第7話 ハーレム
夕日が沈み始めた頃、俺たち4人は大学近くの居酒屋にやって来ていた。
ちなみに、その間には2時間ほどのお暇があったわけなのだが……
『ほんっとうに校内飲酒は問題にならないんですよね!? 俺……はまだ入るわけじゃないですけど、西野や岡本が退学になるのとかは勘弁してくださいよ!?』
『大丈夫だよ〜。なんなら、今からお父さんに電話してみるよ。サークルに新しいお友達ができたから、その子たちも大目に見てねって〜。ひっく』
『めっちゃ酔ってますよねぇ!?』
『らいじょぶらいじょぶ〜。ひっくひっく』
みたいな感じで俺が有村さんに泣きついた結果、理事長の言質は無事に取れたらしい。
それでも若干信用ならないが、ひとまずは安心した。
もしも俺の生活が脅かされるようなら有村さんの飲酒を大学内で言いふらしてやる。
「ここはね〜、お酒の種類が多くて、ご飯も美味しくて、いいお店なんだよ〜?」
店員さんから席に案内されながら、有村さんは楽しそうに話してくれる。
その笑顔だけを見れば本当に可愛らしいのだが、現在進行形で酔っ払いであり校内飲酒犯である。
「居酒屋……! 初めて! すっごくうるさいんだね!」
「それは褒めてるのか貶してるのか……」
「こういう雰囲気大好き!」
西野は未だにテンションマックスで好奇心が抑えられないようだ。ちょこちょこと忙しなく首を回して、小柄な身体で動き回る。
「うぅ、緊張するぜ……美女に逆ナンされたらどうしよう……」
「そんなことは絶対にないから安心しろ」
「あるかもしれないだろぉ……こういうのは準備が大切なんだ。もしもの時に失敗しないようにだなぁ……」
おそらく一生、その準備が役に立つ日は来ないだろう。
「鷹宮くんは落ち着いてるね?」
「うちは親が酒飲みだったから、子どもの頃に居酒屋とかけっこう連れられてたんだよ」
「へ〜。いいなぁ、子どもの頃だったらもう異世界にいるみたいな気分だったんじゃない?」
「まぁ、たしかにテンション上がったなぁ。酒飲めなくてもツマミは美味いし」
間違いなく、特別な夜だった。
「それわかる! 私もおつまみ大好き! チーたら!」
「酒飲みの才能がありそうだな」
「鷹宮くんもね」
4人用の個室席に着くと、無難に男女で分かれて席に座る。俺の向かいには西野だ。
「ドリンクは何に致しますか?」
「とりあえず生4つ〜」
流れるように全員分頼まないでほしい。
「あ、ごめんごめん。みんなは飲めないんだったね〜」
「え、えーと、生はおひとつということでよろしいですか?」
困惑している店員さんに、有村さんは笑顔で答える。
「そのままで大丈夫です。私が4杯飲むので」
何が大丈夫なのかまったく分からない。
「そういや気になってたんだけど、鷹宮ってたしかもう誕生日——」
「おっと」
「——もがっ!?」
余計なことを言おうとした岡本の口を片手で押さえ込む。
(な、なにしやがんだよ!?)
(今度秘蔵のエロコレクション見せてやるから、この件について今日のところは黙っとけ)
(……オーケー。楽しみにしてるぜ、親友)
扱いやすくて本当に助かる。
新入生組はソフトドリンクを頼んだ。
「みなさん、改めまして本日はお集まりいただきありがとうございます〜」
ドリンクが届くと、有村さんは小さな身体に似合わないビールジョッキを両手で持って構える。彼女の周りにはさらに3つのジョッキが鎮座しており、異様な光景になっていた。
「それでは、かんぱ〜い」
挨拶もそこそこに杯を掲げた有村さんに合わせて、乾杯をする。キンッと爽快な音が響いた。
「ぷは、おいしい〜」
ビールを上品にコクコクと喉に流すと、幸せそうに恍惚な笑みを浮かべる。
すでに瞳はポトポトに垂れて今にも零れてしまいそうで、頬は薄紅に染まっていた。
生粋の酒飲みにして、酒豪の顔つきである。それでも可愛らしさが溢れているからこの人は卑怯だ。
「いいなぁ、わたしも飲んでみたい……ちょっとだけ……さきっちょだけなら……」
コッソリと西野は余っているビールジョッキのうちの1つへ手を伸ばす。
「さきっちょだけだと!?」
「ひえっ!?」
しかしそれは岡本のエロセンサーによって阻まれた。
ビクッと震えて、伸ばした手をテーブルの下に引っ込める。
「あと1年だろ。ゆっくり待てよ」
「でも2人はもうすぐなんでしょ? ずるいずるーい!」
「我慢しなさい」
「ぶーぶーだ」
可哀想だがこればっかりはどうしようもなかった。
そうこうしているうちに、テーブルは居酒屋定番メニューで埋め尽くされていく。
奢りという話で付いてきたわけだし、遠慮なく頼ませてもらった。今日は朝食以外の出費がゼロでホクホクだ。
「んまーい!」
「でしょ〜? 私のおすすめはこのだし巻き卵なんだよ。ほら、こはるん、あ〜ん」
「あーん。うーん、これも好きー! 久遠先輩、もっと食べさせてー?」
「こはるんかわいい〜。もうどんどん食べて食べて〜」
美味しい料理を食べたら西野の機嫌はすぐさま治ってしまった。
有村さんから餌付けされるかのように、口いっぱいに料理を頬張っていく。
「あぁ、百合もいいよなぁ……」
岡本は仲良くなっていく2人の様子を邪な瞳で見守っていた。
「オレ、この空気が吸えるだけで幸せだ……」
会話の輪に入ることはすでに諦めてしまったらしい。
もう少し頑張れ。そんなんじゃあっという間に4年終わるぞ。
「はい、ここでみんなに読んでもらいたいものがあります〜」
テーブルの上が落ち着いた頃、有村さんはバッグから冊子を取り出し、俺たちに一冊ずつ手渡した。
「これは?」
「私が書いた小説だよ〜」
「一応書いてるんですね」
建て前とか言っていた気がするが。
「私はね。みんなはそんなことしなくていいから安心して?」
有村さんはこんな酔いどれだが、ちゃんとしたワナビ作家でもあるらしい。
「ただ、もしよかったら読んで感想をもらえたらな〜って。どうかな?」
「読みたーい!」
「オ、オレもぜひぜひ! 読んでみたいっス!」
「まぁ、読むだけなら」
どうにも有村さんに頼まれると断り辛いな……。
奢ってもらうわけだしそのお礼にと思って、読んでみることにした。
「こ、これは……!?」
それは俺のイメージとはまったくかけ離れた小説だった。
有村さんの雰囲気からして大衆文学やもしかしたら童話なんかもアリかもしれないなんて考えていたのだが……
「ゴリッゴリのラノベじゃねぇか!?」
有村さんの小説は、萌えありエロありありのハーレムラブコメだった。
「いや、なんでこの主人公こんなモテんの? なんで出会って5秒で好感度マックスなの?」
ツッコミどころが多すぎる。
俺だってラノベはそれなりに読むし慣れていないわけではないのだが、それにしたってご都合的な展開のオンパレードで主人公がひたすらモテて美少女たちからチヤホヤされている。
「…………ふぅ」
読み終えた俺は、なぜか疲弊していた。
文章は非常に整っていて読みやすいのだが、とにかく内容が薄っぺらいのだ。
前方を見やれば、西野は真剣なようすで文字を追っている。読み終わるまでは時間がかかりそうだ。
そして隣を見れば、岡本が号泣していた。
「……感動した!」
「は?」
「なんて素晴らしい物語なんだっ!!」
「はぁ?」
「オレも……オレもこんなハーレム主人公になりだがっだよぉ……!!」
どうやらモテない自分とハーレム主人公を重ね合わせて深く感情移入してしまったようだ。
「岡本くん……」
有村さんはボロ泣きする岡本を見つめて、その頭を優しく撫でた。
「ありがとう。私の物語で泣いてくれて」
「えぐっ、ひぐっ、ずびびび〜っ」
「今からでもなれるよ。きっと。岡本くんだって、ハーレム主人公に」
「ほ、ほんど、ですかぁ……!?」
「うん、きっと」
それは慈愛に満ちた聖女のような微笑みだった。初めて有村さんの本当の顔を見れたような気がする。
励まされた岡本はエグエグとさらなる涙を流しながらも必死に言葉を紡いだ。
「じゃあ、おでとケッコンじでぐだざい……!!」
「それはちょっと、ムリかな〜」
現実は残酷だった。酔いどれ聖女は甘くない。
岡本は俺の胸で泣いた。
涙と鼻水がぐちゃぐちゃで非常に不快だったので容赦なく殴り飛ばした。
「ただいまー」
帰宅時間は夜の11時を回っていた。
随分と長い時間、飲み会に興じてしまったようだ。案外居心地が良かったのかもしれない。
最後までサークル加入は保留させてもらったけれど。
「ん?」
ポケットのスマホがバイブする。
画面を確認すると、珍しい人からメッセージが届いていた。
祈璃:今帰ったの?
蒼斗:サークルの新歓に参加してました
祈璃:飲み会ってこと?
蒼斗:まぁ、そうですね
祈璃:あなたの誕生日、いつだっけ
蒼斗:4月3日
次のメッセージが来るまで、数分の間があった。
祈璃:お酒はほどほどにしなさいよ
祈璃:それじゃ私は寝るから
「あっ……」
素早い連投で会話を切られてしまう。
せっかくなら話しておきたいことがあったのだが……。
おやすみなさいと返した後、俺はシャワーを浴びて眠りについた。
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