第8話 オトナになったら

『祈璃ちゃんはオトナになったら何がしたい?』


『……は? 喧嘩なら買うわよ』


『ケンカ? ケンカなんてしないよ? どういうこと?』


『……もういい。あなたは?』


『え?』


『……あなたはオトナになったら何がしたいの?』


『おれ? おれはね、お酒が飲んでみたい!』


『お酒?』


『父ちゃんがいっつも美味しそうに飲んでるから! おれも飲んでみたい!』


『……お酒なんて、べつに良いものでもないでしょ。酔っ払いは人に迷惑ばっかりかけるし』


『でも父ちゃんはすごく楽しそうだよ』


『ふーん、よかったわね』


『オトナになったら一緒にお酒飲もうよ』


『それ、私に言ってるの?』


『……? 当たり前でしょ?』


『…………はぁ』


『20歳になったら、初めてのお酒は祈璃ちゃんと一緒に飲む! ぜったい!』


『叶わないわよ、そんなの』


『叶うよ。だって約束するし』


『え、ちょっと。何するのよ。触らないで』


『ゆびきりげーんまん、うそついたら針千本のーます。ゆび切った。はい、約束完了』


『勝手にしないでよ……そんなの、絶対ムリなんだから……』


『約束。ぜったいだよ』


『…………私は、知らないから』


『じゃあ、おれがずっと覚えてる』


『そういう話じゃ、ないから……』



 無邪気に笑うその瞳から必死に目を逸らして、逃れることしかできなかった。

 だけど、小指を絡め合ったその感触を、今でも鮮明に、覚えている。



「……バカ」



 バカはいつだって、私だ。

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