第32話:お泊り会・急~添い寝~
日付はとうに替わり現在の時刻は丑三つ時。俺の目はカフェインを摂取していないにも関わらずギンギンに冴えていた。
「すぅ……すぅ……んっ、陣平君……」
「ダメだよ、五木。みんながいるのに……ぁっ、そんなところ触ったら……」
いつ持ち込まれていたか定かではない布団ですやすやと可愛らしい寝息を立てている環奈となんの夢を見ているか気になる浅桜の寝言が聞こえてくる。
真っ暗で静寂が帳を降ろしているせいではっきりと耳に届くので心臓に悪いし、この空間の中で眠れるほど俺の神経は図太くない。
「五木、まだ起きてる?」
隣で寝ていたと思っていた笹月が小さな声で話しかけてきた。
結局俺は先ほどとられた言質のせいで笹月と同じ布団で寝ることになってしまった。しかも一人用のベッドを二人で使っているので距離はほとんどないというおまけ付き。
「……起きてるよ。どうした? まさか怖いからトイレに一緒に来てくれなんて言わないよな?」
「むっ。私は子供じゃないからそんなこと言わない。五木は私を何だと思っているの?」
「そうだなぁ……強いていうなら手のかかる子犬ってところかな?」
「なるほど。なら子犬が飼い主に甘えるのは普通ってことだね」
言いながらもぞもぞと動く笹月。そして寝技の達人もびっくりの素早い動きでギュッと腰に抱き着いてきた。さらに足まで巻き付けてきてがっちりホールドしてくるので身動きが取れなくなる。
「うん、予想通りの抱き心地。これはバッチリ。いい夢が見られそう」
満足した声で呟く笹月。よかったな、と言いたいところではあるが俺の心境としては今すぐ引っぺがしたいのが本音なのだが、
「私は子犬って言ったのは五木だよ? まさか離れろなんて言わないよね?」
「……悪かった。子犬っていうのは訂正するから───」
「それに言ったでしょ? 私は抱き枕がないと眠れないって」
許してくれと俺が言おうとするのを拒むように笹月が耳元で妖しく囁く。どうやら彼女もまた可愛いの裏側に妖艶さを隠していたようだ。
「五木が寝る前で待っていようかなって思っていたけど私もそろそろ限界。寝ていいよね?」
「ダメだ。くっついたまま寝るんじゃない」
「……五木。ありがとね」
無理やり引き剝がそうと身体を返した時、笹月が涙を堪えたような声で呟いた。思わず俺は手を止める。
「私を見つけてくれて、友達になってくれてありがとね」
「俺は別に特別なことはしてないよ」
「ううん。五木にとっては特別なことじゃなくても私にとって違う。感謝してもしきれない。この恩をどうやって返したらいいかな……」
「そうだな……それじゃ恩を返そうなんて考えずに普通に友達でいてくれるだけで俺は嬉しいかな?」
俺はただ笹月に声をかけただけ。そこに打算なんてものはない。彼女にとってそれが特別なことなのかもしれないが、だからと言って恩を返せなんて言うつもりはないし言ってほしくない。
「友達になっただけなのに恩返しなんて必要ない。というかそれをいうなら今こうしているだけで十分すぎるものを貰ってるよ」
「つまり……私と同衾することが恩返しになる、ってこと?」
「言葉選びは慎重にしてくれませんかね? あと我ながらいいことを言っているのに話の腰を折らないでもらえるかな?」
おかげで何を言おうとしたか忘れてしまったではないか。これでは締まる話も締まらない。
「フフッ、冗談だよ。でもそこまで言うならしょうがない。これからは私が五木の一番の友達になってあげる。光栄に思うがいいー」
そう言いながら笹月は俺の胸に顔をうずめると、腰に回した手にさらにギュッと力を込めて抱きしめてくる。おまけに足でホールドもされているので身動きが取れない。まさに完全なる抱き枕状態なのだが、不思議と邪な気持ちが湧いてこない。むしろ優しく包み込んであげたくなる。
「はいはい。光栄ですよ、お姫様」
「うむ、苦しゅうない。五木のおかげでいい夢が見られそう……ありがと」
それから数分と経たず。笹月は深い夢の中へと旅立ったのか、腕の中から可愛らしい寝息が聞こえてくるようになった。
「ハァ……今夜は徹夜かな」
俺は諦めて覚悟を決める。引き剥がそうと思えばいくらでもできた。起こそうと思えばそれもできる。でもそれをしようと思わないのは笹月の安心しきった寝顔が子供の頃によく見た環奈の寝顔に似ていたから。
十数年前、環奈が引っ越す前日に一緒に抱き合って眠った日のことを思い出す。
行きたくない、離れたくないと泣きじゃくった環奈。思い残すことがないようにと言われて同じ布団で寝たら同じように抱き枕にされたのだ。
その時感じた彼女の温もりと笹月から伝わるそれはとても似ていて───
「仕方ない。朝まで耐えるか……」
夜明けまで数時間。山の中で一晩明かすことに比べたらどうということもない。環奈や浅桜が目を覚ますまではこのままでしておいてあげよう。
だが悲しいかな。笹月から伝わってくる体温と安らかな寝息と心臓の鼓動。そしてどんな極上な枕よりも柔らかくて心地の良い感触に、俺の意識はゆっくりと深い闇の中へ沈んでいった。
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