部屋に入ると、キングは椅子に座って自分の銃をいじっていた。
「持ってきたぞ」
ダンボールから適当に取ってきた小型の銃を肩の高さまで掲げて見せる。勿論弾は入っていない。
「ありがと。まあ座れ」
促され、キングの座っている向かいに置いてある椅子に腰を下ろした。
キングとの間にある小さなテーブルの上に目を遣ると、そこには俺の銃が置かれている。
俺は人殺しは未だにしたことがないが、護身のために一応持ってはいた。この物騒な街では、当たり前の装備品である。初心者でも扱いやすいものをとわざわざキングが選んだ一挺だ。
「何やってんだ?」
「俺の銃、大分古くなったから明日新しいヤツ買いに行こうと思って。だから弾抜くついでに磨いてやってんの。今までお疲れ様ーってな」
問いかけに、キングは銃から目を離さず答えた。その言葉に思わず驚く。新しい銃を買う、ということは殺しはやめないのか?
その疑問を口にすると、キングはケラケラと笑った。
「俺が殺しをやめるわけねえだろ?」
その笑い声を聞いて、不意打ちを食らったように嬉しく思った。キングはこれからも殺しをやめない。つまり、解体作業も必要だ。
今までの自分だったなら、今、喜んでしまっている事実に嫌気がさしているところだろう。だが今は、これからも人間をバラせるという嬉しさの方が遙かに上回っていた。
「お前の銃にも、新しい弾詰めといてやったから。感謝しろよ」
キングが、テーブルの上にある銃を顎で指す。
「悪いな。で、これはどうするんだ」
手に持っていた小型の銃をテーブルに乗せた。キングはそれを一瞥すると、丁度いい大きさだな、と呟く。
「それはアカに渡す。あいつも持ってた方がいい」
「アカに……? 渡すのか?」
「ああ。あいつにも仕事を覚えさせる」
俺は少し思考を巡らした。キングは仕事をさせるためにアカを拾ったのか。それならば、手当てをしたのも頷ける。恩を売ったのだろう。
しかし、アカは──。
父親を殺した犯人、つまりキングを見ているかもしれない。犯人を見ていて、復讐のためにここにいるのかもしれないのだ。だがそれが本当にそうか、俺にはわからない。
アカに記憶があるのは確かだが、何か別の理由があって嘘を言っているのかもしれない。俺たちが親の仇だと知らなかったら……。
「異存は?」
キングが見つめているのに気付いても、すぐに答えを出せなかった。俺がアカを仲間にするのに反対すれば、キングは当然何故かと訊くだろう。嘘は言えない。黙っているのと嘘では大きな違いがある。本当のことを話せば、アカは今すぐにでも殺される。
「……賛成だ」
俺はアカを信じることにした。あいつは何も見ていない。俺達に復讐を企てていたりなんか、しない。
それは願いに近い、信頼だった。
キングの部屋から出て、自室のベッドに入ったものの眠れないでいた。キングがアカに銃を渡したその瞬間、俺たちは殺されるかもしれないのだ。眠気なんか訪れるわけがない。だが今更反対するなんて出来ない。
もうどうすることもできないのだ。
いや……と考える。ほんの少し勇気を出せば状況は変えられる。今夜の内にアカを連れて逃げればいい。あの子供に罪は無い。親を殺された子供に、何の罪があろうか。そうだ、キングから逃げればいい。逃げればいい。
自己暗示のように繰り返す内に、ふっ、と一瞬だけ眠りに落ちてしまう。その中で、夢なのか回想なのか判別のつかない映像を見た。
一人、とぼとぼと歩いている。目に映る自分の靴は小さく、子供の足だ。
薄汚れた道路に影が落ちる。
ああ、俺は幼い頃、闇が怖かった。
『どうしたの?』
見上げると、やはりくすんだ色の塀の上に少年が座っていた。脚をぶらぶらさせながらこちらを見下ろしている。
俺は何も答えられない。黙っていると、少年は軽々と飛び降りて目の前に立った。
『名前は?』
……わからない。首を振る。何故か、少年は笑った。そして彼は言う。
『じゃあ、今日からお前はジョーカー。俺はキング』
わけがわからない。夢の中の自分は、ぼんやりと彼を見つめた。
『お前、血だらけじゃん。捕まったらめんどくせえことになるよ』
彼は、俺の手を引っ張っていく。俺の頭はネジが何本か抜けたかのように、うまく働かない。ただついていくしか無かった。 血だらけ。
ようやくその言葉が脳に届く。確かに俺の服も腕も脚も、真っ赤に濡れていた。だが不思議と身体は痛くない。
なぜ。
何か、大事なことを忘れているような気がする。
『風呂入って、しばらく隠れとけ』
『……なんで』
自分の喉から出た声に驚いた。何だか、生まれて初めて声を出したような気がする。
『なんでってめんどくせえことになるからって言ってんだろ』
『ちがう……』
立ち止まって首を振った。
自分の名前がわからない。
自分が誰かわからない。
俺は今まで、この声で……
誰かを呼んだりしたのか?
この血は誰の血だ?
わからない。わからない。
不安だった。
『なんで助けるのかってことか?』
少年は静かに問いかけてくる。
その姿も闇に溶けかけていた。
俺は黙って、泣いている。黙って、動かなければ無事でいられるとでも思っていたのか。
『……キングとジョーカーは二人だけの仲間だから。お前を見た時、お前がジョーカーだってわかったんだ』
俯いていた顔を上げた目に、少年のシルエットが映る。その時、ちかちかと電灯が瞬いた。闇が逃げるように引き、少年の姿が光の中に現れる。
『……だから、俺たちは仲間。仲間を助けるのはあたりまえだろ?』
そう言って、キングは笑った。
俺は目を覚ました。眼球はうっすらと涙で濡れている。――あの闇の中で俺を救ったのはキングだった。自分が誰かわからない俺に名前を与えてくれたのはキングだった。仲間だと言ってくれた──。
今、ここでキングから逃げることは出来ない。それはキングを裏切ることになる。アカを救うことを第一に考えるならば、自分が裏切り者になることなど躊躇ってはいけないんだろう。
だが俺は、キングを裏切ることは出来ない。例え死ぬことになったとしても、例えキングが自分を裏切ったとしても、キングと俺──ジョーカーは、二人だけの仲間なのだから。
…………。
二人だけの仲間?
俺は横たわったままで瞬きを繰り返した。そうだ。キングはあの時確かにそう言った。ならば、何故アカを仲間にしようなんて言う? 心変わりか? いや、キングはそういうルールに対する考えは頑なだ。実際今まで一度もそんな話は出なかった。
おかしい。
俺が気付いた、まさにその瞬間、激しい物音が聞こえた。キングの部屋からだ。
慌ててベッドから飛び起き、とっさに枕元に置いていた銃を掴んで部屋を出た。何も考えていなかった。相棒の無事以外は、何も考えていなかった。
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