第41話:幼馴染だから
強い口調で至極当然の質問が飛ぶ。悪いのは私なのにどうして陣平君が責められる形になっているのだろうか。でも私が弁明をしたところで状況は好転するどころか火に油を注ぐだけ。歯噛みするしかない。
そんな私に陣平君はニコリと優しい笑みを向ける。言葉がなくても彼がなんて言っているのか伝わってくる。
「環奈が本当に言いたかったこと……それは〝ビジネスのことは忘れて、クラスのみんなと協力して取り組める催し物だから楽しみです〟ってことだ」
陣平君の言葉に一同ポカンとする。浅桜さんと笹月さんだけが口元に手を当てて笑いを堪えているところをみるに二人もこの一連の流れに関わっているのは確定だ。
だが改めて、こうして自分が考えていたことを口にされると恥ずかしいものがある。実際の発言と比べると原形がまるでない。それを悟ってくれる陣平君はある種の超能力者と言える。さすが私の自慢の幼馴染です。
「エスパーじゃあるまいし、どうして五木君にそんなことがわかるの?」
女子生徒から至極当然の質問が飛ぶ。内心でほくそ笑んでいたが、第三者にしてみれば陣平君の妄想と思うのも無理もない。ここからは私の番だ。そう思ってなけなしの勇気を振り絞って口を開こうとした時、
「俺が環奈の幼馴染だからだ。それ以上の理由がいるかな?」
文句は言わせない。そう言外に滲ませるかのような陣平君の鋭い眼差しに女子生徒はたじろぎ、同時に教室がしんと静まり返る。
「陣平君……」
視界がぼやけて幼馴染の顔が見えない。ずっと堪えてきたものが音を立てて崩れ落ち、涙がとめどなく溢れてくる。拭っても拭っても止まってくれない。
「それに環奈がこのバザーを楽しみにしているって言ったのを直接聞いている。しかも俺だけじゃない。そうだよな?」
「うん。私も花園さんがそう言っているのを聞いたよ」
「同じく。とてもいい笑顔で言っていた。遊びで適当にやろうとしている人とは思えない」
浅桜さんと笹月さんが手を挙げながら陣平君の言葉が嘘ではないと補強する。何気なくした話を二人が覚えていてくれたことに胸が熱くなる。
『五木だけじゃなくて浅桜さんと笹月さんも言うなら本当なんじゃ……?』
『二人が嘘を吐く理由も花園さんを庇う理由もないよね』
『そもそもあいつらはどういう関係なんだ?』
天才スプリンターと天才女優の二人による突然の援護射撃に教室が三度ざわつく。傍から見れば私達に接点はないから驚くのは無理もない。
そして幼馴染と初めてできた友人達がここまでしてくれたのに私は泣いているばかりでいいはずがないし、いつまでも背中に隠れていてばかりじゃいられない。袖で乱暴に涙を拭いて、覚悟を決めて口を開く。
「ごめんなさい! 私が言葉足らずなばっかりにみなさんに不快な思いをさせてしまいました。でも陣平君や浅桜さん、笹月さんが言ったように、私はみなさんと協力してバザーに取り組むのを楽しみにしていたんです! だから───」
言葉を切り、一度大きく深呼吸をする。
〝環奈ちゃんが何を考えているかみんなもわかればいいのにね〟
幼い頃、陣平君に言われた子供故の純粋で優しい言葉。これにどれだけ救われたことか。でも実はこの台詞には続きがある。それは今の私を形作る大事な宝物。
〝でももしみんながわからなかったとしたら、僕が環奈ちゃんの代わりに環奈ちゃんの思っていることを伝えてあげるよ!〟
きっと陣平君はこの時のことは覚えていないだろう。それでもあの頃と変わらず、自分が伝えられなかった言葉を代弁してくれた。
でももう大丈夫。私は自分の口で、声で、思いをみんなに伝えるから。
「───みんなで一緒に……アクセサリーを作りませんか?」
お願いします、と私は深く頭を下げる。
勇気は振り絞った。またしても静まり返る教室。
みんなが逡巡している空気の中。沈黙を切り裂くように和田君が椅子を倒すほどの勢いで立ち上がってこう言った。
「花園さんにそこまで言われたらやるしかねぇよなぁ!? というかまさか……やらねぇとか言う奴はいねぇよなぁ!?」
どこぞのヤンキーの総長が言いそうなセリフでクラスメイト達を煽る和田君。嬉しいけれどもう少し優しい口調で言ってほしかったと思わなくもないけれど、これがきっかけとなり教室の空気が一つに纏まる。
『よし、やろうぜ!』
『鹿の角のアクセサリーなんてオシャレだよね。五木君センスあるぅ』
『というかいくら何でも言葉足らず過ぎるよ、花園さん』
重たかった空気が霧散して活気が戻ってくる。もうダメかと、今まで通りのバザーになるのかと思っていたみんなの気持ちが見事に叩き直された。その中心にいるのは間違いなく陣平君である。ホント、すごい人です。
「よっしゃぁ! 話がまとまってところで早速作業に取り掛かろうぜ! 五木、材料はそこにあるだけで全部か? 作り方は教えてくれるんだよな?」
「もちろん。あと材料はまだまだあるから取ってくる。委員長、悪いんだけどみんなにこれ配っておいてくれるかな?」
「う、うん……」
陣平君は段ボールの中からクリアファイルを取り出して委員長に渡した。それなりに分厚くなっているところから察するに説明書は人数分ありそうだ。素材の加工と並行して準備したとなると一体どれほど頑張ったのか想像もできない。
「これを見ながら作業を進めてくれたら大丈夫だから。それじゃあとはよろしく!」
最後にそう言い残して、陣平君は颯爽と教室から出て行った。残された私達は委員長の指揮のもと、早速アクセサリー作りに取り掛かるのだった。
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