The fruit of their Love side king

 俺は図鑑が好きだ。暇なときには図鑑を四六時中眺めているぐらい、いや、それは言い過ぎだが、殺しをする気にもならずに暇を持て余した時には大概図鑑を見る。動物や昆虫や植物や、海洋生物や宇宙の図鑑を見るのが好きなのだ。


「だけどよ、こういう本って古書店でも値が張るじゃん? だから俺って殺し屋稼業やってんのかもな」


「キング、良いことを教えてやろうか」


 渋面を作ってジョーカーが俺にのみ聞こえるように声を低くして言う。




「そんな話は外でするものではない。特に、3番街の本屋ではな」


 それだけ言うとジョーカーはすたすたと本屋の中に入ってしまった。目当ての本が入荷しているか確かめる為に来たのだが、あまりにも冷淡な反応だ。


 しかし仕方ないか、と俺は思った。数日前に、ジョーカーはやりたくもなかった(であろう)殺しをさせられたのだ。他ならぬ俺に。まだ怒りは溶けていないらしい。




 それにしても腹が立つのは抑えきれない。八つ当たりでその辺の本を蹴飛ばしたくなるが、途中で止めた。それは見たことのない図鑑だったからだ。


 反射的に分厚いそれを抱えて本屋の店内を練り歩く。ジョーカーはすぐに見つかった。何が面白いのか知らないが、こいつはミステリー小説が好きなのだ。今もジョーカーは片手に数冊持ち、更に棚を物色している。




「ジョーカー」


 背後から声をかけるとやっぱり驚いたのか慌てて振り向く。が、ジョーカーの視線が俺の抱えている図鑑に向いた瞬間、また表情が曇った。


「買わないぞ」


「何でだよ。お前ばっかりずるくね?」


 抗議すると、ジョーカーは溜め息をついて俺から図鑑を奪った。値段を見て再び溜め息をつく。




「これ一冊で一週間食える」


「じゃあ一週間断食すりゃいい」


 にこにこと応えてやるとジョーカーはすぐにぐらつく。自分ばかり小説を買っているという負い目もあるのだろう。しばらく沈黙したあと、ジョーカーは図鑑を俺に返した。




「一緒に会計しよう。少し待っててくれ」


 ジョーカーはまたミステリーの棚と向き合い、一冊を出してみてはぺらぺらと捲り、また戻し、それを繰り返してようやく最後の一冊を決めたようだった。


 その小説の表紙はお世辞にもセンスがいいとは言えない配色で、大きく題名が印字されているのとは対照的に作者名は見逃すほど小さく隅に記されていた。


「面白いのか? それ」


 訊ねるとジョーカーは首を捻った。


「さあ。新規開拓だ」




 会計を済まし、それぞれが買った本を抱えて家路につく。それまでは、いつも通りの毎日だった。


 先に気付いたのは俺だったが、ジョーカーもすぐに気付いた。『そいつ』は、あまりにも下手くそだったからだ。


「後をつけられているな」


「大正解」


 何気ない仕草で携帯の画面を開く。やがて真っ暗になった画面には、背後から近付く影が映っていた。




「このままアジトに帰るのは」


「駄目だ。どこかで撒けるか?」


 ひそひそと話しながらも歩調は保ったままである。背後の、尾行の下手くそな野郎も同じ程度のスピードでつけてきている。撒くのは簡単だが、しかし、こいつを野放しにしておくのも後味が悪い。というか単純に、こんな下手くそな尾行で俺達をつけられると思われているのかと考えると腹が立った。




「ジョーカー、作戦F。覚えてるか?」


「……懐かしいな。わかった」


 言うと同時に俺とジョーカーは立ち止まった。互いに向き合い、自然な様子を装って声を掛け合う。


「今日は付き合ってくれてありがと」


「いや、ついでだったから。じゃあな」




 別れの挨拶を交わして俺は角を曲がり、ジョーカーは道なりにまっすぐ進んでいった。作戦Fとはガキの頃ジョーカーと決めた作戦名で、一度別れて敵を――この場合尾行者の狙いを探るというものだ。無論、敵が単体の際にしか使えない。


 角を曲がってすぐに壁に身体を張り付かせるようにして隠れ、拳銃をジャケットの下のホルスターから抜いた。尾行者の影が戸惑うみたいに揺れたのは一瞬で、すぐに奴はジョーカーを小走りで追いかけた。


 尾行者の容貌を頭の中に刻み込む。もじゃもじゃの赤毛の男、身長はさほど高くない、憔悴しきったような横顔に見覚えはなかった。見知らぬ他人に尾行される覚えがないと言えば嘘になるが、奴はジョーカーを狙っているのだ。




 数秒後、俺は路地から飛び出してジョーカーと尾行者を追いかけた。拳銃を構えながら、片手で図鑑の入った重い袋を抱えて。






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