第27話 デート
ゴールデンウィークが終わって——
祈璃:週末、デートだから
「はぁ?」
お隣さんから言葉足らずなメッセージがきた。
蒼斗:だれと?
祈璃:あなた以外誰がいるのよ
蒼斗:やっぱり?
祈璃:イヤなの?
蒼斗:明日世界が滅ぶとしても行きます
これは夢か? それともドッキリ?
強めに頬をつねってみるが、夢は醒めない。
ボッチの蔑み女王にドッキリを仕掛ける理由などあるはずもない。
冷徹なる幼馴染に一体どんな心境の変化があったのかは皆目見当がつかないが、初めてのデート開催が決定した。
迎えた週末。
天気は晴れ。
予定よりも早く起きてしまった俺は、いつもより丁寧に出かける準備をする。
そして祈璃さんから指定された時間——午前中に部屋を出た俺は思わず目を疑った。
「それじゃ、乗って」
アパートの小さな駐車場に、見知らぬレンタカーが駐車していた。
その傍に立っていた祈璃さんは無表情のまま、車を指差して促す。
「まず説明しましょうよ」
緊張とかぜんぶ吹っ飛んだ。
「ちっ」
「そんなてめぇ察しろやアホボケカス、みたいな顔しなくても」
「そんなこと思ってないわ」
「じゃあどう思ったんです?」
「説明って面倒くさい……」
「シンプルにコミュニケーションできない人ですね」
知ってたけど。
祈璃さんはいつもの如くため息を吐いて仕切り直すと、ちゃんと説明してくれる。
「これに乗って、デート行くから」
「おお。祈璃さん、免許持ってたんですね」
俺は受験勉強に余裕がなかったから免許を取ることができなかった。
今日は祈璃さんが運転する車に乗れるわけか。男としてはちょっと情けないような、年上美人の運転ならむしろアリのような。なんにしても俄然楽しみになってきた。ニヤけてしまう。
「……文句ある?」
だからなぜそうも攻撃的なのか。俺のニヤけ顔が嫌いなんだろうか。
「最高です、祈璃さん」
「なら、いいけど」
グッとサムズアップして見せたら、祈璃さんは満更でもなさそうなプイッを披露してくれた。
さっそく乗り込もうと助手席の方へ回り込む。
「ちなみに1泊2日だから、着替えくらいは持った方がいいわよ」
「そういうのは事前に教えて貰えませんかねぇ!?」
何のためのメッセージだったのやら。
「もしかして替えの下着ひとつもないの? ……洗ってない?」
「ありますよ!? 一人暮らし2ヶ月目でそこまで落ちぶれませんよ!?」
「なら、取ってきて」
「……はーい」
問答していても仕方ない。
俺はアパートの階段を駆け上がって部屋に戻り、着替えをバッグに詰め込んで帰ってくる。見事な二度手間ってやつだ。
しかし、今日の俺はツッコミの日か? いや、祈璃さんの様子がいつもとちょっと違う?
そんなことを思いながらもようやく車に乗り込んだ。
「おー……!」
隣に祈璃さんが座り、エンジンをかける。その光景だけでもワクワクが止まらない。
「ちゃんとシートベルトつけて」
「はいはい」
「死ぬかもしれないから」
「はいはい——はい?」
「……死ぬかも、しれないから…………」
うわ言のように繰り返す祈璃さん。ハンドルを握った両手は震えていた。額には汗が垂れ、顔は青ざめて、瞳はヤバめなお薬にも負けないガンギマリで虚空を恨めしく睨みつけている。
「あ、あの、祈璃さん? つかぬことをお伺いしますが、もしかして運転慣れてない?」
「免許はあるわ」
免許証を見せてくれる。そこはべつに疑っていない。
「えと、免許取ってからこれまでに運転した経験は?」
「…………でしょ」
「へ?」
「あるわけ、ないでしょ……」
「マジですか」
いやまぁ、都内の大学生なんてそんなものだろう。電車やバス、徒歩の移動がほとんどだ。免許をとってない人だって多いはず。
サークル活動や友達と旅行したりなんかで運転する機会はなくもないんだろうが、うちのお隣さんにそれがあるはずもない。
よって、完全なるペーパードライバーが完成するというわけだ。
環境が生んだモンスターである。
「だ、大丈夫よ。ここまでは来れたし」
そうは言っても、運転ができるメンタルには見えない。
もしかして、俺を乗せているからだろうか。自分1人の時と他人を乗せている時では気の持ちようも異なりそうだ。祈璃さんの性格を考えると、なおさら。
「しゅ、出発するわよ」
明らかに気が逸ったまま、祈璃さんはシフトレバーを操作しようとする。
「待った待った。待って、祈璃さん」
俺はレバーの上から手を重ねた。
「な、なによ」
「ちょっと落ち着こう。時間がないわけじゃないでしょ?」
「え、ええ。時間は、かなり余裕を持っているけど……」
「そうだと思った。じゃ、深呼吸しよ」
「深呼吸?」
「ほら。吸って〜、吐いて〜」
祈璃さんは俺の声に従って深呼吸する。少しは安心してもらえただろうか。
「ねぇ、祈璃さん」
俺はその手に手のひらを重ねたまま、話をする。
「俺、ドライブデートって夢だったんですよ」
「……そうなの?」
「なんかいいじゃないですか。大人って感じで。憧れます」
子どもの頃からドラマや映画でよく見た光景。車に酒に、恋なんかも。
そんな昔は手の届かなかった憧れを叶えることができるのが、大学生である。
「だから、祈璃さんと一緒にそれができるなんて、すごく嬉しいです」
「…………ふん。わ、私も……」
「え?」
小さな声はエンジン音にかき消されて、聞き取ることができなかった。
「……なんでもない。今度こそ、行くわよ」
そう言って、祈璃さんはもう片方の手で俺の手を解いていく。
「もう、大丈夫だから。あなたはゆっくり、ドライブを楽しんで」
「うん、でもそこは祈璃さんにも楽しんでほしい」
「それは……わからないわ」
「ガチのやつじゃん……」
多少は落ち着いたようだが、やはり不安そうな雰囲気。少なくとも運転中はそっちに集中させてあげた方が良さそうだ。いつものように軽口を言うのはやめておこう。命に関わる。
そうしてシフトレバーはドライブに切り替わり、ゆっくりと走り出した車は華麗に方向転換する。
「おっ」
全然上手いじゃないですか、と言ってあげたくなったが本人にはまったく余裕がなさそうだったので口をつぐんだ。
アパートの敷地内から、道路へと向かう。
俺も一緒になって左右を確認しながら少しずつ前進するが……
「祈璃さんストップ」
「わ、わかってる」
ちょうどお馴染みのあのお婆ちゃんが通りかかった。ヨロヨロと覚束ない足取りで目の前を歩いていく。こっちに気づいたようだが、我関せず、マイペースだ。
「……ちっ。さっさと退きなさいよ!!」
「いや老人は労わろう……!?」
なんとも気性が荒い幼馴染と2人きり。
一瞬たりとも気の抜けないドライブデートが始まった。
2時間ほどが経過して、今は高速道路を走行している。
車内には昔一緒に見ていた夕方アニメのオープニングなどが流れていた。
そのおかげもあってか、祈璃さんもようやくリラックスしてきたようだ。
そろそろ雑談してもいい頃合いだろう。
「今更なんですけど、どこに向かってるんですか?」
「あなたが知る必要はないわ」
それはどうせもうすぐ死ぬんだから、みたいなことですかね……?
やめてガチで怖い。
と言っても、祈璃さんの運転は非常に安定していた。ただ極度に緊張してしまっているだけだ。高速にしては速度が少し遅めだが流れを乱すほどではなく、安全に着実に、ドライブは成立している。
「…………温泉よ」
ちょっと不満そうながらも小声で本当の目的地を教えてくれる。
「へぇ、温泉ですか。いいですね」
「シーズンとは言えないけれどね」
「ああ、温泉といえばやっぱり秋? 冬の雪景色なんかもありですよね」
まぁ、どんな季節だって俺たちを幸せにしてくれるのが日本人の心、温泉であるわけです。
「……昔ね、両親と一緒に行った場所なの」
「そこへ今度はデートで、と」
「べ、べつに深い意味とかないから。たまたま予約が取れただけ」
「ゴールデンウィーク明けってもしかして、どこも予約し放題?」
「そうかもね」
少しだけ笑ってくれる。
「ゴールデンウィーク明け最高じゃん……!」
ゴールデンウィーク後半はどこにも行けなかった。
祈璃さんの体調が気になって、自宅待機してしまった。それはきっと悟られているのだろうが、後悔はしていない。
元気な祈璃さんがこうしてご褒美をくれるなら、俺は大喜びで飛びつくだけだった。
「そろそろお昼にしましょうか」
「サービスエリア?」
「ええ」
「ああいうところのご飯ってちょっとテンション上がりますよね」
何を食べようか。うどん、蕎麦、カレー、カツ丼。屋台があったらそれもあり。何でも絶対美味い。雰囲気で美味い。
「……知らないわ」
「ありゃ」
思ったより塩対応のお返事。
旅行経験の少ない幼馴染には少し地雷だったかも。
しかし、サービスエリアの食堂にたどり着くと、
「やっぱりラーメンって美味しい」
すっかりハマってしまったラーメンを下手くそに啜っていた。
「ご機嫌斜めってわけじゃ、ないんだよなぁ」
むしろ今日はわずかにハイテンションだと俺の幼馴染センサーが言っている。
トイレでひとり呟きながら、祈璃さんの元へ戻った。
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