それからすぐ、キングがせかすままに俺達はその場から離れた。自転車を捨て、帰りの電車を待っている間、俺は訊いたのだった。


「……なんで、あんなこと」


 間に合わなかった。人が死んだ。赤い血、白い石畳。女性は泣いていた。子供は立ち尽くしていた。見下ろした光景は目に焼き付いている。




 キングが殺したんだ。


 隣に座っているキングが笑って答える。






「──殺したかったから」


「大正解」


 俺が、やっと思い出した言葉を呟くと、キングは満足げに笑った。その顔はあの日、笑って答えた顔とダブって見える。


 思い出してみると、印象深い思い出だ。何故俺は、忘れていたんだろう。キングに出会う以前の記憶が無いことと何か関係があるのだろうか。


 まあ、どうでもいいことだ。ただ思い返し感傷に耽るための思い出なんか、俺には必要ない。




「何が大正解だ、そんなものは理由になってない」


「十分じゃねえか。殺したいから、殺すのがただ好きだから。立派な理由だ」


 立派な理由か。俺はそんな風に言えるか? 死体がただ好きだから、だから解体するのも好きだと。そこに理屈は無い。だが、本当にそれだけでいいのか。




「で、お前はなんで死体が好きなの?」


 ……俺はやはり答えられない。何か理由が欲しい。自分を納得させられるだけの理由が。異常な自分を受け入れ、納得することのできる理由。


「……秘密」


「うわ、つまんねーコイツ」


 俺の言葉に、キングはあからさまに白けた様子を見せた。




「ま、いいか。お前が教えてくれるまで俺も本当の理由は言わないし」


「どういう事だ、それ」


「教えねえよバーカ。つうか早くバラせ、バッテリーなくなる」


 ビデオの胴体部分をトントンと指で叩きながら、キングが俺を急がせる。


「無くなったら録画を止めればいいだろ? そもそも俺は頼んじゃいない」


「一部始終撮らなきゃ、面白くない。賛成したからには協力しろ」


 キングはこんな風に、俺が賛成した事実を楯にして俺をコントロールする。溜め息が出てきた。




「スナッフムービーにでもして売るつもりか」


 せめて嫌味をこめて、俺は言った。


「それなら殺る場面から撮る。お前じゃ助演男優賞は穫れない」


 易々と言い返され、俺は黙って作業に集中することに決めた。


 人間の身体の部品はどれも特徴的だ。


 頭部はその極みだが、手も負けてはいない。美しく五本に分かれた指。これはいくらスラム街といえども、その辺に打ち捨ててしまうわけにはいかない。一目で人間の物だと分かってしまう。良くてマネキンだと勘違いされるぐらいだ。


 だがそれは、『そのままの姿』の場合だ。そうならない為に、俺は死体を切り刻む。腕や脚は皮を剥いで肉を削ぎ落とし、ミキサーにかけたり焼いたりして人間の肉だと見て取れなくする。後はそのまま燃えるゴミに出せばいい。


 浮浪者がゴミを漁って事件が露見したりしないよう、袋には一緒に動物の糞尿を混ぜておく。




 俺もキングもカニバリズムの趣味は無いので、処理に人肉を喰うという選択肢は初めから無い。


 その他にも色々方法はあるが、肉の処理は比較的楽な部類だ。


 骨や内臓はやや面倒くさい。骨は砕いた後に、頑丈なフードプロセッサで粉末状にする。


 圧力鍋で煮込むという方法もあるのだが、内臓、とくに大腸などは臭う。どんなに洗っても臭うのだ。


 今回はとりあえず冷凍しておくか、などと考えながら子供の四肢をバラバラにしている最中、妙なことに気付いた。




 子供の腹が微かに膨らんでいる。


 手足はやせ細っているにも関わらず、腹だけが膨らんでいるのだ。キングが毒入りパイを喰わせる前に、何か食べていたのだろうか?


 この13番街で、捨て子に食べ物を与えるような奇特な人物がいるとは思えないが……。


 俺はナイフの先端で子供の腹を裂いた。血をそっとぬるま湯で流しながら、膨らんだ腹の原因を探ると、胃袋に何か固いものが入っている。




 嫌な予感がした。


 キングも珍しく真面目な顔で、子供の死体を見つめている。彼にも、俺のこの嫌な予感が伝わっているのだろうか。


 ナイフを置いて細いメスを握り、慎重にゆっくりと、胃の外壁を裂いていく。メスの先で胃の中を開くと、血と体液にまみれた、子供の腹の中に有るのには不似合いな物が俺の目に入ってきた。








 それは小指の先ほどの大きさのカプセルだった。一目見ただけで、ただの薬ではないことはわかる。何故ならカプセルは冷たく光る金属で作られていて、胃の中では溶けないように出来ていたからだ。


 数は一つ二つではない。子供の腹の中に何十も詰まっていた。


 その異様な光景に、思わず息を飲む。


 なんだ、これは。


 キングが素手のままカプセルを掴もうとするのを、慌てて止める。仮定の話だとしても、感染症に懸かったキングを看病するなんてまっぴらだ。


「横着するな。そこの戸棚に手袋があるから使え」


「はいはい」


 キングは渋々とばかりに返事をし、カメラを一旦置いた。


 俺はハサミで胃を腸から切り離し、調べやすくするため洗面器の中に入れる。カプセルを一つ指で摘んでみると、それはやはり硬い。


 こんなものを、子供が飲んだのか?


 大人でさえ、容易には飲み下せないだろう。しかもその量は異常だ。


「どれどれ……あ、俺がやったパイも入ってる」


 手袋を嵌めた指で、キングも開かれた胃を無遠慮に探り始めた。


「他の食い物はゼロか。……あとはこの、カプセルだけ……」


 よく観察すると、カプセルの側面には切れ目が入っている。ここから開閉するのだろうか。……開閉。何かが、中に?


「しかし凄い量だな。よっぽど腹すかしてたのかね、このお子様」


 キングが笑いながらカプセルの数を数えている。


「この中には……」


 嬉々としてぐちゃぐちゃと音を立てながら胃の中身をいじくるキングとは対照的に、俺は何とも言えず複雑な気分になってしまっていた。


 このカプセルの中には、恐らく表立っては流通させることの出来ないモノが入っているのだろう。それは簡単に予想がつく。


 薬か、機密か。それを子供の腹に詰め込み、路地に放置し、相手に渡す手はずだったのだろうか。


 この子供は『運び屋』だ。勿論、自分が希望したのではないだろうが……。


 だが、それはキングの手により中止させられた。そうまでして運ぶ必要のあったカプセルが、今は俺達の手元にある。


 トラブルを危惧する思いもあるが、今はそれよりも、この子供に対する憐れみの方が勝っていた。


 四肢を解体し、内臓を掻きだしておきながら何が憐れみだ。自分でもそう思う。だが、腹に何十もの異物を溜め、一人きりでスラム街に棄てられ泣いていた子供。


「お前は解体を続けろ。俺はこっちを調べる」


 キングの言葉に、放置していた死体を振り向く。虚空を見つめる小さな目と視線が合った気がして、俺は動揺した。


 だがキングの命令は尤もだ。死体は内臓から腐る。今日中にバラさなくては、そう思い俺は頷いて再びナイフを握った。


 何故だろうか。


 小さな子供の腹に詰め込まれたカプセル。その異様な光景が、俺の集中力を削いでしまった。柔らかい肉を切り開きながら、考える。こんな、年端もいかぬ子供が、自分から金属カプセルを飲み下すものだろうか。


 誰かが飲ませた?


 考えられる人物は──。


「ちょうど50個だった」


 あらかた作業が終わった頃、キングが俺の背中に向かって告げる。


「50個も、か。中には何が入ってた?」


「まだ見てない。とりあえずこれ洗うぞ」


 キングはシャワーのコックを捻って水を出し、洗面器の中から胃袋のみを取り出して放る。彼はもう、カプセルの方に夢中だ。汚れを洗い流すキングの手をしばらくぼんやりと見つめていた俺は我に返る。


 ビニール袋に子供……だった、ただの肉塊を詰める。今日は内臓を処理するとして、他の部分は冷凍庫に保存しておこう。


「これ飲ませたの、親だろうな。こんなガキに、得体の知れねえカプセルを大量に飲ませることが出来るのは親しかいない」


 キングがぽつりと言う。俺もそう思っていた。だが、親が子供に、そんな酷いことを出来るのだろうか。


 キングの手がカプセルを撫でる、カラカラという音がやけに耳につく。


「なんでわざわざそんなことを」


 わかっている事を敢えて口にする。この子供は恐らく用が済めば殺されていたことだろう。いや、カプセルを取り出すために腹を裂かれていたかもしれない。


 親はそれを知っていて、子供を利用したのだろうか。そんなことが我が子に出来るのか?


 俺はそれを疑問として、キングに投げかける。


「そんなこと言ったら、ただの捨て子だって変わりないだろ。廃品を利用するかしないかってだけ」


 キングは事も無げに言う。俺は、まだ納得が出来ない。廃品。カプセルを運ぶ、ただの『入れ物』?


「……親だって関係ねえ。無慈悲なもんさ」


 俺は立ち上がったキングを見上げる。その表情は浴室の明かりが逆光になり、よくわからなかった。






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