第24話:俺は家主だぞ!?

「どうして環奈と浅桜がいるんだよ!? 仕事は!? 部活はどうしたんだよ!?」

「なんか見るからに険悪な空気がこっちまで漂っている。もしかしなくてもあれは修羅場ってやつだね」

「落ち着いている場合か! 笹月、今すぐここから離れるんだ。二人に気付かれる前に早く!」


 透明人間とはいえ気付かれる可能性はゼロではない。万が一俺が笹月と一緒に帰宅したことが知られたら───浅桜はともかく環奈は───間違いなく面倒なことになる。できることなら俺も回れ右をしたいところだが、


「あっ! 陣平君!」

「一緒にいるのってもしかして笹月美佳? どうして五木と一緒に?」


 あたふたとしていたら速攻で気付かれてしまった。塀から身を乗り出してこちらに手を振ってくる環奈。その表情が徐々に笑顔から険しい物へと変化していく。ちなみに隣にいる浅桜は苦笑交じりに肩を竦めている。さて、どうしたものかと考えていると胸ポケットのスマホがブブッと振動した。


「も、もしもし……」

『いつまでそこでぼぉーと突っ立ているつもりですか、陣平君? 早くこっちに来たらどうです?』

「そ、それは……」


 口調こそ穏やかだが、そこに含まれている感情は全く以って読み取れない。故に不気味で、背筋に嫌な汗が流れる。


『それともこっちに来られない理由でもあるんですか? そうですね、例えば……買い物袋を手にしている笹月さんと一緒にいるから、とか?』


 怖い、怖い、怖い! どこからそんな底冷えするような声を出したんだ。いや、それよりも笹月の存在がバレていることの方が問題だ。俺は一級フラグ建築士になった覚えはないぞ。


「多分二人して動揺したせいだと思う。もしくは花園環奈の野生の勘。浅桜奈央も多分気付いていると思うけど、あれも多分直観」


 笹月が顎に手を当てながら呟く。名探偵モードが継続中なのはありがたいが、せっかくなら推理するより今は打開策を提示してほしい。このままでは平穏な夕食時に悲惨な血の雨が降りかねない。


「諦めてお縄につこう、五木。大丈夫、実刑は免れるよう私も頑張って弁護するから」

「この時点で有罪確定なのか!?」


『フフフッ。さぁ、陣平君。早くこっちに来てください。浅桜さんの件も含めて色々お話聞かせていただきますからね?』

「…………はい、わかりました」


 幼馴染の圧力に観念した俺は力なく答えて電話を切る。これが社長業で身に付けた能力とでもいうのか。

 がっくしと落ち込む俺の肩に笹月がポンと手を置きながら〝さぁ、行こうか〟と自首してきた犯人に寄りそうベテラン刑事のような口にする。他人事な顔をしているが、自分も環奈に追及される側だということを忘れないでほしい。


「大船に乗った気持ちでいるといい。私がビシッと言って〝はい、論破〟ってしてあげるから」

「……不安しかない」


 どこにそんな自信があるのかわからないが、ドンッと胸を張る笹月に一抹の不安を抱えながら俺達は環奈と浅桜が待つ四階へと向かう。どうして自分の家に帰るのに緊張しないといけないのだろうか。


「お帰りなさい、陣平君。そしてこんばんは、笹月さん。こんなところでお会いするなんて奇遇ですね」

「こ、こんばんは……です」


 さっきまであったはずの笹月の威勢は環奈の笑顔の前に一瞬で消滅したらしい。か細い声で挨拶を返すと天敵から身を隠す小動物かの如く俺の背中に隠れてしまった。


「やぁ、五木。さっきぶりだね」


 アルカイックスマイルを浮かべながら浅桜が気さくに声をかけてきた。この場にいるのが最も不思議かつ不気味なので俺は肩を竦めながら尋ねる。


「やぁ、じゃない。どうして浅桜がここにいるんだ?」


 部活が終わる時間にしては少し早い気がする。足の状態を考慮して休んだならまだしも、サボったわけじゃあるまいな。


「それはもちろん、簾田先生に住所を聞いたからだよ。あの人、陸上部のコーチでもあるから〝五木陣平を専属マネージャーにするために説得したいので住所教えてください〟って言ったら簡単に教えてくれたよ」

「あの学園の情報セキュリティはどうなっているんだよ!?」


 プライバシーがあってないようなもの───と言ったら語弊があるかもしれないが───な田舎の学校と違って天橋立学園は大都会にある学校。いくらクラスメイトとはいえ、簡単に個人情報を他人に渡すのはダメだと思う。


「あの時五木が素直に首を縦に振っていれば私はこの場にいなかったよ」

「断ったその日のうちに自宅に押し掛けてくる方がどうかしている」

「フフフッ。随分と楽しそうなお話をしていますね、陣平君、浅桜さん」


 浅桜との会話に辟易としているところにニュルリと環奈が割って入ってくる。これが平時ならありがたい助け舟になるのだが、あいにくと今は非常事態宣言下。顔は笑っているが目は笑っていない幼馴染をどうにかしなくては。


「聞きましたよ、陣平君。日本のみならず世界の名だたるスポーツトレーナーがその座を狙っている浅桜さんの専属マネージャーをご本人から打診をされるなんて。まさに海内無双です」


「……えっと、環奈さん?」


 口元に笑みを浮かべながら喋っている女の子が実は環奈のドッペルゲンガーで別人だと言われても信じてしまいそうになる。そんな恐怖を覚える。


「笹月さんからも少しですが聞きました。山で培った能力? で彼女の気配を感知できるそうですね。フフッ、本当に陣平君は凄いですね。さすが、私の自慢の幼馴染です」


 爺ちゃんとはぐれて一人山をさまよっている時に遭遇した熊より環奈の方が怖いと感じる日が来るなんて。熊相手なら全力ダッシュで振り切れるが、この場から逃走してもここ以外に帰ってくる場所はない。まさに詰み。


「それじゃ陣平君。とりあえずここの鍵を渡していただけますか?」

「……はい」


 有無を言わせぬ圧力に抗う力はすでになく、言われるがままカバンから家のカギを取り出して環奈に手渡す。


「ありがとうございます。さて、家主の陣平君には申し訳ありませんが少しお外で待っていてください」

「何をするつもりだ?」

「安心してください。変なことはしませんから。ただちょっと三人でお話をするだけですから」


 環奈の言葉に浅桜の瞳がギラリと光り、笹月がビクンと肩を震わせながら俺の袖をギュッと掴む。


「浅桜さん、笹月さん。どうぞこちらへ。ゆっくりお茶でも飲みながら今後についてお話ししましょう」

「なるほど、そう来たか……いいよ、これからどうするか三人で存分に話し合おうじゃないか」

「わ、わかった。そういうことなら私も参加する」


 俺には幼馴染が何を考えているのか皆目見当がつかないが、どうやら二人は環奈が何をしようとしているのか察したらしい。


「フフッ。さすが、話が早くて助かります」


 そう言いながら環奈はまるで自宅かのように鍵を開けると浅桜と笹月さんを連れて中へと入って行った。最後にガチャリと鍵が締まる音のおまけ付きで。


「完全に締め出しかよ。俺の家なのにこんな仕打ちはあんまりだ……」


 全身から力が抜けて扉の前にへたり込みながら俺はため息まじりに独り言ちる。


「風邪をひくのが先か、扉が開くのが先か。RTAの始まりだな」


 空を真っ赤に染める夕焼けを眺めながら、突如始まった女子会が早く終わることを祈るのだった。

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