第21話 看病

「よーし。了承してもらえたということで、まずはこれを着てください」


 俺はクローゼットからジャージを取り出して祈璃さんに押し付け、両手に抱え込ませる。


「は? え。な、なんでそうなるのよ」

「だってその服じゃ寝にくいでしょ?」

「それなら私の部屋から取ってくればいいでしょう……!?」

「俺が取ってきていいの?」


 間違いなく、物色しますが。しないように心がけたとしても、男の本能が許してくれないと思いますが。

 

「私が自分で行くわよ!」

「それはダメー。風邪ひきさんには働かせませんー」

「……ちぃっ」


 ギリギリと歯軋りしながら睨みつけてくる。


「看病代です。これを着て、俺の看病を受けること」

「くぅ……っ」


 恥ずかしさと軽蔑の色が混じり合ったような視線。これぞ蔑み美人の夜桜さんの本領発揮と言ったところか。ご褒美だ。


「いやあ興奮しますね。女性に自分の服を着てもらうのって」

「いいからさっさと出てって!」

「はーい」


 祈璃さんが着替えている間、玄関の方で席を外していることにした。


 程なくして許可が下り、部屋へ戻る。


「どうです?」

「おっきい」

「もう一回」

「……? おっきい?」


 ブカブカのジャージは萌え袖状態になっていた。

 いつも華やかでキッチリした服装をしている美人なお隣さんだからこそ、クるものがある。


「それになんか、男クサイし……」


 無意識なのか知らないが、あれだけ警戒していたはずなのにくんくんと袖の匂いを嗅いでいる。


「やっぱりクサイ……」


 わかっていてなぜ繰り返すのか。


 ああもう、俺まで恥ずかしい。だけどご馳走様です。全てにおいて。


「次は体温測りましょう」

「ん」


 体温計を渡す。

 祈璃さんは上着のチャックを少し下ろして、脇の下へ体温計を差し入れた。

 美しい鎖骨のラインと汗ばんだ白い肌が一瞬だけ垣間見える。

 もう少しだけ見えないものだろうか。さりげなく首を伸ばしたりしているうちに測定が終わってピピピとお馴染みの音が響く。


「何度?」

「……38度7分」

「かなり高いですね」

「なんてことないわ、これくらい」


 強がりながらも、顔には疲労が見て取れる。


「はいはい。いい子だから薬飲んで寝ましょうね」

「……ちっ」

「祈璃さん薬持ってます? ないなら俺の解熱剤あるけど」

「……バッグ取って」

「どぞ」


 バッグを渡してから、コップに水を用意する。祈璃さんは慣れすぎな手つきで錠薬を飲み込んだ。


「今度こそ寝てください」


 肩に手を置いて優しく寝転ばせ、布団をかけてあげる。


「俺、買い物行ってきますけど何か欲しいものあります? 食べたいものとか」


「何もかも飽き飽きしてるから、なんでもいい」


「そりゃそうですね」


 独断と偏見で選んでみるとしよう。


 それから俺はルームチェアに腰を下ろすと、ベッドの横へ移動する。


「……買い物行くんじゃないの?」

「祈璃さんが眠ってからね」


 布団に手を突っ込んで、細い手を捕まえた。


「もう、子どもじゃないのに……」


 昔、今日みたいに祈璃さんの調子が悪くて会話もままならない時、こんなふうにしていた記憶がある。

 また、俺が睡魔に負けて病室で眠ってしまった時には彼女が俺の手を握ってくれていたような……? 夢見心地だったので、そこら辺は曖昧だ。


「おやすみ、祈璃さん」

「……おやすみなさい」


 外見上よりもずっと、体力を消耗していたのだろう。瞳を閉じた祈璃さんはすぐに眠ってしまった。




 買い物を終えて帰ってくる。

 祈璃さんはちゃんと眠っていた。


「ちょーっと失礼しますね〜」


 前髪を掻き分けて綺麗な額を露出させる。そこに買ってきた冷却シートを貼らせてもらった。


「う、んん〜……」


 冷たさに驚いたのか、祈璃さんは身体を捩って寝返りを打つ。まだ体温は高いようで、肌がかなり汗ばんでいて苦しそうだ。


「起きてない、よな……?」


 それについては問題なさそう。でもちょっと色っぽいの、やめてほしい。



 ルームチェアに座って、スマホを開く。


蒼斗:今日休むからノートよろしく


心陽:りょ! 


心陽:もしかして風邪? 大丈夫?


蒼斗:俺はなんともないから安心してくれ


元気:ま、まさかおまえ……恋人とマル秘旅行とかじゃねぇだろうな!?


蒼斗:ないって。ちょっと野暮用


蒼斗:明日も休むかも


元気:怪しい……


心陽:まぁこっちは上手くやっておくよ!


心陽:よく分からないけど頑張って!


元気:昼メシ一回奢りなー


蒼斗:了解。サンキュー


「ふぅ」


 これで大学の方はなんとかなるな。


 いや、まだ祈璃さんの授業があった。


 再びメッセージアプリを起動する。


蒼斗:ちょっといいですか?


久遠:なぁに〜?


蒼斗:折り言ってお願いがあるんですが


 その後、成り行きを話したら有村さん自ら祈璃さんが受ける予定の授業のノートを取ってくれることになった。


 あの人、自分の授業はないのだろうか……?

 まぁ、4年だしそういうこともあるか。都合よく解釈させてもらおう。


久遠:その代わり今度、お願いひとつ聞いてね〜


蒼斗:俺にできることならなんなりと


 これで今度こそ、大学関連の連絡は完了だ。


 祈璃さんはしばらく起きないだろうし、昼ご飯の準備にはまだまだ早い。一気に手持ち無沙汰になってしまった。


 眠っている祈璃さんの様子を時折確認しながら、スマホをイジったり漫画を読んだりして過ごす。


「ふぁ……」


 そのうちに瞼が重くなってきて、俺は微睡に攫われるように意識を手放した。

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