第39話:俺が何とかする

 電話越しに気まずい沈黙が流れる。

 風の音。車が走る音、若者たちが騒ぐ音。そして背後で息を飲む音がやけにはっきりと聞こえる。数秒か、数分か。静寂を破り、環奈が悲痛な胸の内を吐露し始める。


『正直なところ、陰で色々言われていることは知っています。無謀だとか、調子に乗っているだとか。でもそれ以上に応援してくれる人の方が多いことも承知しています』


 出る杭は打たれる。悲しいことだがこれは学校や社会、子供だろう大人だろうと、どこにいてもどの世代においても起こりうること。妬み、嫉み、時には憎む。それが人の業というものだ。


『でもあの記事に書かれているコメントを見たら……きっとクラスのみんなも眥裂髪指になっているんだろうなって……』


 どんな顔をして学校に行けばいいかわからない。そう環奈は消え入りそうな声で口にした。何か言葉を返さないと。慰める? それとも𠮟咤激励する? どれも違う気がしてわからない。


『陣平君、覚えていますか? 昔遊んでいた時に〝環奈ちゃんが何を考えているかみんなもわかればいいのにね〟って言ってくれたこと』

「……あぁ、もちろん覚えてるよ」


 俺以外の同年代の子供たちから気味悪がられ、友達はおろか時には石を投げられたこともあった環奈にかけた幼いが故の無邪気な言葉だ。


『この言葉があったから今の私があるんです』


 曰く、これがきっかけで環奈は嬉しかったりドキドキしていることを視覚で伝えるイヤリングを開発して会社を立ち上げたそうだ。思っていることを上手く口に出せないけど、これを付けていれば今自分がどんな気持ちなのかを相手に伝えることが出来る。


『でもダメですね……私は根本的なところで昔と何も変わっていません。いくら感情を視覚化できたとしてもちゃんと言葉にしないとダメなのに……』


 炎上のきっかけとなったのも言葉が足りなかったからに他ならない。思考を数段飛ばすことなく、間に言うべきことを言っておけば防げたことだ。


『自分でもどうしたらいいかわからなくて……現在進行形で頭の中がグチャグチャなんです』


 ダメですね、ホント。と自嘲気味に言う環奈。このままいくと自分のせいでクラスは空中分解してバザーどころかこの先にある行事すべて失敗してしまうのではないかと今にも消えてしまいそうな、涙混じりのか細い声で口にする。


「……俺が何とかする」


 幼馴染の悲痛な叫び。気が付けば俺は血が滲むほど強く唇を嚙みしめながら呟くように言っていた。


『……え?』

「俺が何とかする。任せておけ、環奈」


 呆けた反応をする環奈を安心させるように俺は力強く宣言する。自分の無力さを嘆いている時間はない。そんなことで立ち止まっている暇があるなら状況を大買いするために行動しろ。


「今はみんな環奈の言葉を誤解して受け取っているだけだ。俺が一つずつそれを解く。そして環奈のバザーに対する本当の想いを伝える。だからもう泣くな」

『……陣平君。ありがとうございます』


 電話越しの環奈が一筋の涙を流しながら笑みを浮かべているような気がした。


「だから安心して、今日は温かい湯船に浸かってゆっくり休んだぞ。いいな?」

『はい、わかりました』


 少し早いけどおやすみ、と言ってから電話を切って部屋へと戻ると、浅桜と笹月がニヤニヤと気色の悪い笑みを浮かべて待っていた。


「……なんだよ?」

「いやぁ……いいものを見させてもらったよ。ありがとう、五木」

「美しきは幼馴染の友情。一本の映画が作れそうだよ」


 うんうん、神妙な顔で頷く二人にため息を零しながら俺はベッドに腰かける。大見えを切った以上、炎上を鎮めた上でバザーを成功させる。そのために何かいい手立てはないかと真剣に考える。


「まぁ冗談はこの辺にして。私たちなり環奈のためにしてあげられることを考えたんだけど聞いてくれるかな?」

「でもその前に念のため確認。花園のバザーは遊びって発言の真意って何? 私達と五木が思っていることは同じか聞いておきたい」

『そのことか。環奈はきっとこう言いたかったんだ。それは───」


 笹月に尋ねられた俺は一度苦笑いを零してから環奈の言葉の真意を伝える。それを聞いた二人は〝いくら何でも言葉足らずが過ぎる!〟と口を揃えて呆れた顔になる。その気持ちはよくわかる。


「それで、環奈の思いを共有したところで二人の考えを聞かせてくれないか?」

「目には目を歯には歯を。記事には記事をぶつければいいかなって。大丈夫、私と美佳に任せて」

「名付けてハムラビ法典作戦。使えるものは何でも使うから大船に乗って気持ちでいるといい」


 むっふぅと自信満々に胸を張る笹月。幼い頃から魑魅魍魎が跋扈する芸能界で生きてきた笹月なら何かしらパイプはあるだろう。浅桜も将来を嘱望されている陸上選手なので取材などは何度も受けていると考えれば、記事への対処は任せてもよさそうだ。


「そうなるとやっぱり一番の問題はバザーだな……」

「不用品を集めたところで他と変わらないし、かといって今から材料を用意して手作り品を作るのはほぼ不可能……どうする、五木?」


 手作り。そう言えば昔、環奈が引っ越すときに手作りのストラップをプレゼントしたよな。今でも大事に持っていてくれて嬉しかった───


「なぁ、浅桜。環奈の会社が作っている商品って身に付けている人の感情が色でわかる物だったよな?」

「そうだよ。確かイヤリングだったと思うけど……何か思いついたの?」

「あぁ……これならいけるかもしれない!」


 俺はたった今思いついた案を二人に話すと、浅桜と笹月は揃って首を縦に振って「いいと思う!」と同意してくれた。


 作戦は決まった。勝算は十分あるが、ここから先は時間との戦いでもある。俺は急いで実家へと電話をかける。


「もしもし、爺ちゃん? 遅くにごめん。ちょっと相談したいことがあるんだけどいいかな?」

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