第11話 パンツ
——およそ1時間後。
ようやくビール2缶を飲み終わる。
料理のおかげもあり、苦味ともうまく付き合うことができた。
祈璃さんが口をつけた缶は少し甘いように感じて不思議だった。普段は気にしない方なのに。これが酔いの魔力というやつだろうか。
でも、酩酊感としてはまだ余裕がありそうだった。
お隣さんはというと、レモン酎ハイを飲み終えて、次のグレープフルーツ酎ハイを黙々と開けている。
「祈璃さん、酔い具合はどんなです?」
「…………………………」
返事がない——と思った直後、祈璃さんは勢いよく酎ハイを喉に流していく。
「ちょ、祈璃さん!?」
世間をよく騒がせる一気飲みというやつだ。いや、俺はコールとかしてないですけど!?
垂直に傾けてゴクゴクと飲んだ缶を、テーブルへ乱暴に置く。からんと倒れる音で、それが空になっていることがわかった。
「ねぇ」
祈璃さんがこちらを向く。頬が火照っていて、色っぽい。それから俺の股下へ右手を落とし、身体を一気に寄せてくる。
鼻先に迫ったシミひとつない綺麗な顔。ぷるぷるで桜色の唇から熱の籠った息が漏れて、肌をくすぐる。クラクラするようなアルコールの香りがした。
「ねぇ、蒼斗」
久しぶりに呼ばれた、名前。
心臓の奥の奥がざわついた。
「彼女、いるの?」
「は……? な、なんですか、いきなり……」
「いいから答えて。彼女、いるの……?」
おふざけの気配はなかった。切実な声音。不安そうで、それでいて答えを間違えれば壊れてしまいそうな、脆い水晶の瞳が上目遣いに訴える。
「いません」
「ウソ。いるでしょ、恋人。大切な人」
「……いませんよ」
「……………………」
決して嘘はない。
だけど、その瞳は憂いを帯びたまま凍えるように震えている。
「……彼女がいたことは、あります。でも別れました」
「……どうして?」
「愛想尽かされちゃったみたいで。情けないです」
それは高校時代の苦い記憶。
『別れましょう』
『だって先輩————ですよね』
黒歴史ってやつかもしれない。
「……そ」
そっけなく言って離れると、新たな酎ハイを手に取り、開けた。
一口舐めて、ゆっくりと喉へ通す。
「……まだ、見たい?」
「え?」
「だから、パンツ」
こちらの様子を伺うような、しっとりとした流し目。
「どうなの?」
俺の理性に隙を与えんとばかりに連撃が襲い来る。あのビールの甘さに後押しされて、俺は口を開いた。
「……見たいです」
「ヘンタイ」
「男なら誰でもそんなもんです」
「誰でも? 女の子なら誰でもいいの?」
「それは違います」
キッパリと、俺は言い切る。
「じゃあ、見せてあげる」
「え。ほ、ほんとに?」
「言ったでしょ。なんでもする。今なら、ほんとに」
祈璃さんはソファーから降りると、以前のように膝立ちになってロングスカートの裾を両手で握る。
「こうがいいのよね……?」
それは、アルコールによる泥酔状態が影響しているのだろうか。
蔑むような、睨みつけるような、氷の瞳じゃない——まるでこちらを誘惑するかのように愉しげな笑みを浮かべていた。
そして、あの時明かされなかったスカートの内側の桃源郷が今、明かされる。
(黒……!!)
セクシーな黒のレース、中央のリボンが可愛らしさまで演出する大胆なパンツが顕現した。
白い肌に深く煌めいて、極上のコントラストを生んでいる。
「どう……?」
「……めちゃ、エロいです」
思わず、ごくりと唾を呑んだ。
ビールのアルコールなんて比較にならない、強い昂りが脳を侵して、身体がカッと熱くなってくる。
「次はどうすればいい?」
「……次が、あるんですか?」
「どうしたい?」
やはりどこか蠱惑的に黒髪を揺らしながら笑みを浮かべるその瞳は、俺を禁断の果実へと導いてゆく。
今の彼女は天使か? それとも、悪魔だろうか。2つの彼女が同居していた。
とにかく俺はもう、欲望に従うことしか出来ない。
「スカート捲ったまま、後ろ向いて。それで両手を前について、四つん這いに」
「これで、いいのかしら」
文句ひとつ言わないで、俺の要望通りに動いてくれる。
スカートが捲れたままパンツ丸出しのお尻がこっちに向けられて、ぐいっと突き出された。
想像よりもずっと大きなお尻だ。長い時間を病院のベッドで過ごしたとは思えない。ぷるっと揺れるほどに弾力があって、形のいい理想的な桃尻である。
「さ、さすがに恥ずかしいわ、これ……」
心細そうにこちらを見つめるその顔がだんだんと羞恥に染まり始めた。薄紅に染まる頬がなんとも可愛らしい。居た堪れなさからか、おそらく無意識にふりふりとお尻が揺れる。それが更なる情欲を煽ってくるかのようだった。
(やば、エロすぎ……)
ぷつっ、と脳の奥の方で煮え滾るような熱量が限界を迎える。
「え……」
ポタリと俺の鼻から赤黒い何かが床に落ちた。
「……っ!?」
反射的に鼻を押さえる。手のひらにドロリとした血のりが付いていた。
「あれ……?」
「え、ちょ、ちょっと? どうしたの……!?」
耳が遠い。
祈璃さんの声がくぐもって聞こえる。
「あ、蒼斗……!?」
視界が暗くなってきた。頭が朦朧としてきて、俺はそのまま意識を失った。
「ん……」
後頭部に柔らかな感触がする。まるで最高級のマクラで寝ているかのような心地よさ。
「……起きた?」
目を開けると、祈璃さんの顔があった。
これ、膝枕だ。祈璃さんが膝枕をしてくれている。この後頭部の感覚は太ももだろう。
「どれくらい寝てました?」
「数分」
「そうですか」
脳裏にはお尻とパンツが焼きついている。やばい、また頭が熱くなってきた。
「思い出しちゃダメ」
「バレました?」
「また鼻血出されたら困るわ」
鼻にはバッチリとティッシュが詰められていた。
「ああ、あれはエロかったなぁ」
「だから思い出すな、バカ」
「……はーい」
これ以上興奮するのは本当にマズそうだ。一旦、魅惑の記憶をタンスにしまい込む。
きっとこれから先、辛いことがあるたびにあの光景を思い出すだろう。
「もう大丈夫そう?」
「……うん。ごめん、心配かけて」
「本当よ。びっくりした。興奮しすぎ。えっち。ヘンタイ」
目尻に若干ながら涙が浮かんでいるように見えるのは気のせいだろうか。気のせいじゃないだろう。
俺の知っている幼馴染は、誰よりも優しい人だから。
「膝枕、ありがとう」
「もう少し落ち着くまで、このままでいなさい」
「はーい」
大人しく目を瞑る。
すると髪をすくようにして、優しく頭を撫でてくれる。
温かくて、すごく気持ちがいい。ずっとこうしていられたらいいのにと思ってしまうほどに安らかな時間だった。
「……あれ、祈璃さん?」
ふと、祈璃さんの手が止まっていることに気づいて、俺は視界を開く。すると、首をコテリコテリとさせながら船を漕ぐ姿が見えた。
「だいぶ酔ってたもんな」
そうじゃなきゃ、こんなボーナスステージがあるはずない。
俺は起き上がり、祈璃さんの身体をお姫様抱っこで抱き上げる。ズシリと重い、健康な証拠だ。
ベッドに寝かせて、布団を掛けてあげる。着替えさせてあげられたらもっと良いのだけど、これ以上はセクハラになるので自重した。
「今日はありがとうございました」
お返しに綺麗な黒髪を掻き分けて頭を撫でた後、起こさないようになるだけ静かに後片付けをした。ゴミをまとめて、食器を洗い、血で汚してしまったカーペットを拭く。
「それじゃ、おやすみなさい」
部屋の電気を消す。
それからキースタンドの鍵を拝借して部屋から出ると、鍵をかけて郵便受けに返した。
最後に、スマホでメッセージを残す。
「あぁ、楽しかった」
アクシデントはあったけれど、良い夜だった。俺は思い出を振り返りながら心地よい気分で眠りについた。
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