第5話 サークル探し
「なぁおい知り合いなのか? 知り合いなんだろ? だったらオレに紹介してくれ、な?」
岡本元気——女を求めて大学進学しただけあって性欲と勢いだけはある。どうせ童貞拗らせて何もできないことは目に見えているのに。
西野を見やれば、状況が掴めていないのかキョトンとしていた。
「わかったよ。わかったから一旦放せって」
「マジか! 心の友よ……!」
俺は拘束を逃れて岡本の背後に回ると、椎名さんの前へと押し出していく。
「え、あ、おお? ちょ、ま、待てよ。まだオレ、心の準備が……!?」
「いいからいいから」
さっそくヒヨっているが、関係ない。
「椎名さん、すみません。俺はやっぱり入会できません」
「えー、そうなのかい? でも一度でいいから体験会くらい——」
「代わりと言ってはなんですが、入会希望者を提供させていただきます」
「へ? 入会? いやオレ、そこまでは言ってな——」
「ぜひとも椎名さんと共に筋肉道を歩みたいとのことです」
俺は最後のひと押しとばかりに、岡本の背中を強く引っ叩いた。
「うわっ!?」
「おっと、大丈夫?」
バランスを崩してつんのめり、椎名さんの大胸筋にガッチリと抱擁される。間違いなくご褒美だ。感謝しろ。
「そいつを生贄にお渡ししますので、どうか俺のことは忘れてください!」
「ふーん? この子が、ねぇ……ふむふむ。ふむふむ」
椎名さんは俺の時と同じように、値踏みするみたいに岡本の体を触り出す。
「あ、しょ、しょこは……!? あひん!? 変なところ、触らない、でぇ……!?」
気持ち悪い声をあげているのを横目に、俺は西野の手を取って叫ぶ。
「そういうことで、失礼します! 行くぞ西野!」
「え、ちょっと鷹宮くん!? 岡本くんはいいの!?」
「尊い犠牲だった!」
大男たちの間を縫うようにして西野と共に包囲網を抜け出す。
椎名さんはまだ岡本に集中しているらしく、反応しなかった。
「あんまり将来有望な感じはしないけど、まぁダメな子ほど可愛いとも言うからね。これからたくさん、可愛がって……ア・ゲ・ル♡」
背後では不穏な会話がかすかに聞こえたような気がした。
サークル棟にたどり着いた。
「さて、じゃあどのサークルを見学させてもらおうか」
「切り替え早くない!? わたしたちキャンパス歩いてただけで仲間1人失ったんだけど!?」
「まぁ、そのうち帰ってくるでしょ」
べつに椎名さんが極悪人というわけでもなし。心配はない。たぶん。
西野に落ち着いてもらった後、平和なサークル見学を始めた。
「なかなかしっくりこないなぁ〜」
3つほどのサークルを回ったのだが、どうにも西野の琴線に触れることはなかったらしい。
「鷹宮くんは? どう?」
「まぁ、俺も特には……」
どのサークルも新入生のことを快く歓迎してくれて、丁寧に活動内容を説明してくれた。
しかしどれも特色に欠けていて平凡であり、強く惹かれるものは感じなかった。
俺としてはそれもまた長所のひとつだと思うのだが、西野にとってはもしかしたらそういう個性みたいなものが重要なのかもしれない。
「そいえば聞いてなかったけど、鷹宮くんは部活とかしてたの?」
「サッカー部」
「え、マジ? 陽キャじゃん」
「そう見えるか?」
「うーん、ふつう?」
「実際そんなもんだよ」
西野の方がむしろ先天的な陽キャだろう。
「続けないんだ? 勿体なくない?」
「プロになるわけでもないのに大学でまでボール追っかけてられないって」
「そういうもんかー」
小学生の頃に始めたサッカー。きっかけは母の趣味がサッカー観戦であったことから。それ以上の理由はない。
元々、サッカーに対する情熱は持ち合わせていなかったのだろう。楽しくなくなったから、もうしない。
「ねぇねぇ鷹宮くん」
西野はにやりと笑って、うりうりと肘で脇腹をついてくる。
「モテたっしょ?」
「それがぜんぜん」
「えー? うっそだー?」
「ホントだって」
苦い記憶ならひとつ、あるけれど。ひとつしかないならそれは充分に灰色の青春だろう。
そんな折——
「た〜か〜み〜や〜!!」
遠くから地獄の底から湧き出るようなおどろおどろしい声が背後から聞こえてきた。
「おかえり」
「おう、ただいま。じゃねぇよ!? おまなんてことしてくれたんだ!? 童貞は贄じゃねぇんだよ処女と違ってんな価値ねぇのよ!?」
自らの無価値を主張して悲しくならないのだろうか。
「で、どうだった?」
「どうだったもこうだったもねぇって。腹筋美人からは早々に捨てられるわ大男の海に放り込まれるわ地獄の無限筋トレ編は始まるわで……どうにか逃げ出そうにも周りは肉の壁、壁、壁……マジで死ぬかと思ったぜ……」
ダメな子ほど可愛いにも限界があったらしい。疲れ果てたようすで語る岡本は若干痩せこけていた。
「岡本くん、ありがとね。わたしたちのために犠牲になってくれて」
「え? あ、いや、へへ。いいってことよ。まぁあれくらいの筋トレ余裕だし? ハハっ」
西野が気遣って上目遣いを寄せると、一瞬にして息を吹き返して元気になった。あまりにもちょろい童貞だった。
「あ、そういやなんか椎名先輩から鷹宮に伝言頼まれたんだが……」
「は? なんて?」
「キミはキミだけの筋肉道を見つけたんだね……って。どういうことだ?」
「さっぱりわからん」
「もしもまた道に迷うことがあったらいつでも来なさい、とも言ってたな」
「ぜったい行かねぇって……」
あの人には何が見えているんだろう。やっぱり変人だ。
3人でサークル巡りを再開する、
「あ、ここはなんだろ。文芸サークルだって!」
ふと、西野が小さなブースの前で立ち止まった。
「またスタンダードなのがきたな」
「……ううん。なんか他とは違う気がする。いい予感。わたしの勘がそう言っている!」
よく分からないが、西野が水を得た魚のようにテンションを高めている。
センスの良い西野は、勘も良さそうだ。おそらく、俺にとってはあまり良くない方向に。
「おっ邪魔しまーっす」
止める間もなく、西野は勢いよく部屋の扉を開ける。
「うへへ、かんぱぁい。いぇい、いぇーい」
そこにいたのは、幸せそうにボッチ酒盛りする、ふわふわした雰囲気のお姉さん。
「爛れてる……とびきり爛れたサークルだよ……! ここは!」
西野の瞳はまさにピッカピカの1年生な輝きを灯していた。
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