第40話:おまたせ
私、花園環奈は本来そこにいるはずなのに誰も座っていない幼馴染の席に視線を送っていた。
ほんの些細な発言で記事が一部の界隈で炎上してしまってから数日。クラスメイト達の視線を始め、学園の中で私に向けられる視線は自業自得とはいえあまり気分のいいものではない。
「陣平君……どこで何をしているんですか?」
誰にも聞かれないように私は小声で私は呟く。落ち込んでいる私に陣平君が電話をくれただけでも嬉しかったのに、〝俺が何とかするから任せろ〟とも言ってくれて涙が溢れそうになった。
だがそのやり取りを最後に陣平君からの連絡は途絶えた。メッセージを送っても既読すらつかないし、家に行っても灯りがついていないどころか人のいる気配すらない。事情を知っていそうな浅桜さんや笹月さんに尋ねてみても、
『五木を信じていれば大丈夫』
と言うだけでそれ以上のことは何も教えてくれなかった。
しかも同盟を結んでからというもの、毎日のように入り浸だっていた二人も陣平君の家に現れなくなった。おかげで家主すらいない家に一人で過ごす羽目になった。
「一体何を企んでいるんですか、陣平君?」
だが結局。陣平君は始業の時間になっても登校してくることはなかった。朝礼の後に簾田先生に尋ねてみたけど〝五木なら今日には帰ってくると思うよ〟と笑って誤魔化されてしまった。担任なのにあまりにいい加減ではないだろうか。
わかったこととすれば陣平君がどこかに遠出しているということくらい。まさか学校をさぼって小旅行に行っているわけでもあるまいし、謎は深まるばかりである。
そんな私の不安と心配など知らないとばかりに、陣平君は昼休みになっても現れることなく、あっという間に放課後になってしまった。
いつもならこれで解散になるのだが、簾田先生が委員長に声をかけて急遽今週末に開催が迫ったバザーについての会議が行われることとなった。
『今更話し合うことなんて何もなくない?』
『満場一致で不用品の持ち寄りって決まったよな。というかもうそれ以外選択しないだろう』
『まぁ誰かさんがクラスの輪を乱してくれたおかげだけどね』
ざわつきとともに不平と不満、さらに嫌味の言葉が教室から沸き出る。目を閉じて耳を塞ぎたくなるが、浅桜さんと笹月さんがこちらを見ていることに気が付く。そして二人は同時に口パクでこう言った。
『お・ま・た・せ』
どういう意味ですか、と思わず声に出して尋ねようとした時。教室の扉がガラガラっと勢いよく開いた。
「ごめん、委員長! 遅くなった!」
そう言いながら教室に入って来たのは他でもない、陣平君だった。その言葉通りよほど急いでいたのだろう、珍しく肩で息をしている。だがそんなことより気になったのは彼が両手で抱えている段ボールである。教壇に置くとドスンと大きな音が鳴った。
一体あの中に何が入っているのだろうか。全員が同時に抱いたその疑問に答えるように陣平君は段ボールを開くと、中から指の程のサイズの白い角のネックレスを取り出した。
「五木君、それはなんですか?」
クラスを代表して一番近くにいた委員長が尋ねる。
「鹿の角で作ったペンダントだ。これを作ってバザーで売るのはどうかな?」
「「「───え????」?」」
恐らくこのクラスになって初めて息が揃った瞬間だと思う。ただごく一部───浅桜さん、笹月さん、それと簾田先生───を除いてですが。そんな頭の上にクエスチョンマークを大量生成している私達に陣平君が説明を始める。
「俺の実家は超がつく田舎で近くに山があってさ。そこには野生のシカが生息していて、毎年春になると角を落とすんだよ」
子供の頃、何度か陣平君のお爺ちゃんが山で狩ってきた鹿や猪などのジビエ料理を食べたことがある。でも角が落ちているのは知らなかった。
「鹿は秋の繁殖期になると雌鹿を巡って雄同士が角をぶつけてあって激しく争うんだ。そして繁殖期が終わる春になると、役目を終えた角が落ちるんだ」
この角のことを一般的に落ち角と呼び、福を呼ぶ縁起物や魔除けの意味もあるのだと陣平君は話した。
「うちの爺ちゃんは昔からこの落ち角を集めるのが好きでさ。毎年拾って集めているんだよ」
「もしかして、段ボールの中に入っているって……?」
「察しが良くて助かるよ、委員長。その通り。装飾品として使えるように切り出しと加工をした角がこの中に入ってる」
そう言ってニヤリと笑う陣平君。ここ数日間学校を休み、さらに家にもいなかったのは実家に帰ってこれの準備をするためだったということですね。
「都会じゃ珍しい鹿の手作りアクセサリーなら、不用品を持ち寄るよりは断然売れる可能性がある。しかも形や模様は一つとして同じものがない一点物とくれば猶更だと思わないか?」
「毎年やっているバザーでそんなものが売られていたら話題性は抜群だな。付加価値も含めてバカ売れ間違いなしだぜ」
みんながざわつく中、和田君が先陣を切って陣平君の提案に同意を示す。これがきっかけとなり、徐々に空気が変わり始める。
「とは言えやっぱり問題になるのは時間だよな」
「あぁ……ここ何日かで俺に出来たのは角を加工するまでで、肝心のアクセサリーは全然出来てないんだ」
言うは易く行うは難し。アクセサリーを作ると一口に言ってもそもそも経験がなければ難しい。ましてや素材がビーズとかではなく鹿の角ともなればより難易度は上がる。
「───だからここから先はみんなの協力と環奈の力が必要だ」
「私の力が、ですか?」
突然名前を呼ばれて私は困惑する。同時にクラスメイトの視線が一気に集中する。けれど陣平君はまるでこの状況を待っていたかのように真剣な表情となって話を続ける。
「物は違えど、環奈はイヤリングを自分の会社で作っているから作り方は知っているだろう? その環奈を中心に作業を進めていけば来週の本番までに十分な数をそろえることが出来るはずだ」
「それはそうですけど……」
陣平君の説明に再び教室がどよめく。私に対する好感度というか信頼度がゼロどころかマイナスの状況でみんなが協力してくれるとは思えない。現に小さな声で〝ふざけんな〟〝ありえない〟などの声が聞こえてくる。
「そもそもみんなが気にしている環奈の〝バザーは遊び〟って発言だけど、これは決して本心じゃない。ただ言葉が足りなかっただけなんだ」
「それじゃ花園さんはなんて言いたかったんだよ?」
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