第30話:お泊り会・破~浅桜のターン~

 酷い目にあった、なんて口にしたら和田を含めた男子達が総出で襲ってきかねないとわかっていつつも呟かずにはいられない。そんなリラックスとは程遠い入浴を終えた俺は重たいため息を吐きながらベッドに座ってテレビをつけた。


「この時間は大して面白い番組はやってないよ」


 適当にチャンネルを変えていると一足に先に風呂から上がった浅桜が声をかけてきた。ちなみに環奈は笹月と仲良く入浴中である。


「そうみたいだな。まぁ別に興味ないからいいんだけど」

「それならどうしてテレビ付けたのさ」


 変なの、と笑いながらぽふっと俺の隣に腰かける浅桜。風呂上がりのいい匂いが鼻孔をつく。バスタオルで髪を拭いている何気ない姿さえも様になっているので思わず感嘆のため息が漏れそうになる。

 それに反して部屋着はモコっとした可愛らしいモノ。さらにデフォルメされたクマを模したフード付き。しかしながらショートパンツタイプなので陸上部で鍛えられた美脚を惜しげもなく晒している。ギャップが渋滞していて大変なことになっている。


「まさか水着を着て突撃しておいて実はお風呂があんまり好きじゃないとはね。自由気ままだよね」

「猫みたいなやつだよな、笹月って」

「環奈も環奈だよね。五木にあんなことしておきながら美佳と一緒にお風呂に入るだなんて。面倒見がいいにもほどがあるよね」

「それは多分あれだな。笹月から出ている妹成分のせいだな」


 というのは冗談。笹月は特殊性質のせいで一人の時間が多かった。そのためか恐らく本人は気付いていないと思うがふとした瞬間に瞳の中に孤独の色が混じるのだ。それを環奈は見過ごせないのだろう。


「環奈は昔から頭が良かったからな。そのせいで気味悪がられてさ。多分、笹月の気持ちが痛いくらいにわかるんだと思う」

「……なるほど。環奈には美佳の孤独の辛さがわかるってことか」


 そういうこと、と言いながら俺はテレビをゲーム画面に変更する。浴室からシャワーとともにドタバタと激しい音が聞こえてくるのでまだ当分出てはこないだろう。待っている間の暇つぶしにはちょうどいい。


「それじゃ五木には私の孤独を埋めてもらうとするかな」

「……え?」


 どう意味だ、と問うより先に突然浅桜が俺に向かってダイブしてきて押し倒されてしまった。

 一体何が起きているのか理解が追いつかない。ただわかることは普段自分が使っているシャンプーとは別の甘い香りと、わずかに残っている風呂上がりの残滓による温もりが伝わってきて俺の脳がパニックを起こしているということくらい。


「あ、浅桜!? いきなり何をするんだ!?」

「シッ、静かに。あまり大きな声を出すと環奈たちに聞こえちゃうよ?」


 鼻に人差し指をあてながら蠱惑的な笑みを浮かべる浅桜。その蠱惑的な表情に心臓が大きく脈動する。


「い、いくらなんでもこの状況はまずいだろう!? 早くどいてくれ!」

「それは五木の返答次第かな? それとも……逆がよかった?」


 試すようにからかうように誘うように浅桜が囁く。全身が汗と緊張と同様で沸騰する俺の心境などお構いなしに話を続ける。


「お互いの境遇が似ている環奈と美佳の中に私は入っていけないからね。でもこう見えて私だって孤独なんだよ?」


 艶のある表情から一転。唇を尖らせて拗ねた顔で話す浅桜。


「天才スプリンターとか日本女子陸上界の歴史を変える逸材だとか……みんなして好き勝手言うくせに、実際は腫物を扱うみたいに誰も近寄ってこない」

「それは……」


 天才故の宿命だ、なんて口にすることはできない。これが団体競技ならまた違ったかもしれないがグラウンドでは常に一人。

 世間から注目を浴びているとはいえ浅桜とて他の子達となんら変わらない十代の女の子。まだ成長途上の華奢な身体に背負わせるにはあまりにも期待が重すぎる。


「でもね、五木。キミだけは私のことをちゃんと見てくれた。天才スプリンターなんて贔屓目なしに浅桜奈央として心配してくれた。それがすごく嬉しかったんだ」

「……そんなの、当たり前だろう」

「その当たり前がみんなは出来ないから五木は特別なんだよ。だから環奈や美佳もここにいるって私は思うよ」


 独占できないのは悔しいけどね、と言って笑う浅桜。その笑みは年相応の少女のそれで、これまで彼女が見せた笑顔の中で最も魅力的だった。


「そういうわけで。日頃の感謝を込めて私も五木に恩返しをさせてくれないかな?」

「……どうしてそうなる? 脈絡がないにもほどがあるぞ?」

「期せずして今は二人きりだからね。このチャンスを最大限に活かそうってこと。環奈にばかりいい思いをさせるつもりはない」


 いい思いをしているのは花園じゃなくて五木の方だろうと俺の心の中にいるイマジナリー和田が叫ぶが、並々ならぬ闘志を燃やしている浅桜に言っても無駄だろう。こんなところでやる気を出されても困る。


「安心して。私は環奈みたいな不健全なプレイはしないから。ちゃんと健全な形で五木を気持ちよくするつもりだよ」

「その発言で健全が一瞬で行方不明になったんだが!?」

「まぁ五木が望むならこのままそっち方面に舵を切ってもいいんだよ?」


 そう言ってペロリと舌なめずりをする浅桜。思わずゴクリと生唾を呑み込む。

 バスタオル一枚で風呂場に突撃した環奈の衝撃で忘れていたが、浅桜もまたスク水を着て風呂場に乱入してきたのだった。


「おおお、落ち着け浅桜! 一時の感情に流されるな! こういうことには順番って言うのがあるはずだ!」

「失礼だな。私はいつでも冷静だよ? だから五木、うだうだ言ってないでさっさとうつ伏せになってくれるかな?」

「うつ伏せ!? うつ伏せでナニをする気だ!?」

「ナニって……マッサージに決まっているでしょ?」


 ほへっ? と間抜けな声が漏れる。恐らく間抜けな顔をしているである俺から身体を起こして離れながら浅桜は話を続ける。


「五木には部活終わりに身体のケアをしてもらっているからね。そのお礼に私が五木にマッサージをしてあげようってことだよ」

「な、なるほど。そういうことならぜひお願いしようかな」

「それとも五木はソッチ系がお望み? もしそういうなら───」

「いや、お望みじゃありません! ソッチじゃない方でお願いします!」


 少しでも気を抜けばピンク方面に舵を切ろうとするのはやめてほしい。これ以上の問答をしたら心臓がいくつあっても足りなくなりそうなので、俺は大人しく身体を回転させてうつ伏せになることにした。



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【あとがき】

読んでいただき、ありがとうございます。


話が面白い!推しヒロインが決められない!等と思って頂けましたら、

モチベーションにもなりますので、

作品フォローや評価(下にある☆☆☆)、いいねをして頂けると泣いて喜びます。

引き続き本作をよろしくお願いいたします。

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