魂の召喚③

 クロスケとタカシは、またぼくを陥れるつもりだ。


「またとぼけるのか?」


 なにを言っても信じてもらえないと思い、黙るリヨク。


「2人とも、そうとう殴られたみたいだな」

 シユラは、2人を見ながら言った。


「……」

「もー見逃すことはできない──【ヴァルキュア】」

 シユラは火の玉を浮かした。


 火の玉をみて怖くなったリヨクは、もう一度、無実を証明しようと試みる。


 ──「だから、なにも」


 しかし、衝撃的な痛みが走り、出す気がなかった声が出る。


「あ"ああああ!」


 一瞬、時が止まったかのように、視界に白いもやがかかり、キーンという耳鳴りと共にめまいが襲い、徐々に気分が悪くなっていく。


 ──(寒い……怠い……苦しい)


 意識を外に向けると、魂がどこかへ行ってしまう気がしたリヨクは、呼吸することに集中し、必死に自分を繋ぎ止めていた。


 徐々に視界と聴覚が元に戻っていき、ゆっくりと顔を上げる。


 目の前で笑うシユラたち。


(ここはどこ──一体ぼくは、ここでなにをしているんだ。

 もー、なにも考えたくない)




 ──リヨクは、気づくと大量のヤパルミュレルを持って、ベンチに座っていた。


 植物の皮でできた袋。──〝「はい、今日もよろしく」〟

 そうだ、さっきシユラに頼まれたんだ。


 ──「リヨクくん?」

 顔を見上げると、グオの兄、水色髪の青年リゼの姿があった。


「ここでなにしてるの? ──そんなにいっぱい買って」

 リゼは、ぼくが手にしている袋の中身をみて、不思議そうに言った。


「別になにも」

「そう。……元気?」

「うん」

「ほんとに?」

「うん」


 リヨクは、リゼを困らせていると思い、なんでもいいからなにか質問しようと思った。


「グオは? ずっと見てないけど」

「グオは今、家の手伝いと、次受ける匂い試験で忙しそうだよ」

「そうなんだ」


 リゼは、しばらく間を開けたあと、真剣な顔でぼくに聞いてきた。


「……リヨクくん、それ、シユラに?」

「……うん」


 リゼは、やっぱりといった表情になり、ため息をつくと立ち上がった。


「よし、ぼくに任せて。いこ!」


 首をすばやく横にふるリヨク。


「え、どうして?」


「ぼく、知ってるんだ。それをすれば余計に悪化するって」

「大丈夫だよ」

「ありがとう。でもほんとに大丈夫だから」


 リヨクは、シユラたちの元に戻った。




 ──それから。


「シユラくん、あいつ、シユラくんがいないとき、ぼくやタカシをいじめるんだ」


「ならこれでゆるしてやってくれ──【ヴァル】」


「あ"ああああ!」

「ぎゃははは!」


 ──「クロスケ、お前はなぜ嘘をついてまでぼくをこらしめたいんだ!」


「次はなんて言いつけてやろうかな〜」

「おい!」

「タカシ、いくぞ」


 日が経つにつれ、リヨクは身も心も焼かれ、かろうじて形をなしているタバコの灰のように、なんとか毎日しがみついていた。

 もう、軽い風でも飛んでいくだろう。


 リヨクは、おつかいされたものを買い終えると、ベンチに座り、心を落ち着かせてから戻るのが日課になっていた。


「ハァ……」

 リヨクはぼーっと空高くに浮かぶ、三日月形の植物ラフィアを見ていた。

 太陽プロンに目が焼かれていく。

 ──太陽から目を離すと、緑と青のオーブが視界に生まれた。


「きみもぼーっとするのが好きなんだね。ぼくも好き。

 観察するのも好きかな」


 声の先には、芝生に寝転がるカレハの姿があった。

 覇気がなく常に目が半開きな少年だ。

 こんなにすぐ近くにいたのに、全然気づかなかった。


 リヨクは、カレハのことが好きではなかった。

 彼は、バヤンとぼくが、シユラにボコられてる時、助けようともせずに、ただ寝っ転がり、眠そうな目で見ていたからだ。


「ねー、きみも観察するの好きでしょ?」


「カレハ……」

「ん?」

「ぼく、決めたよ」

「なにを?」


 リヨクは、なにも言わずに立ち上がり、その場を離れていく。


 後ろで、カレハは「ねー、なにをー?」と言い続けた。




 ──ポピュア村、その日の夜。


 リヨクは、ベッドで横になり、ぶつぶつとひとりごとを言っていた。


「地球でも、ここでも、ぼくの居場所はないんだ……もうどうにでもなれ……」


 リヨクは、うっすらと狂った笑みを浮かべながら眠りについた。


 ──1週間後の朝。


 木の学舎ポムヒュースに向かう道中、クロスケとタカシはいつものように、ぼくをからかってきた。


「服、黒くなってるよ? なんで?」

「毎日、よくこれてる…よね……」


「ぼくは、弱い君たちとちがって強いから」


 なんどシユラの火に焼かれても、余裕そうに振る舞うリヨク。

 クロスケが、そんなぼくが気に入らないという事をリヨクは知っていた。

 それが、ここ一週間、クロスケに対する唯一の抵抗だった。

 しかし、それも今日で終わり。

 ──反撃開始だ。


 リヨクに挑発された2人は、怒った顔で近づいてくる。

 シユラに恐れてぼくが何もしてこないと思っているのだ。


 リヨクは、目の前にきたクロスケとタカシを睨む。

 2人はいつもと様子がちがうぼくをみて、すぐに怯えた顔になった。


「な、なんだよその目……」

「シユラくんに…言いつけるぞ!」


「いつも言いつけてるじゃん、何もしてなくても」

 リヨクが一歩進むと、2人は一歩下がる。


「はぁ……」

 ぼくはため息をついた後、やれやれとお手上げをした。


 クロスケとタカシはお互いを見合って、覚悟を決めたように頷くと飛びかかってきた。

 しかし、リヨクは芝を一部伸ばして、地面に小さなアーチを作っていた為、2人はそれにつまずき、盛大に転げた。


 ぼくはすぐさま芝を伸ばし、2人を縛る。

 そして、ポケットから葉っぱのハサミを取り出し、2人を散髪した。


 ──「おい!」

 ルエロがやって来た。


 リヨクは、変な髪型になった2人を縛ったままにして、走ってポムヒュースに向かった。




 ──3階の塔前広場。


「今日は、クロスケくんが発明した石術ネランハ、[アリー]を見に、石の国ジオニートの研究チームがはるばるやって来てくれました」


 立っている賢そうな男性4人の中に、唯一知っている人物がいた──シユラの父だ。

 以前、爆発事件でセイブたちと一緒に謝罪に行ったことがあるからだ。


「こちらから、石の国ジオニートの管理を勤めている『ルカ・ラクーシャ・ララレベル』様。シユラ君のお父様です」


 黒いニンニクに、外はねの長い襟足が生えたような髪型。ゴツゴツとした顔に、感情のない目とI字の顎ひげが付いている。

 本当に親子なのかと疑ってしまうほど、シユラに似ていない。


 彼は歯を見せ、引き攣った笑顔を見せながら、太い声を出した。──「はじめまして」

 無理して笑っているようにしか見えない。

 ポピュアの子たちは、バケモノをみるような目で見ていた。


 ──芝生に座る子どもたちの前で、クロスケが[アリー]を披露し始めた。


「えっと……ぼくが発明した石術ネランハ、[アリー]を見にきてくれてありがとうございます」


 緊張しながら頭を下げるクロスケに、会釈を返す石の国ジオニートの研究チーム。


「──この、[アリー]は、こうやって開くと中に『バンッ‼︎』」


 クロスケが、半円型の石をひらいた瞬間、大きな破裂音と共に[アリー]から何かが飛び出した。


 ──「クロスケくん!!」


 パニックになる子どもたち。


「‼︎…いったいなにが……──みなさん落ち着いて。大丈夫です。この世界は、夢の中です。今ごろクロスケくんは地球でピンピンしています。

 ──《落ち着きなさい! 》」


 メヒワ先生は、あちらこちらに歩き回る子どもたちの動きを止めた。


 大人たちは、血まみれのクロスケを抱えて、どこかへ飛んで行き、ぼくらは、先生の指示に従い教室の中に入っていった。


 ──「ちょっと、インザード様に報告させてちょうだい」


 メヒワ先生はそう言うと、足元にタネを植えた。

 そして、「《リベク》」と言うと、先ほど植えた場所から1メートル程の筒型の植物がブワッと生えた。


 ──「《ビュート》」

 メヒワ先生は筒型植物に向かって話し出した。


「もしもし──『はい』

 メヒワです。お忙しい所すみませんねぇ。今、ポピュアのクロスケくんが──『はい、聞きました。クロスケくんは、地球に戻ってしまいました』

 なんと……」


 それからしばらくの間、教室内に沈黙が続いた。


 その重い空気が、ぼくの中にある罪悪感を増大させる。


 当初23人のポピュアで埋まっていた、教室の右側は、今じゃぼくを入れて8人だけ。


 ──ほとんどこいつシユラのせい。




 ──2日後、ポムヒュース近くの外。


「なんだ? 見せたいものって」

 シユラと仲間たちは腕を組み、怪訝な面持ちでぼくについてくる。


「ここまでついてきて、つまんないもの見せてきたら、ぶっとばすからな!」

 坊主の少年ウィカブが言った。


「うん」リヨクは、小さく言った。


 ──「[T字型石柱ドゥグザネーラ]?!」


「そう、作ったんだ」

「こんなにおっきいの……お前が?」


「《リベク》」

 リヨクは、芝生を伸ばし、光石を持ち上げ[魂の召喚ミュアリティオ]を発動させた。


 すると、光石と光石の間から白い光が放たれ、『クロスケ』が形成された。


 ──「‼︎……」

 シユラたちは目を見開き、固まる。


 ──「すごいだろ? こんな事も出来るんだぜ?」

 リヨクは、感情のない声を出した。

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