第27話:スマホのやり取りでイチャイチャするな!

「おおお、おい! 今ここに笹月美香がいたよな!? 天橋立学園のネッシーこと笹月美香と会話していたよな!?」

「透明人間の次はネッシーか。笹月には色んなあだ名があるんだな」


 まるで珍獣のような扱いだが、あの気配遮断能力を考えたらそう言われるのも無理もない。


「あだ名なんてどうでもいいんだよ! 大事なのは浅桜に続いて笹月とも親しくなったことについて説明してもらおうか!?」

「説明も何も……たまたま声をかけたらウマが合っただけだよ。それ以上でも以下でもない」

「笹月にたまたま声をかけるって時点でおかしいからな!? 普通は声かけるどころか姿形を認識できないからな!?」

「それについては田舎で爺ちゃんに教えてもらったおかげとしか言いようがないな。和田も山で一ヶ月くらい過ごせば身に着くと思うぞ」


 俺の提案にうげぇとうめき声を漏らしながら肩を竦める和田。勿体ない。自然と一体となる経験をすれば笹月の気配を読み取るくらい簡単にできるようになるというのに。


「都会生まれ都会育ちの俺がそんな過酷な場所で生きられるわけないだろうが。三日と経たずに野垂れ死にだよ!」

「そうか? 人間やってみないとわからないぞ───んっ? なんだ?」


 胸ポケットに入れていたスマホがブルッと振動する。確認してみると環奈からメッセージが届いていた。その内容は、


『随分と楽しそうにお昼休みを過ごしているみたいですね』


 絵文字もなければスタンプもない、質素な短文。だがここに込められている感情は幼馴染が故に手に取るようにわかる。


「……怒ってるな。しかも相当に」

「どうした、五木?」


 スマホの画面を見て押し黙っていたら和田が怪訝な顔で尋ねてきた。さて、どう返事をしたものか。

 既読スルーは論外。そんなことをしたら帰宅したら笑顔による無言の圧力をかけられて精神が押しつぶされてしまう。というかそもそも環奈はどうして怒っているんだ。


『みんなで約束したはずですよね? 学校にいる時はあまり話さないようにしましょうと。ですが中々どうして……私は今、猛烈に激憤慷慨げきふんこうがいしています』

『それを言う相手は俺じゃなくて浅桜や笹月だと思うけど!?』


 想像以上のお怒り文につい反射的にメッセージを返してしまったが、教室にいない環奈がどうして俺が二人と話していたことを知っているんだ。まさか俺の身体に盗聴器でも仕掛けているとかじゃないよな。


『聡明な陣平君ならこう思ったでしょう。〝環奈にはすべてお見通しなのか?〟と』

『……どうしてなんだ?』

『それは私が精神感応の能力を持っているからです。陣平君の意識に私の意識をリンクさせることで何をしているか手に取るようにわかるのです』


 突然何を言い出すんだこのお嬢様は。二度見、三度見しても何を言っているのかさっぱりわからない。唯一わかるのはこの文章を打ち込んだであろう環奈がドヤ顔をしていることくらいか。


『つまりわかりやすく説明すると……陣平君のブレザーの内ポケットに盗聴器を仕込んでおきました』

『嘘だろう!? いくら幼馴染とはいえやっていいことと悪いことがあるぞ!?』


 すぐさまブレザーを脱いで内ポケットをまさぐるがそれらしいものは見つからない。もしや高性能かつ超小型の盗聴器を開発したとでもいうのか。


『というのは冗談です。つい先ほど笹月さんから報告があったんです。浅桜さんと喋っているから注意してくると』

『……本当に冗談だよな? 信じていいんだよな?』


 いまいち信用できないのは精神感応云々はともかくとして環奈なら本気でそれをやりかねないからだ。


『むしろ信じてくれないんですか? 泣きますよ? 涙でこの学校を沈めることになりますけどいいですか?』

『……疑って悪かった』


 メッセージのやり取りでよかった。これが対面での会話だったら頬を膨らませてポカポカと叩かれているところだ。


『まとめると木乃伊取りが木乃伊になることは容易に想像が出来た、というわけです』

『……なるほど。さすが環奈。勘が鋭いな』

『私が必死に我慢しているというのに。これではあまりに不公平です。陣平君には穴埋めを要求します!』

『俺は何をすればいいんだ?』


 ダンダンと机を叩きながら訴える環奈の姿が目に浮かぶ。俺が穴埋めをしなければいけないのかと思わなくもないが、それを書き込んだら環奈の機嫌がさらにこじれるから我慢して甘んじて受け入れるしかない。


『さすが陣平君、話が早くて助かります。それではゴールデンウイークに陣平君のお家にお泊りをさせてください。私からの要求はこれだけです』


「……はぁ!!??」


 文字を打ち込むよりも言葉が先に出る。目の前に座っている和田が『どうした?』と尋ねてくるがそれどころではない。突然何を言い出すんだこの幼馴染は。

 年頃の女の子が一人暮らしをしている男の家に泊まるというのは不健全極まりない。しかも幼馴染とはいえ交際していないとなればなおさらだろう。まぁ毎日のように三人の女の子が夜遅くまで入り浸っている時点で今更だろうという話ではあるのだが。


『二人で遊びに行くとかならまだしも、さすがにお泊りはまずいんじゃないか? ご両親も怒るんじゃないか?』

『フフッ。抜かりありません。父も母も〝五木君なら心配ない〟とお墨付きをもらっていますから。何なら〝横から飛んでくる鳶に攫われないようにするんだぞ〟とも』

『……冗談だろう?』

『信じるか信じないかは陣平君次第ということで。お泊り会の詳しい話はまた後で話しましょう』


 またね、とカワウソが手を振っているスタンプがメッセージのあとに送られてきた。ここから先は家に帰ってからということか。俺は重たいため息を吐きつつ、考えるのをやめて残りの弁当に向き合う。


「五木よ……お前とこれから先も友達でいるためには物理的な話し合いをする必要があるみたいだ。歯を食いしばる準備をしろ!」


 今にも真っ赤な涙を流しそうなほど憎悪に歪んだ表情を浮かべながらどす黒い声を発する和田。


「……どうしてそうなる?」

「どうしてだぁ? そんなの決まっているだろうが! お前がスマホで花園環奈とイチャイチャしているからだよ!」

「すごいな。どうして相手が環奈ってわかったんだ?」

「浅桜、笹月とくれば誰だって予想はつくさ! むしろ花園環奈じゃなかったら問答無用で裁判所に来てもらうことになっていたところだ!」


 そう言いながら和田はわなわなと拳を震わせる。いつ理性が崩壊して飛び掛かってくるかわかったものじゃない。お願いだから冷静になってほしいところだが、どんなやり取りをしていたか聞かれても面倒なので対処に迷う。


「ハァ……世の中ってやつは本当に不公平に出来てるぜ。いつまで待てば俺に青い春が訪れるんだか」


 やれやれと肩を竦めて嘆く和田に、俺は最後の唐揚げを口に放り込みながらアドバイスを送ることにした。


「少なくとも待っているだけじゃいつまで経っても来ないと思うぞ」

「うるせぇぇぇぇええ!! リア充は黙ってろぉ―――!!」


 教室中に和田の魂の籠った怒りの雄叫びが響き渡る。

 その日の夜。当たり前のように我が家に遊びに来た環奈にこの話をしたらため息まじりにこう言われた。


『陣平君は残忍酷薄ですね。オーバーキルにもほどがあると思います』


 ちなみに遅れてやってきた浅桜と笹月にも同じ話をしたら、似たような反応をされた。解せぬ。

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