第37話:戦いの始まり

 他愛のない話ならわずかな躊躇いを覚えつつも中に入るのだが、今回ばかりはそうもいかない。思わず扉を開ける手が止まる。


『親が金持ちでもないのによく企業出来たよねぇ』

『もしかして裏でパパ活とかやってたりして? あの顔と身体ならお金持ちのおじさん取り放題でしょ』


 頭が沸騰し、目の前が真っ赤に染まるような感覚。環奈はそんなことをするような子じゃない。一秒でも早くこの誤解を解くべく扉を開けようとしたところで後ろから袖を掴まれる。


「待った。教室に入って何をするつもり、五木?」

「落ち着いて、五木。その顔で乗り込むのはダメ。怖すぎる」


 振り返ると浅桜と笹月がいた。二人とも肩で息をしている上に表情も険しい。


「どうして二人がここにいるんだ?」

「そりゃ五木がいつまで経っても部室に来てくれないからに決まっているでしょう? でもよかった。事件を未然に防ぐことが出来て」

「あのまま五木の突入を許していたら悲惨なことになっていた。浅桜、グッジョブ」


 安堵のため息を吐く浅桜の方をポンと叩く笹月。その不可思議な会話とやり取りに俺は困惑する。


「五木、幼馴染を庇いたい気持ちはわかるけどここは我慢して。今キミが出て行っても収集するどころかさらに炎上するだけだよ」

「浅桜の言う通り。ここは我慢して。自分がどんな顔をしているか鏡を見た方がいい。相当怖い顔になってるよ?」


 そう言いながら笹月はスマホでパシャっと俺の写真を撮って見せてきた。どこに映っていた俺の顔は確かに強張っていた。


「愛する人を殺した犯人へ復讐を決意した男みたいな顔になってる。これが撮影なら一発オッケー間違いなしだけど、一応とはいえクラスメイトに向けるのはダメ」

「だいたいその通りだけど、さすがに一応は余計だよ、美佳」


 友達か、友達以外かではっきりと対応を分ける笹月に浅桜と一緒に苦笑する。いくら何でも復讐者は言い過ぎだと思う。まぁ今更ながら怒りで我を忘れていたと反省はしているけども。


「とにもかくにも今日のところは帰るよ。まずは炎上を鎮火させる手立てを考えるよう。誤解を解くのはその後」

「落ち着くのも大事。冷静にならないと何も浮かばないよ」

「……そうだな。二人とも、ありがとう」


 己の無力さに唇を噛みながら、しかし頼もしい友人たちのおかげで落ち着くことが出来た。


「よしっ! 話もまとまったことだし家に帰ろうか。腹が減っては戦は出来ぬって言うし、まずは腹ごしらえだね」

「五木、何が食べたい? 今夜は五木が食べたいものを作ってあげる」

「ちょっと待って。たまには私が作るよ。美佳にばかり任せるのは申し訳ないからね」

「ダメ、浅桜は台所立つの禁止。私と五木の仕事が増えるだけだから」


 そんなぁ、と本気で落ち込む素振りをみせる浅桜。援護射撃を求めるようにこちらに視線を向けてくるが俺はふるふると首を横に振る。


「悪いな、浅桜。こればかりは笹月の言っていることが全面的に正しい」


 ちなみに我が家の台所は浅桜だけでなく環奈も出禁になっている。二人とも決して料理が出来ないわけではない。ただ何故か、どうしてもレシピ通りに作れない呪いにかかっているのだ。


「大丈夫! 今日はちゃんと作るから! いつもみたいなことはしないから!」

「そういって鍋でクトゥルフ神話の化け物みたいな料理を作ったことを私は許してないからね?」


 いつも日向ぼっこをしてのほほんとしている猫のような笹月の辛辣な一言にグハッと喀血しながら胸を抑える浅桜。一体どんな料理を作ったのか、それは天才スプリンターの名誉のためにもノーコメントとさせていただこう。



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【あとがき】

読んでいただき、ありがとうございます。


話が面白い!推しヒロインが決められない!等と思って頂けましたら、

モチベーションにもなりますので、

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引き続き本作をよろしくお願いいたします。


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