第23話 看病2

 目を覚まして時計を確認すると、正午が迫っていた。


「やっと起きた」


 ベッドを見やると、祈璃さんが起きている。


「病人よりもぐっすり寝ているなんて、どういうつもりなのかしら」


 さっそくの憎まれ口が飛んできた。


「……無理ないわ。あなただって新生活で疲れているのよ」


 だけどすぐに俺のことを慮ってくれる。


 今の彼女は混ざり合って出来ているんだなと、なんとなく感じた。


 それから買ってきたものを色々と渡して、水分補給をしてもらった。


「熱はどう?」

「少し下がった」


 すでに測っていたようで、体温計を見せてくれる。37度6分。まだけっこうな熱だ。解熱剤が効いてこれなら、油断はできない。


「……もう一度測ってください」

「イヤ」

「そんなこと言わずに。俺がしっかり見守りますので」

「それがイヤだって言ってるの。視線がいやらしいもの」


 しっかりバレていた。ちっ、と祈璃さんの真似で舌打ちする。


「ご飯食べれそうですか?」

「たぶん、少しなら」

「了解」


 俺は立ち上がると、エプロンを装着する。


「ちょっと待って。まさかとは思うけど、あなたが作るの?」

「まさかも何も当然じゃないですか。ここは俺の根城ですよ? シェフだって俺です」

「……殺す気?」


 そんな至って真面目なトーンで言わないでほしい。

 これでも自炊歴1ヶ月の熟練シェフである。


「祈璃さんだって知ってるでしょ。俺、絵を描くこと以外はわりと器用だから」


「それはそうだけど……」


 不安そうに見つめられる。


「……手伝う?」

「幼馴染をもう少し信じていただけると、俺はとてもとても嬉しいです」


 祈璃さんの俺に対する信頼値って、もしかしなくてもかなり低いのか……?


 俺はスマホ片手にキッチンに立った。

 スマホには寝る前に見つけておいたレシピのページを表示している。

 今の時代、ネットの海を少し泳げばお手軽で美味しいレシピを見つけることができるのだ。


「さて、やりますか」


 ベッドの方から祈璃さんの視線を感じつつも、俺は調理を始めた。



「出来ましたよ〜」


 しばらくして出来上がった料理を持っていく。


「お鍋?」

「あ、これですか? この前見かけて思わず買ったんですよねぇ。よくないですか?」


 一目惚れして買った一人前用の小さな土鍋。冬が来るまで使わないかと思ったが、まさかこんなところで出番が来るとは。買ってよかった。


 俺は土鍋の蓋を開いて見せると、ふわりと湯気が舞い上がった。


「りんご粥です」


 通常のお粥の中に、角切りのリンゴが入っている。


「……食べたことない」

「お、マジですか。けっこう美味いんですよ」


 風邪の時といえば、お粥と林檎。

 それらを合わせてしまったのがりんご粥だ。

 塩っけのあるお粥に爽やかな林檎の香りやシャキシャキ食感、優しい甘さが広がる一品だ。


 俺の家では風邪の時、母が作ってくれた。

 そのレシピは分からないが、それなりに近い味には仕上がったのではないかと思う。


「では、どうぞ」


 俺は椅子に座ってお盆の上の土鍋を膝に乗せると、お粥をスプーンで掬う。


 それを祈璃さんの口元へ差し出した。


「は?」


「あ、すみません。熱いですよね」


 ふーふーして熱々のお粥を適温まで下げる。


「改めて、どうぞ」

「は?」

「あーん」

「は?」


 祈璃さんの瞳は冷ややかに死んでいた。


「何が不満ですか」

「全て」


 なんてワガママな病人だ。


「自分で食べれる」


 スプーンを奪おうと手を伸ばしてくる。俺はそれをすんでのところで避けた。それから再び、口元にスプーンを押し付ける。


「つべこべ言わずに食べさせられてください。今日の俺は大学を休んでまで祈璃さんの看病に従事しているんです。この手で食べさせるのも俺の大事な仕事。てか、食べてくれないなら祈璃さんのご飯はナシですよ?」


「……むー。むー」


 口を開けたらスプーンを押し込まれると思ってか、祈璃さんはぐぬぬしながら首をふる。


「ダメです。食べてください」

「むぅ……」

「ほら、あーん」

「……………………」

「あーん」


 こうなったらもう持久戦の構え。

 しかし、俺は絶対に引かない。

 こういう時に折れるのは必ずと言っていいほど祈璃さんの方だ。


「あ……ん……っ」


 目を瞑ったまま小さく開かれた口の中にスプーンが吸い込まれる。

 そっぽを向いてゆっくりと咀嚼すること数秒、こくりと飲み込んだ。


「味はどう?」

「……熱が上がりそう」

「そりゃ大変だ。もっと食べましょう」

「ん……」


 一口目以降は抵抗することなく、可愛い口を差し出してくれた。

 祈璃さんは時間をかけて半分ほどを胃に納めた。


「ゼリーとプリンならどっち?」

「知ってるでしょ」

「プリンね」


 お馴染みのプッチンできるプリンを手渡す。


「……自分で食べていいの?」

「食べさせてほしいんですか?」

「っ、そんなわけないでしょ」


 祈璃さんはぷりぷりしながらも自分の手でプリンを食べた。

 まぁ、食べさせることに俺が満足したというだけの話である。

 

 午後からは特に何事もなく、時間が進んだ。祈璃さんは眠ったり起きたりを繰り返し、たまに雑談を挟んだりしながら休息を取った。


 夕飯は今度も風邪の時の定番、うどんを作ってみた。

 数時間経ってあーん欲が復活したので、今度はしっかり食べさせた。一本ずつレンゲで冷まして、ゆっくりと。今回は1玉分、完食してくれた。


 しかし夜になると祈璃さんの熱は再び上昇した。

 解熱剤を飲んで、冷却シートを貼り直して寝てもらう。


「手、握ってますね」

「…………うん」


 さすがに弱っているのか素直に頷く祈璃さんが可愛くて、俺はその手を離さないようしっかり握ったまま、ベッド傍で夜を明かした。

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