第16話 エロと友情

「なぁ、マジでうちに来るのか……?」


 授業後、俺は岡本に粘着されていた。


「エロコレクション見せてくれるって約束だろ? オレは忘れてないからな!」


 新歓の時の話をめざとく覚えていたらしい。俺から言ったことだし、あまり無碍にもできなかった。


 俺は渋々ながら案内して、部屋に入れることにした。


「おじゃまっしまーす」

「あんまデカい声出すなよ」

「わかってるわかってるって〜」


 べつに部屋に招くこと自体が嫌なわけではない。大学近くの部屋はたまり場になる運命とよく聞くし、宅飲みなんかもきっと楽しいだろう。


 しかし、俺の場合はちょっと訳が違う。

 何を隠そううちのお隣さんは大学の女王にして蔑み美人の夜桜さんなのだから。


「なんもねぇ部屋だな!」

「うっせ」


 ノンデリ発言を受け流しながら、俺はこっそりとお隣に耳を澄ませる。

 あまり人の気配は感じなかった。と言っても祈璃さんはいつも静かだ。もう帰って来ているのかもしれないし、もしかしたらいないのかもしれない。判断はつかなかった。

 

「で? で? コレクションはどこだよ、鷹宮さんよ〜」


「へいへい。ちょっと待てって」


 まぁ余程のことがない限り、岡本と祈璃さんが遭遇するような事態には陥らないだろう。

 祈璃さんが我が家を訪ねたことなんて、一度たりともない。なんならパーティでも来てくれなかったのだから……!


 楽観的に考えをシフトしながら、ルームチェアに腰を下ろしてノートPCを立ち上げる。


「おっ、鷹宮は電子派か〜」

「そっちは?」

「オレは場合による。やっぱお気に入りは現物も欲しいじゃん?」

「それはわかるけど、部屋に置いとく勇気がないんだよな」


 家族に見られたらそれ即ち死である。

 一人暮らしとなった今でも祈璃さんに見られるような事態は絶対に避けたいから、俺には電子が合っている。


「オレはもう気にしてない。母ちゃんにもバレてるし」

「おまえのメンタルは鋼なのか豆腐なのかわからん」

「へっへっへ」


 こういうシモの話は西野や有村さんがいるところで積極的にするものでもないから、けっこう楽しい。男友達ならではである。


「ほれ、これだ」

「うっひょー! 待ってました!」


 ルームチェアを岡本に開け渡す。するとすぐにマウスを握って、鼻息荒く食い入るように物色を始めた。


「ほうほう。ほうほうほーう!」


 俺のコレクション——もといセクシーな女優の動画やら薄い本やら何やらに目を輝かせている。


 しばらくは放っといてやろう。


 俺はベッドに逃げてスマホをいじることにした。


「——ふぅ」


 たっぷりと時間が経ってすっかり夕日も落ちたころ、岡本は満足気にため息をもらす。


「最高、だったぜ…………」


 そしてグッとサムズアップした。


 お気に召していただけたようで何よりである。これで先日の借りはチャラだ。


「……黒髪だな?」

「……………………」

「んで、年上」

「……………………」

「クール系ならなおよし?」

「……………………」

「パンツにこだわりあり」

「……………………」

「ケツも好きだろ」

「……………………」


 1kの部屋の中で、男と男が熱い視線を交わす。緊張の一瞬、額を汗が垂れる。俺はニッと笑みを浮かべた。


「ぜんぶ大好きだ。愛してる」

「……いい趣味してるぜ、親友」


 大きく頷き合い、固い握手を交わす。


「そんな親友におすすめのエロゲがあるんだが、どうだ?」


「エロゲ……だと……!?」


 それは俺が未だ到達していない、言わばエロの境地。18歳を超えて2年が経った今でもまだ、手を出す勇気が持てずにいた代物である。


「最高の黒髪ヒロインがいるんだ」

「ぜひ、貸してくれ。この通りだッ!」

「へっ、頭なんか下げないでくれよ親友。ぜんぶオレに任せとけ」

「ああ……! ありがてぇ、ありがてぇ……!」


 こうして俺たちはエロの輪を広げ、またひとつ絆を深めることに成功した。


「今日は祝いだ! ピザでもなんでも頼もうぜ!」

「ふぉ〜!! 食うぜ飲むぜ〜!!」


 贅沢に宅配ピザを注文して、炭酸を飲み漁る。


 そしてさらなるエロを語り合った。


 その度に、俺たちの距離は近づいていった。

 

 たとえ出会って1ヶ月に満たなくとも、エロがあれば人は繋がれる。エロはこの世界の共通言語なのである——

  

 そうして時間は過ぎていき、とうとうその時がやってきた。


 

 ——コンコン。



「ん? 何の音だ?」


 岡本がベランダの方を振り向く。

 そこには引っ越し後に新しく買ったカーテンがかけられていた。


 ——コンコン。


「お、また」


 窓の向こうで何が起こっているのか目視することはできない。


 しかし、俺は気づいてしまった。


 こんなことをする人は、いや、2階のこの部屋に対してこんなことができるのは、ひとりしかいない。


 祈璃さんだ。


 やっべぇ……。

 祈璃さんとの夜の憩いを完全に忘れていた。

 そもそも当初の予定では、岡本がこんな時間まで居座る予定でもなかったのだ。だから、見落としてしまった。


 いやでも、それにしたって……。


 ——コンコン。


 音が鳴り止まない。


 俺がベランダに出てあげないと、祈璃さんってこんなこと始めちゃうのか!?


 もしかして寂しいの!?

 萌えポイント高いんだが!?


「おいおいなんだよ。なんかこええよ」


 などと心内で悶えている一方で、岡本の不信感は募っていく。


「だ、だだ、大丈夫だ。心配ないって」

「いや普通じゃねぇって。オレが見てやるよ」


 立ち上がってベランダの方へ向かおうとする。その肩を全力で掴んだ。


「大丈夫だって。虫でもいるんだろ?」

「それにしちゃ頻発しすぎだろ。誰かの嫌がらせとかかもしれねぇし、ちゃんと確認した方がいい。オレに任せろ。ガツっと言って説教してやる」


 こんな時に限って、出会って史上最もまともで男らしく、友達思いなことを言いやがる。


「な、なら俺が見に行くよ。岡本は客人なんだから、そこでゆっくりしててくれ」

「う、うーんそうかぁ? なんかあったらすぐ言えよ?」

「ああ——」


 なんとか岡本を納得させてベランダへ向かう。


 ——コンコン。


 まだ音は鳴り止まない。

 祈璃さんの諦めが悪すぎる。


 そして——


「ねぇ、ちょっと。いるんでしょ? わかってるんだから。ねぇったら」


「美女の声がするー!?」


「あっ、おい岡本!?」


 その瞬間、岡本が光のごとき速さでベランダに飛び出した。慌ててそれを追いかけて窓から顔を出す。仕切りを挟んだお隣には予想通り、細い竹竿をこちらに伸ばす祈璃さんがいた。


「へ……? よ、よじゃくら、しゃん? なんじぇ……?」


 案の定、岡本がフリーズする。


 俺は何かを言わなければと祈璃さんの方を見るが……


「……パンティブラザーズ………………」


 じと〜っとした軽蔑の瞳でそう言って、部屋に引っ込んでしまった。


「祈璃さん!? 待って!?」


 すぐさま岡本を追っ払って、祈璃さんの部屋に駆け込み誤解を解くための言葉を弄する。



「……パンツ好きは引かれ合うのね」



 しかし残念ながら、誤解はひとつもなかった。すべて、真実である。



「ヘンタイ」



 祈璃さんの中の俺の変態パラメータが、また上がってしまったような気がした。

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