【書籍化】俺ん家が女子の溜まり場になっている件

第23話：集う者達

「ハァ……まさか五木がどうしようもないすけこましだったとは。人は見かけによらないね」

「なんか言ったか、笹月？」

「買い物に付き合ってくれたお礼をしてあげようかなって言ったんだよ」

　絶対に嘘だとわかってはいるものの、触れたら面倒なことになりそうなので話に乗っかることにした。

「お礼って……もしかして麻婆豆腐を作ってくれるのか？」

「うん。私を見つけてくれたお礼をさせてほしい。だから五木には特別に夕飯を振舞ってあげる」

「光栄です、ありがとうございます」

「うむ。苦しゅうない。気分が良いから今日から通い妻になってあげてもいい」

　さすがに通い妻は遠慮したい、と言おうとしたら途端に笹月が悲しそうな顔をするのですんでのところで言葉を呑み込む。演技の可能性もあるがそれを考えるのはせんなきことだ。

「そ、それじゃお言葉に甘えさせてもらおうかな。ちなみに通い妻ってことは俺に家に来るんだよな？」

「もちのろん。五木は一人暮らしなんでしょ？　男子高校生の一人暮らしでまともにご飯を食べているはずがないから今日は贅沢させてあげる」

　そこはかとなく馬鹿にされている気がしないでもないがあえて言及はするまい。日本国民の孫様の手料理、堪能させてもらおうじゃないか。

　なんてことを他愛のない話しながら添え物の中華スープの材料や、食後のデザートのアイスを詰めていく。誰にも気取られていないからいいものの、これではまるで同棲中のカップルのお忍びデートだ。

「さて、五木。そろそろ私が一人でスーパーの中に入れなかった最大の理由をついに教えてあげる」

「そう言えばそんな話があったな。買い物に夢中ですっかり忘れてたよ」

「大事なことなのに忘れるなんて信じられないけど、時間がないから教えてあげる。ズバリ───お会計だよ」

　深刻な声で何故かドヤ顔でそう口にする笹月。存在を認識されない笹月の特異体質なら確かにお会計は入店なんて比にはならいないだろう。

「いや、そこまで言うほどのことじゃないだろう。毎朝簾田先生が出席を確認する時のように自己アピールすればなんとでもなるんじゃないか？」

「そうしたら私がこの周辺に住んでいることが世間にバレちゃう。それはそれで由々しき問題」

「あぁ……休業中とはいえ女優だもんな。まぁでもこのスーパーならそこまで気にしなくても大丈夫だと思うぞ」

「むむっ。女優の生活圏が知られることがどれほど危険か五木はわかってない。私が透明人間になれなかったら今頃ここはパニックに───ってあれは……」

「お次でお待ちのお客様、奥のレジが空いております！」

　長い旅路の果てにようやくたどり着いた会計エリア。テキパキとレジ打ちをする店員さんのすぐ近くには客自らが商品のバーコードをスキャンして会計まで行っている。

「セルフレジ……だと？」

　驚愕し、がっくりとその場で膝から崩れ落ちる笹月。女優というより芸人のような百点満点のリアクションに我慢が出来ずに思わず俺は吹き出してしまった。無論、その後立ち直った笹月にポカポカと叩かれたのは言うまでもない。

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　紆余曲折あったがなんとか無事に買い物を終えた俺と笹月は並んで家路についていた。思いの外店内で過ごしていたらしく、すっかり日も暮れて少し肌寒さを感じるまでになっていた。とはいえ田舎と比べたら全然暖かいのだが。

「なぁ、笹月。本当に家に来るのか？」

　俺はもう一度、最後の悪あがきとして笹月に確認を取る。

「この期に及んでまだそんなことを言うの？　もしかして五木は私の手料理が食べたくないの？」

「いや、別にそういうわけじゃ……」

「それとも家に行ったら都合が悪いの？　ちなみに私の家は散らかっているのでダメ。でも片づけ手伝ってくれるなら今度招待してあげてもいいよ」

　人の話を全く聞かず、それどころか俺を体のいい労働力にする気満々の笹月の言葉に頭を抱えたくなる。

「もしかして五木って花園環奈とお付き合いしてる？」

「……どうしてそういう話になる？」

「私はこう見えてもそれなりに可愛いと思う。そんな子が手料理を振舞うために自分の家に来ることになったら喜びと緊張で頭が沸騰するはず。漫画の主人公なら」

「現実は違うってことだな」

「でも五木の態度は真逆。私を自宅に連れ込めない事情があるみたい」

　鋭いな。ごく稀に覚醒するポンコツ探偵みたいだ。俺は黙って笹月の推理を聞くことにした。たった一つの真実を見抜くことが果たしてできるだろうか。

「学園で五木が最も親しい女の子は花園環奈。ここから導出せることは、五木と花園環奈はすでに付き合っていて半ば同棲状態になっている。だから修羅場になるから私を家に招きたくない。違う？」

「ハハハ。残念だった名探偵。俺が環奈と付き合っている？　半同棲状態？　面白い話だけど証拠がない」

「それなら私が家に行っても問題ないよね？　ないよね？」

「……もちろんだ。俺は一度もダメとは言ってないからな」

　一瞬の間はなに、とジト目を向けてくる笹月をあえて無視する。大丈夫、今日の環奈は帰りが遅くなると言っていた。ようは環奈が入り浸りに来る前に笹月を帰宅させれば何の問題もない。世は全てこともなしだ。

　そんな言い訳を自分にしつつ、名探偵の追及を無視して歩くこと数分。ようやく愛しの我が家が見えてきた。まだひと月も住んでいないのにそう思えるのは果たしていいことなのか。

「ねぇ、五木。色々考えているところ申し訳ないんだけどあれは何？」

「なんだよ、藪から棒に。まさか俺の家を馬鹿にしているのか？　外見はちょっと古いけど中はそれなりに新しいんだぞ？」

「そうじゃなくて。あそにいるのって花園環奈と浅桜奈央じゃない？」

「ハハハ。そんな馬鹿な。浅桜は部活だし、環奈は帰りが遅くなるってメッセージが来ていたからいるはずが───」

　ない、と言い切ろうとしたとき、俺の視線に飛び込んできたのは見知った顔の二人の女の子が俺の部屋の前でにらみ合っている姿だった。

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【あとがき】

読んでいただき、ありがとうございます。

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