第29話:平穏なお風呂タイムなんて存在しない

「えっと……環奈さん? どうしてここにいるんですかね?」


 動揺し、動転する心を必死に宥めながら震える声で幼馴染に尋ねる。百歩も一万歩も譲りたくはないが風呂場に来るところまでは良しとしよう。からかい半分、出来心半分で覗きたくなる時もあるだろう。だが、


「というかどうして服を脱いでバスタオル一枚で立っているんだよ!? おかしいだろう!?」


 俺の渾身の叫びに環奈はキョトンと小首を傾げる。その様子が可愛いと思ってしまう自分が悔しい。


「どうしても何も昔のように一緒にお風呂に入ろうと思ったからに決まっているじゃないですか。それのどこがおかしいんですか?」

「何から何までおかしいだろう! 昔と今じゃ色々違うんだぞ!?」


 素朴な疑問を口にする環奈から目を逸らしながら再び叫ぶ。

 一瞬だったがくっきりと目に焼き付いた、タオルを巻くことによってかえって強調されているたわわな果実。一切の穢れのない滑らかな肌。適度な肉付きのあるしなやかな足。シャワーによって熱気が籠っているせいでかいた汗が顎を伝って鎖骨に流れ落ちる様すら艶めかしかった。


「フフッ。どうしたんですか、陣平君? 声が上ずっていますよ? それと心なしか顔も赤くなっています」

「き、気のせいだ! あと顔が赤くなっているのはシャワーを浴びていたからだ! 断じて環奈の裸を見たからではない!」

「……なるほど。ではこういうことをしても大丈夫ってことですね?」


 何をする気だ、と問うより先に環奈が身体を近づけてくる。そしてそのまま俺の頭を包み込むように後ろから抱きしめてきた。


「こここ、これなら……どどどどうですか、陣平君? 少しはドキドキしてくれますか?」


 俺以上に環奈の方がドキドキしているから平気だ、なんて澄ました顔で言えるほど俺は大人ではない。それもこれも背中にむにゅっと当たっている柔らかい感触のせいだ。脳みそが沸騰し、俺の理性がゴリゴリと加速度的に削られていく。


「お、俺が悪かった……全然大丈夫じゃないから早く離れてくれると助かる」

「ささ、最初から素直にそう言えばいいんです! まったく、いつから陣平君はひねくれものになってしまったんですか? 昔はそうじゃなかったはずです」

「それをいうならいつから環奈は入浴中に突撃してくるような痴女になったんですかね? 昔はそんなことなかったはずだ」

「それは突撃する必要がなかったからですぅ! 昔は陣平君から〝一緒にお風呂入ろうか!〟って誘ってくれたのを忘れてしまったんですか?」


 存在しない記憶をさも当然のように口にしないでもらいたい。十数年前に環奈とお風呂に入ったことは確かに何度もあったが全て両親に言われてのこと。俺から自発的に誘ったことは一度もない。多分、きっと。


「まぁ細かいことはこの際気にしません。それよりも大事なことがありますから」

「それよりなにより早く出て行ってくれませんかね?」


 呆れ混じりに俺が言うと、環奈はどこか不敵な笑みを零しながら顔を近づけ、耳元で甘い吐息と共にこう囁いた。


「昔みたいに背中流してあげます。いつも頑張っている陣平君へのご褒美です」


 聞いたことのない妖しくて艶のある声音で言われてわずかに回復した理性が一瞬で吹き飛ぶ。嬉しいけどさすがにダメだろう、と俺が


「私達は幼馴染ですし、過去には背中どころか色々なところを洗いっ子した仲じゃないですか」


 言われてみれば確かにな、と思ってしまった時点で俺の命運はここまでだったのだろう。気が付いた時に環奈による洗体マッサージを受ける流れになっていた。

 環奈によるプレイが始まってすぐに異変を察知した浅桜と笹月が風呂場に乱入してきて事なきを得た。何故か二人がスク水を着ていてこれまた頭痛を覚えたが、結果として助かった上に眼福でもあったので不問することにした。


「俺の平穏なバスタイムを邪魔しないでくれ!」


 もちろんこの後すぐにやいのやいのと騒ぎ始めた三人をまとめて風呂場からたたき出したのは言うまでもない。


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【あとがき】

読んでいただき、ありがとうございます。


話が面白い!推しヒロインが決められない!等と思って頂けましたら、

モチベーションにもなりますので、

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引き続き本作をよろしくお願いいたします。



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