Paranoia's dream side king

《突然の手紙、失礼する。


 こんな手紙を送り付けたら


 驚かせることになってしまうのは、


 わかっている。


 だがしかし私の手は勝手に


 ペンを握っていたのだ。


 どうか許して頂きたい。




 君を、いや


 君達を初めて見たあの瞬間。


 私の身体は


 雷に撃たれたような衝撃に震えた。


 求めていた魂を


 今ここに見つけたという感動と、


 得体の知れない興奮。




 君達ならばわかると思う。


 脳を揺さぶられるような


 あの、えもいわれぬ感覚を。




 私には君達が必要だ。


 また、君達にも私が必要だ。


 我々が力を合わせれば


 どんなことだろうと叶うはずだ。




 善き返事を待つ。


 スペードのエースより、


 王とそれに仕える悪魔へ。》












 耳が悪くなりそうな、騒音に近い音楽が大音量でフロアに充満している。フロアの中心には、赤や青や紫やらの安っぽいライトに照らされている複数の女や男。


 彼らはクスリを吸って飛んでいるのか、気が狂ったように暴れて……いや、踊ってるつもりなんだろうな。とにかくまあ、どうにか確保して今座っているソファの周囲はとてつもなくうるさくて落ち着ける状況じゃあない。




 その中で俺はうたた寝をしていた。


「キング、寝るな」


 隣に座っている男が俺の肘を小突く。薄目を開けて見てみると奴はいかにもこの場所が不快そうに眉根を寄せて、ただひたすら煙草を吸っていた。灰皿は吸い殻が山を作っていて、何だか可笑しくなる。




「ジョーカー、先帰ってていいよ」


「……何しに来たんだ」


 何しに来た、か。地下のクラブに来て踊りもせず飲みもせずに居眠りしている。そりゃそのぐらい訊きたくもなるか。


 ぐるっと辺りを見回した。ライトの当たらない隅の暗がりでは不健康そうな若者が注射器片手に仲間と談笑している。遠目からでもその手が微かに震えを帯びているのがわかり、まるで冒険映画でも見ているようにわくわくした。




 あいつらの身体は蝕まれている。生まれた時は健康そのものだったろうに、一時の快楽を求めて自ら薬に近付いたんだろう。頭が悪いな、と思う。もう遅いだろうな。泥沼に沈むように自我を無くしていくだけ。俺はそんな人間が大好きだった。


 このクラブの空気も最高だ。人間の悪い部分をぎっしり詰め込んだような淀み。汚い床、壁、下品な装飾の全てが素晴らしく感じる。


 何とも人間らしい。




「社会見学」


 うるさい音楽の中で、ジョーカーに囁くと呆れたように首を振った。また煙草を吸おうとした手を軽く叩くと、不機嫌そうに俺を見る。まだまだ遊びたいが、このままだとジョーカーが1日で肺ガンになりかねないな、と思い仕方なく立ち上がる。




「帰るか」


 黙っているジョーカーを連れて人の間をすり抜けて通った。フロアから出ると、いかにも《悪いです》という面構えの男がぎらついた目で睨んできたので、選挙中の政治家のような笑顔で微笑んでやる。




「何にやついてやがる」


 思った通り声をかけてきて俺はますます破顔してしまう。肩をいからせ、こちらへ歩いてくる姿はあやつり人形にしか見えない。




「人生は笑顔が大事だよ」


 わざと優しく言ってやると、男のこめかみに浮いた血管がピクピクと震えた。次に言う言葉は『馬鹿にしてんのか』……かな?




「馬鹿にしてんのか!?」


「大正解」


 今のは自分に対して言ったのだが、相手はそうは受け取ってくれなかったらしい。当たり前か。男は殴りかかってきた、だがその動きは遅い。難なく避けると男をますます激昂させてしまった。




「おい、人目がある」


「わかってる」


 釘を刺してくるジョーカーに適当に返事を返し、手はバタフライナイフを開く。再び拳を振り上げ向かって来ようとする男の眼球すれすれに刃先を向けてやると、途端に動きを止めた。




「暴力はよくねぇな」


 背後でジョーカーがぽつりと「お前が言うな」と呟いて、ますます愉しくなってきた。目の前のナイフを突きつけられた男の顔も、周囲のざわめきも全て俺を笑わそうとしているとしか思えない。




「……キチガイが」


 男は吐き捨てると背中を向けて今俺達が出てきたフロアへと入っていく。その姿を見ながらナイフをしまうと、急激に気分が冷めるのを客観的に感じていた。


 キチガイ。気違い。狂人。


「大正解」




 行くぞ、と腕を掴まれクラブの狭苦しい階段を上がる。外はそれほど綺麗な空気とは言えないが、先程までの喧噪に比べたら大分マシなようでジョーカーは俺の腕を離すと溜息を吐いた。こいつは本当に溜息が多い。




「幸せが逃げるって」


「もう逃げてるよ」


 軽口を叩き合って歩き出す。




 あのカプセルを拾って、なんだかんだで俺がジョーカーに刺されてから半月ほど経った。あれから一度も、隣を歩くこの男は俺の父親のことは訊いてこない。ジョーカーのそういう性格は気に入っている。だが、色々な事を話す機会を失ったと思うのも事実だった。




 空を見上げると灰色の雲に覆われた黄色い月がぼんやり浮かんでいて、このまま朝にならなけりゃ良いのにと思う。闇に紛れて殺り放題だ。


 もしも全人類殺し尽くして、誰もいなくなったらどうするかな。その相談をジョーカーに話してみた。




「そんなことは有り得ない。今もどっかで人間は生まれてる」


「仮定の話だよ」


 真面目くさって返してくる相手につまらん奴だなあという気持ちを隠しもせずに重ねて尋ねる。するとジョーカーは少し考えて、言った。




「俺を殺せばいい」








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