第35話:予兆
ドタバタとした夕食を終えて、時刻は現在20時を回ったところ。環奈と浅桜に洗い物をやってもらっている間、俺は笹月を何故か膝の上に乗せて頭を撫でていた。こ子犬を愛でたくなる飼い主の気持ちがわかった気がする。
「ハァ……極楽極楽。頑張って料理したかいがあった」
ご満悦な笹月とは対照的にぐぬぬと台所から怒りと嫉妬、さらに怨念が入り混じったような二人のうめき声が聞こえてくるが無視するように努める。気にしたら呪われそうだ。
「そういえば月末はバザーがあるのか。今年は何を出そう」
「バザー? そんなのがあるって聞いてないんだけど?」
もしかして簾田先生の話を聞き逃したのだろうか。ただあの人が単純に言い忘れているだけの可能性も無きにしも非ずではあるが
「陣平君は高校からの入学組なので知らないのは無理もありません。このバザーは天橋立学園に通っている生徒なら全員知っている恒例行事ですから」
「下は小学校から上は高校まで。各自自宅にある不要になった物や使っていない雑貨なんかを持ち寄って来た人に売るんだ」
要するに大規模なお祭りだよ、と言いながら洗い物を終えた二人がリビングへ戻って来た。
「へぇ……そんな催しがあるのか。もしかして知っていて当たり前のことだから簾田先生が話してないなんてことはないよな?」
「ありえなくはありませんが、さすがにそんなことはないと思いますよ。なにせ高校生とそれ以外ではこの行事に対する意気込みは大分違いますから」
「どういう意味だ?」
「小・中学生は売り上げを全額寄付する決まりになっているんだけど、高校は一部を手元に残していいことになっているんだよ。それじゃ五木。残した分は何に使うと思う?」
浅桜の問いに俺は〝さっぱりわからない〟と返す。学年問わず、一律全額寄付にした方が不満も出なくていいんじゃないだろうか。小首を傾げる俺に浅桜が得意気な顔で正解を口にする。
「バザーで得た収益の一部は秋の文化祭の費用に補填することが出来るんだよ。高校生にもなれば自立も求められるからね」
「なるほど。つまり良い思い出を作るためには自分達で考えろってことか……」
文化祭は学校行事の中でもトップ3に入る一大イベントだ。それをただ楽しむだけではなくクラス間で出し物に差をつけるようなことを事前に仕込むとは中々粋なことをするじゃないか。
「高校からは何を売るかも自分たちで考えていいので、持ち寄った不用品以外にクラスのみんなで手作りの品を作って販売がしたいですね。他との差別化にもなりますし」
「確かに用意できれば売り上げは大いに期待できるね。用意できればだけど」
「これまで数多の先人たちが同じことを思いついて実行しようとしたけど結果は散々。赤字を垂れ流して終わる悲劇」
バザーは月末の土日に開催される。つまり準備期間は二週間とちょっとしかない。これでは手作り品を用意するのはほぼ不可能だ。
「だからこそみんなで知恵を絞って頑張るんじゃないですか! 上手くいってもいかなくても、きっと楽しい思い出になると思います!」
「それもそうだな」
田舎だと生徒の数が少なかったのでこういった大規模な学校行事は経験がないから楽しみではある。ただそれ以上に環奈が楽しそうにしているのが無性に嬉しかった。
「何をするにしても決めるのは明日以降だね。そんなことより、美佳はいつまで五木の膝の上に座っているつもりかな?」
「そもそも頭を撫でてもらうだけの約束でしたよね!? どうして膝の上に、しかもさも当然のように座っているんですか!? 今すぐ私に譲ってください!」
「え、嫌だが?」
全てを一刀のもとに切り捨てる笹月の発言により、鎮火していたはずの争いの火種が再び轟々と燃えだして俺は深いため息を吐く。とはいえ最早三人の姦しいやり取りは日常となっているのでいきなり無くなったら困惑するだろう。
なんてことを呑気に考えていた翌日。事態は思わぬ方向へ転がることになる。
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