第13話 蔑み美人の夜桜さん

「だから、ただの幼馴染だって」


 講義室に入るとすぐ、岡本にドアップで祈璃いのりさんとの関係を問われた。

 ついでに西野も囃し立てるように茶化してきて、もはやお祭り状態だ。


 すでに噂は出回っているらしく遠目に見てくる視線は相変わらずで、馴染み始めた友人に至っては遠慮のカケラもない。


 それだけ祈璃さんに対する学生たちの注目度が高いということなのだろう。


 蔑み美人の夜桜さん。

 実際そう言う視線がたまらないときもあるし、悪くないネーミングだ。


 それだけじゃないことを、俺は知っているけれど。


「だが鷹宮おまえ、これを見ても同じことが言えるのか!?」


「は? なんだよこれ?」


 岡本のスマホに表示されていたのは、俺と祈璃さんが並んで歩いている写真だった。

 すでにこんなものまで出回っているのか。


 しかし——


「だから、なんだ?」


 岡本が声を大にする理由がよくわからなかった。



「いやいや、何言ってんだよ鷹宮……」


「……?」


「美女の隣を歩くなんて、そんなんもうセッ○スだろ……ッ!?」


 

 素晴らしく平穏に、授業が始まった。



 初回ということもあり、授業の内容はほとんどがガイダンスだった。

 まだ本格的なお勉強気分にならなくていいと思えば聞こえはいいが、90分ダラダラと説明されたのでなかなかの苦行だった。

 祈璃さんにああ言った手前、居眠りや雑談も許されない。今週はどの授業もこうなのかと思うと、ちょっぴり絶望的である。


 そんなこんなでランチタイム——先週から使い慣れた第3食堂へ向かった。


 思い思いのメニューを購入して、3人で席に座る。


 俺は日替わりの鶏の照り焼き。以前に西野が美味しそうに食べていたのを思い出して、思わず注文してしまった。

 ぷりぷりの鶏に甘辛い味付けが絶妙だ。第1食堂には及ばないが、この大学はどこもクオリティが高い。


「ん……?」


 岡本たちと雑談しながら食べていると、食堂全体がにわかにざわつき始めた。


「あっ、あそこ!」


 西野が指差した方を見ると、祈璃さんが食券を買って列に並んでいた。


「ああ、祈璃さんか」


 朝と変わらず、そこに存在するだけで周囲の注目を集めている。


「い・の・り・さ・ん、だとぉ〜!? なーんて馴れ馴れしいんだおまえは!!」


「だから幼馴染なんだって」


「ぐ、ご、ご……幼馴染なんてそんなんファンタジーなんだよ……現実には存在しねぇんだよぉ……そうだろぉ……!?」


「んなことないって。西野もいるだろ? 幼馴染」


「え? ああ、うん。まぁ、いたかな」


 西野は心ここにあらずな感じで頷いた。


「しょ、しょんな、西野しゃんまで幼馴染と子作りを……!?」


「妄想逞しすぎる」


「ぐへっ!?」


 とりあえず頭を叩いて正気に戻した。

 

 そうこうしているうちに祈璃さんは食事をゲットして、おあつらえ向きに空いていた席に座った。あそこが祈璃さん専用席らしい。


「はぁ〜、ホントに美人だね〜夜桜先輩。いや、祈璃先輩! ずっと見てられるよ〜」


 西野は恋する乙女みたいにうっとりと祈璃さんを鑑賞する。


「あぁくそ、くそくそぉ。なんであんな美女が鷹宮なんかとぉ……〜〜っ」


 その傍で、小物のお手本みたいに悔しがっている岡本。そんな有り様を見ていると、なんだか優越感が湧いてくる。


「祈璃さんはああ見えて、頼めばなんでもしてくれるんだ」


 そのせいか、俺は得意げに失言してしまった。

 

「へ……? な、なんでも……だと!?」


「お、おう……?」


 とたんに輝いた瞳に面食らう。


「そ、それは、とどのつまり……」


 そして、岡本は身を打ち震わせて叫んだ。


「お、おぱんつも見せてもらえるってことか!?」


「……………………」


 パンツ……。


 岡本と仲良くなれてしまった理由を理解すると同時に、なんだか無性に自分が情けなくなった。


「いや、おまえの言うことは聞いてくれないからな。絶対」


 なんなら俺が見せてもらえたことも奇跡だから。


「うひょーーーーーーーー!!!!」


 しかしもはや聞く耳を持たない童貞モンスター。


 ウネウネと身体をくねらせ、興奮のままにステップを踏み始めた。


 俺はこんなにキモくなかった。だからコイツとは違う。俺はまだ大丈夫、と自分を慰める。


「オレ、行ってくる!!」


「え。いや、おいマジか? やめておいた方が……」


 純粋に友の身を案じているのだが、やっぱり岡本はもう自分の世界に入りこんでいた。

 俺の言葉は知らぬ存ぜぬ。

 るんるんスキップで食事中の祈璃さんの元へ突撃する。


「…………?」


 目前まで辿り着くと祈璃さんが気づいて、岡本の方へ視線を送る。


「……………………っ」


 おそらく祈璃さん的には普通にそちらを見ただけなのだろうが、傍からするとヤクザの眼光にしか見えなかった。


 食堂全域が凍りつくが、無我夢中の岡本は気づかない。そのまま勢いよく、直角に頭を下げた。


「お願いします! おぱんつ見せてください!」

「は……?」


「ひぃっ……!? え、いや、あ、あの、お、おぱんちゅ……」

「……………………」


「おぱん……ちゅ……」

「……………………」


 この時、きっと食堂にいた誰もがあくまでイメージだが、感じとった。


 祈璃さんの瞳は、言外にこう語っている。



 ——殺すぞ、と。



「しくしく、しくしく。しくしく、オレもぉダメかも、女性恐怖症なるかも……」


 脱兎のごとく逃げてきた岡本は萎れた花のようにへなへなと崩れ落ちた。


「あーよしよし。今回ばかりは全面的に岡本くんがキモくてキモいけど、わたしはずっと友だちだよ?」


「に、西野しゃん……!!」


 岡本のメンタルケアは例によって西野に任せるとして。

 

 え、あれ?

 祈璃さんってあんなに怖かったっけ……?

 

 これなら女王なんて呼ばれるのも納得だ。もはや悪の女幹部でもいい。世界征服を企んでいると言われても驚かない。


 冗談の香りなんてカケラもなかった。

 それは俺に対する塩対応がとたんに生易しく感じてしまうくらい、本気の蔑みだった。


「なんかごめん、岡本……」

「鷹宮おまえマジで許さんかんな! 責任取ってもらうかんな!」


 結果は半ば予想できていたが、まさかここまでとは思わなかった。


「……西野も行くか?」

「あはは。わたしは今のところ、遠くから見れれば十分かな〜」


 もしかしたら去年もこういう事件があったのかもしれない。バカな男子が祈璃さんに迫って、あの瞳に恐怖し涙した。


 だからこそ西野のように、大半の生徒は彼女に近づこうとしないのではないだろうか。


「じゃ、俺が行ってくる」


 俺は確かめるべく、祈璃さんの元へ出向く。


「こんにちは、祈璃さん」

「……? 今度はあなたなの? ……こんにちは」


 怠そうな態度ではあるものの、先ほどのような殺意はなりを潜めていた。

 鋭い瞳も、俺にとってはいつも通り。目つきめっちゃ悪くて、機嫌損ねたら怖いなって感じ。


 挨拶もちゃんと、返ってきた。


 岡本のときと比べることで、これがかなり柔らかい対応であることがわかる。


「隣いいですか?」

「どうぞ」


 丁寧に椅子を引いてくれた。


「祈璃さんもお昼はこの食堂なんですね」

「気分よ。他のところも行くし、お弁当の時もある」

「お弁当って手作り?」

「大変だから、たまにね」

「そっか」


 朝のランニングもあるし、毎日は難しいのだろう。



 いつか食べてみたい。

 この前のパーティの料理もとても美味しかったし。


「……作ってあげないわよ」

「ええー。食べたいー。祈璃さんの料理〜」

「イヤ」

「お願いします。この通りっ」

「イーヤ。面倒くさい」

「むぅ……」


 じーっともの欲しげに見つめてみるが、にべもなく断られてしまう。


 結局のところ、頼みごとを聞いてくれるかって言うのは祈璃さんの気分次第——


「……いつか。そのうち。忘れなかったらね」


 いや、やっぱり、蔑み美人の夜桜さんは俺の要望ならわりと応えてくれるらしい。

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