かれており、

 料理や薬のレシピ、生活に役立つ植物の使い方、危険生物に関する記述も含まれていた。


 葉っぱに書かれた文字は荒っぽく、急いで書いたように思えた。


 〝この葉っぱは、《タイハチサ》と言って、葉に書かれた文字に触れ、プロンを受け取ると、記憶した映像を見ることができるの〟


 ──「へぇ……」


 〝大きな茎木ハーントゾの『女性の手の甲』と言われる平らな場所に大きなきのこが生えてるの。

 そこを宿にするといいわ。〟


 リヨクは、〝《ハーントゾ》〟と書かれた文字に触れ、指先に集中する。

 ──すると脳内に、映像が流れ始めた。


 まるで木のような、ミント色の大きな茎が、Lを逆さにした様な形で立っており、曲がった先は、女性の手の様な形をしている。

 緑、黄みどり、青みどりと3色の細い茎が、血管のように複数浮き出ており、曲がり目から胴体を離れると女性の腕を支える様に巻きついている。

 そして、その3色の細い茎の間をくぐって飛び出した、数本の枝から葉っぱが生っている。


 ──しかし辺りを見渡しても、《ハーントゾ》らしき茎木は見当たらない。


 リヨクは、《ハーントゾ》を探しながら、森を進む。

 ──湿気で蒸し暑く、じっとりとした空気が身にしみていく。

 ぼくの靴ぐらいの大きさの蜂。──ぼくより大きいトンボ。──人みたいな形の植物。

 リヨクは、見たことない生物ばかりいる森の恐怖に動かされ、走ったり止まったりしながら奥に進んでいく。

 ──気づくと森全体が青色に変わっていた。


 涼しい──地面に生えている青い茎からなる赤い実……ミヒのおかげか。

 ミヒは冷風を出す植物。グオが使っていた植物だったので

 リヨクは知っていた。


 青い森を進んでいくと──目の前にそびえるあの…Lを逆さにしたような茎木──《ハーントゾ》を見つけた。

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