The merciless you side joker

 13番街。


 俺達が住む街はそう呼ばれている。正式な名称は、忘れた。奇しくも不吉な数字である"13"に相応しく、この街の治安は最悪だ。──だからこそ、俺達が生活出来るんだが。


 毎日毎日、何処からか浮浪者はやってくる。自らの意志でここにたどり着く者ばかりでは無い。捨て子、姥捨ても日常茶飯事だ。




 この街に住んでいると今は本当に現代なのかと、たまに疑問に思う。この街だけ時代に取り残されたのでは無いかと。『口減らし』なんて遠い過去のものでは無いのか。


 だがしかしそんな感傷に耽る余裕もない。人間はある一面では逞しい。特に、変化した状況に適応する力は余りあるのではないだろうか。




 アパートの窓から見下ろした外では、捨てられた子供が泣いていた。声を掛ける人間はいない。俺も含めて、その光景は見慣れすぎていて、何のリアクションも起こしようが無いのだ。


 あの子供はこれから一週間が勝負だな、と俺はぼんやり考える。一週間の内に捨てられたことを受け入れ、ゴミを漁ってでも生きることを覚悟出来たなら自分の足で立ち上がれる。


 だが逆に受け入れられず、助けを待つばかりでただうるさく泣くばかりしか出来ないのなら、野垂れ死ぬだけだ。




 ……いや、その前に。


 俺がある考えに行き着いた時、視界に黒い影が入ってきた。見ると、黒いコートを着込んだ人物が道路上を歩いている。


 見間違うはずがない。キングだ。




 珍しく朝から出かけていた彼は、どこかふらふらとした足取りで俺が今いるアパートに向かって来ていた。一体何処に行っていたんだ?


 間もなく、キングは立ち止まった。道端にうずくまった子供をじっと見つめているらしい。彼はすぐに方向転換し、その子供の前にしゃがみ込んだ。




 何事かを話しかけている。四階の窓から見下ろしている俺には、その内容まではわからない。やがて子供が顔を上げた。きっとその眼には、キングの毒気のない笑顔が映っていることだろう。


 ずっと一人で泣いていた子供にとっては、神様のように感じるかもしれない。俺は無意識に、窓の外を見渡した。見える限りの範囲に通行人はいない。




 これなら、目撃者は出まい。


 キングが、何かを子供に渡した。子供がそれを見つめ、キングに問いかける。彼は大袈裟な手振りを付けてそれに答えた。


 子供は手に持った何かの包みを開ける。菓子か何かだろうか。そして何の疑いもなく、それを口に入れた。




 ──何も起こらない。


 俺は無意識に首を横に振った。まさか、キングが何もしないわけがない。




 しばらくして、やはりその考えが正しかったことを知る。子供が胸をかきむしるようにして苦しみ始めたのだ。


 地面に突っ伏して嘔吐までしている。


 キングはそれを眺めながら、満足げに頷いていた。俺はそんなキングを見下ろしつつ、少し意外に思う。


 毒を使うのはキングにしては珍しい。




 ほどなくして、子供は動かなくなった。キングはその死体を抱え上げると、俺の視線にやっと気付いたのか、アパートを見上げた。片手に死体を持ち、片手で俺に手を振る。




「おみやげ!!」


 馬鹿でかい声で俺に叫ぶと、アパートの一階玄関へと入って行った。


 ……お土産、か。


 密かに苦笑して、窓を閉める。これから始まる、『お土産』を解体する音が洩れないように。










「あー重い重い」


 部屋に戻ってきたキングは、ひとまず『お土産』をフローリングの床に投げ出すようにして寝かせた。


 鈍い音を立てながら倒れる死体は、まるで人形だ。


 俺は死体の前に屈み、うつ伏せになったそれを仰向けに転がす。よほど苦しかったのだろう、かきむしった喉は赤く血が滲んでいる。手を見ると小さな爪には肉片が僅かに挟まっていた。




「毒か?」


「うん。食べる?」


 コートを脱ぎ捨てつつキングが冗談めかして言って、投げてよこした物を俺は受け取る。手のひらの上のそれを見ると、ピンク色のビニールに包まれた小さなパイだった。




「こんなもん、いつ作ったんだよ」


 それを手の中で転がしながら尋ねる。


「俺が作るわけないじゃん。その包装のビニールに書いてある名前、知らねえの?」


 キングがキッチンに向かいつつ俺に問い掛ける。言われてみると包み紙には英字で何か書かれていた。




「MERIA……メリア?」


「1番街で人気の洋菓子屋。マジで知らない? 遅れてんなあ、お前」


「知るか。……1番街まで行ったのか?」




 俺達の住む13番街の生活レベルは最底辺。逆に1番街はいわゆる上流階級が住む街だ。


 地理も離れていて、市電を乗り継ぎ、バスを乗り継ぎ、しばらく歩いてやっと辿り着くぐらいの距離がある。


 車で走れば早いのだろうが、俺は勿論キングも自分の車は持っていない。運転は出来るが、検問で胸を張って出せるような免許証が無いこともあり、また仮に車を手に入れても、1日と置かず盗まれるか壊されるかするのは目に見えていた。この街はそんな場所だ。




「行ったよ。あそこは相変わらずセキュリティ抜群の街でつまんねえ。……はあ、疲れた」


 キングは溜め息まじりに言うと冷蔵庫から取り出した牛乳をグラスに注ぎ、一気に飲み干した。




「わざわざ行かなくても、洋菓子ならその辺にもあるだろ」


 見た目にはそう美味そうにも見えない。まあ、俺が甘いものを特に好まないという理由もあるが。


「わかってないね。俺様ぐらいになると毒を入れる器にも気を遣うんだよ」


 キングは人差し指を振りながら自慢げに言い、ソファの上に腰を下ろす。


 そしてポケットの中から、今俺が手に持っているのと同じピンク色のビニールに包まれた菓子を取り出した。




「それも毒入り?」


「まさか。コレは俺の」


 キングは嬉しそうに言って包みを開け、一口でパイを食う。もぐもぐと口を動かした末に飲み込み、息をついて感嘆にも似た声を上げた。




「ああ、やっぱうまい」


「……俺のは?」


「無いよ」


 あっさり言ってのけたキングに、やっぱりな、と思いつつ俺は子供の死体を抱えて立ち上がる。


 俺にとっては、こちらの方が本命の『お土産』だ。


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