第36話:環奈、炎上

 翌日の放課後。

 予想していた通り簾田先生の口からバザーの説明が朝のHRであり、それを受けて俺達のクラスでは早速何を販売するかを話し合う会議が行われることになった。だが妙なことに何故か教室内の空気が重たい。浅桜と笹月も神妙な顔付きになっている。


「なぁ、和田。これから話し合いをするのに雰囲気悪くないか?」


 前の席に座っている情報通の友人に小さな声で尋ねる。すると和田は〝そのことか〟と呟きながらポケットからスマホを取り出してとある画面を俺に見せてきた。


「昼過ぎにアップされた花園環奈の特集記事なんだが、十中八九この不協和音の原因はこいつだ」


 記事のタイトルは『【何故中三で企業を?】現役女子高生社長・花園環奈さんのこれまでとこれから』というもの。簡単な経歴と環奈が立ち上げた会社が作っている商品の紹介とそれに対する彼女なりの想いなどが丁寧に書かれている。これのどこが原因になりえるのだろうと不思議に思っていると、


「問題は最後の方にある学園行事についてのコメントだよ。そこで月末のバザーについて聞かれているんだが、その答えがちょっとなぁ……」


 ポリポリと頭を掻く和田。読み進めていくと確かにその項目に行きついた。このイベントを楽しみにしていると言っていた環奈に限って変なことを言うとは思えないのだが、


『天橋立学園では五月に恒例のバザーが開催されますよね? そこで会社の商品の販売はされるのですか?』

『いえ、バザーでは試供品を含めて会社の商品を販売する気はありません。なにせ遊びですからね』


 そう笑顔で答える環奈の写真を見て俺は思わず頭を抱える。ここまで完璧な受け答えをしてきたのに最後の最後で悪い癖が出てしまったか。


「そりゃ花園さんは社長だからな。材料費やら人件費やら色々考えないとダメなのはわかるぜ? 試供品だってタダで作れるわけじゃないからな。だけどバザーを遊びって言うのは違うだろう?」


 和田の言葉はもっともだと思う。記事のコメント欄には環奈の才能や商才を褒める一方で〝学校行事を遊びって言うのはおかしくないか?〟などネガティブな意見もチラホラあった。


 またこの記事を読んでクラスメイトの多くがしらけているのも事実だし、環奈に対して教師陣も困惑していると和田は口にした。


「いわゆる炎上ってやつだな。まぁこの場に本人がいないのがせめてもの救いだな」


 そう言って肩を竦めながら重たいため息を吐く和田。環奈は午後から仕事があるとのことで早退したのでこの場にはいない。

 この如何ともし難い空気に晒されずに済んだのは不幸中の幸いだが、一方で事態を収拾するためには一刻も早く彼女の口から真意を説明した方がいいのも事実だ。

 環奈がバザーを楽しみにしていることを俺は知っている。だが俺と環奈が幼馴染であるということは知られているので、説明したところで庇っていると思われるのがオチだ。さて、どうしたものか。


「そ、それでは今月末に行われるバザーについてのクラス会議を始めます!」


 俺が一人で思案していたら、いつの間にか教壇の上に委員長が立っていて会議が始まった。議題は昨晩我が家でも話した持ち寄り品以外に何か売るか、その場合何を売るかについてなのだが───


「今まで通り、家から適当な物を持ち寄るだけで他は何もしなくていいんじゃない?」

「時間もないし金もないし。何か作って売ろうとしても赤字になるのは目に見えているよね」

「花園さんが会社の試供品を提供してくれたらよかったのにねぇ。まぁ学校行事が遊びな人にお願いするだけ無駄かぁ」


 男女問わず、みな意見を出すというよりは文句を口にするので会議どころではない。しかも話を聞く限り、みな環奈の会社の試供品をあてにしていたようだ。その梯子を唐突に蹴られてみな怒りと落胆がごちゃ混ぜになっている。


「捕らぬ狸の皮算用とはまさにこのこと」

「好き勝手すぎるね、まったく」


 喧噪に紛れて笹月と浅桜の呟きが聞こえてくる。昨夜の話を聞いていた二人にはきっと記事に書かれている発言の裏に真意が隠れていることは察しているはずだ。だからと言ってそのことを切り出すには学校内で環奈との接点がない。


「そ、それじゃ一旦バザーの品は各自家から不用品を持ち寄るということで! 今日のところはこれで解散します!」


 教室に色濃く滲む落胆の色。みんなのやる気は目に見えて落ちている中、これ以上は時間の無駄かつ沈黙に耐えきれなくなった委員長が引き攣った顔で解散を宣言する。

 ゾロゾロとカバンを手に教室から出ていく生徒達。高校生活始まって一ヶ月半。早くもクラス内に大きな亀裂が走る音が聞こえた気がした。


「おいおい……この調子で大丈夫か?」


 田舎での学校生活の中では一度も体験したことのないギスギスした雰囲気に俺は困惑する。一致団結とは程遠い。


「まぁ何とかなるだろうよ。成るようにしかならないともいうけどな」


 どこか諦観した口調で和田は言うと部活に行くべく教室を出て行った。この場合の成るようになるというのはこの炎上が収まって何事もなく終わるという意味でいいのだろうか。それともまさかこのままの状態が続く、もしくはさらに悪化してよくない結果になるのだろうか。


「……ホント、どうしたもんかな」


 だが得てして悪い予感というのはよく当たるもので。

 今日こそはマッサージをしてもらうからね、と浅桜から怒りのスタンプとともにメッセージが届いたので部活が終わるまで俺は校内をフラフラと散歩して時間を潰していた。


「バザーの品、どうするかなぁ……」


 上京してきた陣平にとってバザーの品として提供できるものはない。かといって実家から何か送ってもらうわけにもいかない。

 じっとしているより身体を動かしていた方がいいアイディアが浮かぶと、恩師の葛城先生に言われたことを思い出して実行したのだが大して効果はなかった。


「そういえば……葛城先生はこの学園のOGだって言ってたよな。あとで相談してみるか」


 結局三時間ほど歩き回った末に出た結論はこれだけ。いくら経験したことがないからと言っても我ながら情けないにもほどがある。


 気が付けば日は沈み、部活はとうに終わる時間となっていた。


「浅桜、怒っているだろうな……」


 どこでなにをしているのか、まさか帰ったんじゃないだろうね、など浅桜から鬼のようなメッセージが届いたのを見て心の中で頭を抱えながら急いで教室に戻る。カバンを回収して部室に向かわないと───


『花園さん、調子乗っていると思わない?』

『現役JKで敏腕社長って言われてちやほやされているからじゃない?』


「───ん?」

 

扉に手をかけたところで教室から女子達による雑談が聞こえてきた。

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