第25話:同盟結成

 私こと花園環奈は家主不在の幼馴染の家で二人の女の子と相対している。どちらも世間に名の知れた有名人でかつ絶世と形容するに相応しい美女である。


「こうしてちゃんと話すのは初めてですよね? ずっと同じ学園に通っているのになんだか不思議な気分です」

「確か花園さんも中学からだよね? 私も同じ。笹月さんは小学生からだっけ?」

「そう。親に無理やり入れられた。でも二人と同じクラスになったのは今回が初めて。接点がないのは当然」


 天橋立学園は小学校から上大学までエスカレーター式のマンモス校。当然生徒数も多いので顔と名前は知っているが一度も話したことがない同級生はごまんといる。


「それより花園環奈。そろそろ本題に入らない? いつまでも五木を外に置いておくのはかわいそう」

「笹月さんの言う通りだね。花園さん、キミの狙いはなんだい?」


 鋭い視線を向けながら尋ねてくる浅桜さん。さすがコンマ数秒が勝敗を分ける世界で戦っている人なだけあって尋常じゃない威圧感です。もし私が一般人だったら涙目になっていたかもしれません。


「フフッ。ここに来て察しが悪いですね、浅桜さん。何故私が陣平君を蚊帳の外にしてまでお二人をここに招いたのかわかりませんか?」

「もちろんわかっているとも。五木が誰のモノか白黒はっきりさせるために私と笹月さんを家に上げたんだろう? というかここ、本当に五木の家なのか? 明らかに女物の服とか小物があるんだけど?」

「やっぱり私の推理は当たっていた。五木と花園環奈は同棲している! あれ、それならこの勝負は成立しないのでは?」


 顎にて当てて思案する笹月さんに浅桜さんが〝確かにそうだね〟と頷きつつ殺気混じりの瞳で私を睨んでくる。


「早とちりしないでください。笹月さんのおっしゃる通り、私はこの家に入り浸っていますがお二人と勝負をする気はありません」

「一気に話が見えなくなってきた上にツッコミたいこともあるけど、つまりどういうことかな?」

「もしかして勝負するまでもない、諦めてさっさと消え失せろって言う宣告?」

「物騒なこと言わないでください、笹月さん。確かに私と陣平君は連理之枝な関係であることは否定しませんが、かといってお二人に消えろだなんて言いません。むしろその逆です」


 浅桜さんと笹月さんが揃って頭の上にクエスチョンマークを浮かべながら小首を傾げる。いけませんね、ついいつもの癖で言葉足らずになってしまいました。陣平君が聞いていたら呆れられているところです。私は一つ咳払いをしてから改めてこの会合を開いた真意を説明する。


「つまりですね、私達三人で同盟を結びませんか? 陣平君を共有財産とするための同盟を」

「「!!??」」


 驚愕に目を見開く二人をあえて無視をして私は話を続ける。


「何故そうなことを言うのかと疑問に思うことでしょう。答えは簡単です。少なからず私達は陣平君に救われた経験があるからです」


 陣平君と同じ田舎で暮らしていた頃。他の子達と比べて少し変わっていた私はいじめに近いことを受けていた。子供故の容赦のない言葉の刃や暴力、そして独りぼっちの寂しさから毎日泣いている私を助けてくれたのが他でもない、陣平君だった。


「私の言葉遣いや話し方に唯一理解を示し、傍にいてくれたかけがえのない幼馴染。それが陣平君なんです。今の私があるのは彼のおかげなんです」

「なるほどね。花園さんの言っている意味がようやくわかったよ。そういうことなら私も五木が初めての男の子だったかな」


 体育の授業の時、些細な違和感を陣平君に見抜かれた。下心なく自分のことをちゃんと見てくれて、その上身体の状態の把握からケアまでしてくれた人は初めてだったと浅桜さんは話した。


「何かしら目的があって近づいてくる人ばかりだったから、いきなり声をかけられたときは驚いたけど。でもだからこそ私は五木をパートナーにしたいと思ったんだよね」

「どうして浅桜さんは誤解を招くような言い方をするんですか? それともわざとですか?」

「フフフ。そこは花園さんのご想像にお任せするよ。それより笹月さんは? 五木に何をされたの?」

「……別に何も。ただ五木は私のことを見つけてくれただけ。そして友達になってくれるって言ってくれただけ。でも私にとってはどっちも初めての人」


 そう言ってお茶をすする笹月さん。空気を読んで浅桜さんの口振りを真似たのでしょうがそんなことをする必要はないんですよ、という心の中でツッコミを入れていることを顔に出す。だが笹月さんは意に介さず話を続ける。


「学校でも外でも存在感がほとんどない私を当たり前のように見つけてくれるのは五木だけ。だから……今日限りで手放したくない」

「私も笹月さんと一緒かな。五木みたいな人は希少どころか絶滅危惧種だからね。花園さんの申し出は願ったり叶ったりだよ」


 今にも泣きそうな、切実な声で訴えるように話す笹月さん。そんな彼女の肩をポンと叩きながら浅桜が言葉を引き継いだ。


「そう言っていただけて何よりです。竜戦虎争の果てには必ず悲劇が待っていると歴史が証明しています。ですから改めて〝誰かの陣平君〟にするのではなく、いっそのこと〝私達の陣平君〟にする。そのための同盟を結びませんか?」


 私達三人は似た者同士だった。浅桜さんと家の前で遭遇し、少し話を聞いた瞬間にもしかしてと思い、陣平君が笹月さんと一緒に帰って来たのを見た瞬間に私はこの話を思いついた。


「いいね、とても素晴らしい提案だと思うよ。さすが現役女子高生社長」

「もちろん賛成しかない。ありがとう、花園環奈」

「ありがとうございます。ではとりあえず今日のところはこの辺にして、具体的な共有案については後日ゆっくりと時間を取って決めていきましょうか」


 いい加減陣平君を部屋の中に呼んであげないと凍えて風邪をひいてしまいますからね。体調を崩して弱っている陣平君を手取り足取りナニ取り看護するというのも悪くない話ではありますが。

 なんて本人が聞いたら怒りそうなことを考えながら私達は三人揃って玄関に向かい、扉を開いて家主を向かい入れるのだった。



 *****



 屋外で放置されることしばらく。ようやく我が家の扉が開き、俺は三人の美女に出迎えられる形で帰宅することが出来た。


「お待たせしました、陣平君。今からご飯を作ると遅くなってしまうので今夜は出前にしませんか?」

「話し合いが無事に終わったみたいで何よりだ。そして終わったなら早く帰ってくれ。ご飯のことは気にしないでいいから」


 カバンをベッドに放り投げながら身体も一緒に飛び込もうとしたら、それより先に笹月がぽふっと座ってしまった。ここはあなたの家でもなければあなたの寝床じゃないんですが。


「みんなで夕食か。親睦を深められるしありだね。この人数ならピザとかがいいんじゃないかな?」


 何食わぬ顔で話しながら笹月の隣に腰かける浅桜。俺のベッドをイス代わりにするな。あと勝手に話を進めるな。


「私はお腹ペコペコだから何でもいい」


 心なしか寂しそうな声で呟く笹月。気持ちはわかる。本当なら麻婆豆腐を作る予定だったからな。そのために食材買ったのに無駄になったらげんなりするもの当然だ。


「その代わり、明日は私が五木に麻婆豆腐を作るから二人は邪魔しないで。明日は適当に外で食べてきて」

「……んん?」


 頬を膨らませながら主張する笹月。俺の勘違いでなければその発言で部屋の温度が急激に下がった。しかも背後にそれぞれ般若、龍、虎を従えて三人がバチバチと激しい火花を散らしている。


「笹月さん、その話はご飯を食べながら決めましょうね? とりあえず今夜はピザということで。陣平君もいいですね?」

「一応聞かせてもらうけど、俺に拒否権はあるのか?」

「フフッ。残念ながらありません!」

「……そうだと思いました」


 満開の桜のような可憐な笑顔で環奈にそう言われて俺はため息を吐く。

 一人暮らしをしている男子高校生の家にクラスどころか学園全体でもトップクラスの美女三人が押し掛けているという状況は傍から見れば天国に見えるだろう。だが実際のところは家主なのに肩身が狭い地獄のような環境だ。


「それでは何を頼むかサクサクと決めていきましょう! まずはサイドメニューからですね!」

「私はサラダが欲しいかな。笹月さんは何がいい?」

「そうだね……サイドメニューといえばポテトは外せないよね」


 結局この後三人はやいのやいのと話し合い、注文するまで三十分以上かかった。言うまでもなく、その間俺は完全に蚊帳の外。ただ楽しそうに友達と話をしている環奈を見て不思議と嫌な気持ちになることはなかった。


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