第28話:お泊り会・序~波乱の始まり~

 迎えたゴールデンウイーク。土日と合わせて五日間も休めるのはありがたいことこの上ないが、田舎から出てきて一人暮らしをしている男子高校生の俺にとってはただただ暇を持て余すだけ。

 現に最初の三日間、ダラダラと過ごしていたらいつの間にか日が暮れていた。こういう時に和田や浅桜のように部活に入っていればよかったなと痛感する。とはいえ夜になると誰かしら遊びに来るので賑やかではあった。


「ちょっ、笹月さん!? 先ほどからどうして私にばかりボンビーを押し付けるんですか!?」

「フッフッフッ。それはもちろん、現役女子高生社長が無一文に転落する様を見たいからだよ」

「最初に美佳にボンビーを押し付けたのは環奈だから因果応報だね。やられたらやり返す、倍返しだ! とも言うしね」

「それを言うなら撃っていいのは撃たれる覚悟がある奴だけだ、では───ってあぁ!? ボンビーさんがキングに進化しちゃいました! 陣平君、助けてください!」


 テレビ画面を指さしながら肩を揺らしてくる環奈に心の中で謝罪しながら俺はリモコンを操作してサイコロを振る。

 そして今日は問題の四日目。時刻は夜の22時を回ったところ。

 いつものように我が家に入り浸りに来た三人と夕飯を食べ終えて、今は笹月が持ってきたゲームに興じていた。

 ちなみに遊んでいるのはサイコロを振って世界各地を旅しながら資産を増やしていく有名タイトル。巷では友情崩壊ゲームと呼ばれているとかいないとか。


「どうして私から離れるんですか!? 幾久しくよろしくお願いしますと言葉を交わしたのを忘れてしまったんですか!?」

「そんなプロポーズをした覚えはないからだよ。キングが落ち着くまでは近づかないでくれな」


 陣平君のいけずぅ、と叫びながら順番が回ってきた環奈がサイコロを振る。不吉な真っ黒なサイコロが大量に出現し、加速度的に環奈の資産を奪っていく。そのあまりの凋落ぶりに笹月と浅桜が腹を抱えて笑う。


「これで環奈の脱落は決まり。美佳と一騎打ちかな?」

「負けない。五木の隣で寝るのは私」


 バチバチと火花を散らす浅桜と笹月。勝手に俺を蚊帳の外に置いて話を進めないでもらいたい。というか誰が勝っても俺の隣で寝させたりはしないぞ。


「うぅ……陣平君と二人きりでお泊り会をするはずだったのに……どうしてこんなことになってしまったんでしょうか」


 しくしくと一人涙を流す環奈。そもそも俺はお泊り会を許可した覚えはないのだが、いまさらそんなことを言ってももう遅い。というか言い尽くした結果の果てがこれなので最早諦める他ない。


「ホント、どうしてこんなことになったんだろうな……」


 重たいため息を吐き出しながら俺はベッドサイドに置かれている三つのスーツケース───ピンク、黒、エメラルドグリーン───に目を向ける。これが意味するところはすなわち、環奈だけではなく浅桜と笹月も我が家に泊まるということである。頭が痛い。


「どうしても何も、環奈が自分でペロッたんじゃないか」

「そうそう。この間ご飯を食べている時に〝今度のお泊り会、楽しみにしていますね〟と勝手に自爆した。私達は何も言ってない」


 グハッ、と吐血する環奈。

 事件が起きたのはゴールデンウイーク初日の夜。

 翌日から出張ということで拗ねている環奈、ハードな練習をこなしてヘロヘロの浅桜、そして昼過ぎから我が家でぐーたらしていた笹月とともに今のようにゲームをしていた時のこと。

 夕食を食べて気が抜けていた環奈がお泊り会のことを口にしてしまったのだ。それを聞いた瞬間に浅桜と笹月の瞳に鬼が宿り、全力で環奈を詰める光景は正直思い出すだけでも鳥肌が立つ。


「まさか私達に内緒で計画を立てていたなんて驚きだったよ。抜け駆けはよくないんじゃないと思うよ? あっ、五木の番だよ」


 あっという間にまた俺のターンがやってくる。ゲーム終了まであと少し。現在の順位は浅桜、笹月、俺、環奈。一位から三位までは拮抗している。逆転を狙うなら指定された目的地に最初にゴールすることが絶対条件。


「もし五木にゴールされたらトップが入れ替わり、その後すぐに全ターンが終わる。そうなったら勝者無しのノーコンテストに…お願い妖怪イチタリナイ、仕事して」

「死なば諸共! かくなる上は全員負けのサドンデスです! さぁ、陣平君。さっくとゴールしてください!」

「ツイている男かツイていない男か。果たして五木はどっちかな?」


 三者三様の煽りを受けながらボタンを押す。もしも俺が勝ったら延長戦なんてせずにご帰宅していただきたいところだが、それは無理なのでせめて添い寝なんて不健全なことはせずに大人しく寝てほしい。そう願いながら振られたサイコロの出目はゴールへと辿り着く数字だった。


「やりましたぁ! これで延長戦に突入です!」

「……っく。仕事しろ、妖怪イチタリナイ」

「さすがだね、五木は。こうなるんじゃないかと思っていたよ」

「今度は違うゲームにしましょう! マ●オ●ートとか、ス●ブラとかがいいです!」


 わいわいと騒ぐ女子三人を横目に俺はコントローラーを置いて立ち上がる。


「? どこに行くんですか、陣平君?」

「風呂だよ。先に入っておかないと順番待ちで大変なことになるからな。なにせ今日は四人もいるんだし」


 我が家の狭い風呂では頑張っても定員は二人まで。三人がカラスの行水かどうかはわからないので、空いている時に入らないと順番が回ってこない可能性すらある。大して動いていないとはいえ、一日の汗を流さないと気持ちよく眠れない。

 それとこの後に待ち受けているであろう苦行に耐えるために心頭滅却しておく必要もある。むしろこっちの方がメインだ。


「俺のことは気にせずゲームをしててくれ。その間にのんびり湯船に浸かってくるから」

「……わかりました。ごゆっくりどうぞ」


 ニコリと笑みを浮かべながら環奈はそう言うと視線をテレビ画面に戻す。そこはかとない違和感を覚えつつ、俺は着替えを手に浴室へと向かう。

 と言っても狭い1Kの我が家。部屋を出ればすぐに風呂場に着く。早速浴槽に湯を貯めるのだが、悲しいことにワイワイと騒ぐ女子達の会話も聞こえてくるくらいに壁が薄いことに気が付いた。


「これは……環奈達が入っている時は耳栓をしておいた方がよさそうだな」


 深淵を覗くとき深淵もまたこちらを覗いているというように、あちらの音が聞こえているということはこちらの音も聞こえている。つまり風呂から上がって寝るまでの間にも健全な男子高校生には辛い時間があるということになる。勘弁してほしい。

 最適解を悶々と探しながら待つことおよそ二十分。ようやくお湯張りが完了した。女子組のお風呂が終わるまで散歩をすればいいと無理やり結論付けて浴室の中へ。

 頭にシャワーをぶっかけてオーバーヒートしかけている脳を急速冷却する。自ら徐々にお湯に変わっていく瞬間が実に心地がいい。


「ハァ……どうしてこんなことになったんだろうな。このままだと色んな意味で今夜死ぬんじゃないか、俺」

「───それは幸せ過ぎて、喜躍抃舞きやくべんぶってことですか?」

「いやいや。嬉しすぎて喜びすぎて小躍りするんじゃなくて、状況に理性が耐えきれなくて廃人になるって意味だよ───ん?」


 突然シャワーの音に混じって耳に届いた聞き慣れた声と無駄に難解な四字熟語。早鐘を打つ心臓。そんなはずはないと言い聞かせながらシャワーを止めて振り返ると、そこには案の定環奈が立っていた。

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