第21話:自動ドアも反応しない理由

「中に入らずに何をしているんだ?」


 まさか自動ドアが反応してくれなくて入りたくても店の中に入れない、なんてことは流石にないよな。体育の授業で多少話したとはいえ、ここで声をかけられたら面倒なことになる気がしたので気付かないふりをして素通りをしよう。


「あっ、五木……!」


 そう思った矢先に目が合ってしまった。長年待ち続けた飼い主を見つけたかのような顔でてくてくと近づいてくる。逃げよう、そう思って振り返るのと笹月に袖を掴まれたのはほぼ同時。おかしい、まだそれなりに離れていたはずなのに一瞬で距離を詰められた。瞬間移動をしたとでもいうのか。


「私のこと見えているよね? お願い……助けて、五木」


 袖をギュッと掴みながら悲痛な声と表情で訴えてくる笹月。そのあまりの真剣さに俺は観念して話を聞くことにした。


「わかった。俺でよければ力になるよ。だから袖を離してくれると助かる」

「……逃げない?」


 うるうると瞳を潤ませながら尋ねてくる笹月。前言撤回。これは飼い主の帰りを待っているのではなく常に一緒にいたがる子犬だ。


「逃げない。逃げないからそんな顔をするな」


 言いながら俺はぽんぽんと笹月の頭を撫でる。子供の頃、まだ遊びたいとか一緒にいたいとわがままをいう環奈をあやした感覚を思い出す。泣き喚きこそしなかったが毎日大変だった。


「助けてくれって言っていたけど、俺は何をしたらいいんだ?」

「すごく簡単。私の食材調達を手伝ってほしい」

「要するに買い物ってことか。一人で持ちきれないくらいの量を買うつもりなのか?」


 そうじゃなかったら助けなんて求めないはず。だが俺の問いかけに笹月は何を言っているかわらかないと言わんばかりにキョトンとしながら、


「? 私は食いしん坊じゃないよ。二、三日分買っても一人で持って帰れるくらいしか買わない」

「それならどうして俺に助けを求めたんだ?」

「これには海よりも深いわけがある」


 聞くも涙、話すも涙と大袈裟な前振りをしてから笹月は自分の特異な能力について話し始めた。


「五木も知っていると思うけど私は三歳の時に芸能界に入って活動している。巷では天才子役とか日本国民の孫とか呼ばれてチヤホヤもされてる」


 えっへんと胸を張りながらドヤ顔をする笹月。気持ちはわかるが買い物時で人の出入りが激しい店の入り口でやることではない。


「だからじゃないけど、父と母からはスキャンダルはご法度だって毎日耳にタコができるくらい言われてきた」


 多感で好奇心旺盛な子供とはいえ芸能人。SNSが普及しているこのご時世では、些細なことであっても何かあればすぐに炎上してしまうのでご両親の気持ちもわからないでもない。


「そのせいで私はいつの間にか気配を消して空気みたいになるのが異常に上手くなっていた」

なるほど……笹月の気配が薄いのはそれが理由か」

「おかげでこうやって街を歩いていてもファンに気付かれたことは一度もない。今では影が薄いを通り越して透明人間になっちゃった」


 体育の授業が始まる前に呑気にジュースを飲んだりして好き勝手できたのはこのせいか。思い返せば入学式の後に教室で行った自己紹介の時も簾田先生に自分の存在をアピールしていたな。


「この特殊能力のせいで日常生活では買い物もまともにできないし、学校で友達は一人もできたことがない。店に入りたくても自動ドアも反応してくれない」


 まさか本当に店の中に入れないドアが開かないからだとは思わなかった。俺は内心で頭を抱えながら言葉を絞り出す。


「……その特殊能力とやらはオンオフの切り替えは出来ないのか?」

「出来たらこんな苦労してない」


 しゅんと肩を落としながら悲しそうな声で笹月は呟いた。

 笹月は環奈のように気味悪がられて虐められていたわけではない。でも俺には彼女の落ち込んでいる彼女の姿が仲間の輪に入れずに寂しそうにしていた昔の環奈と重なって見えた。だからだろうか俺は自然とこんなことを口にしていた。


「買い物はともかく、俺でよければ友達になるよ」


 俺の言葉に笹月は大きく目を見開いて驚愕してから慌てたように俯いてしまった。もしかして嫌だったのかと内心で凹んでいたら再び袖を掴まれる。


「……友達になるかは考えてあげる」


 顔上げながらそう口にする笹月は満面の笑みを浮かべ、瞳には今にも雫が溢れそうになっていた。


「そっかぁ……ダメかぁ」


「安心して。引き続き検討はしてあげるから。それより今は買い物の方が大事。とことん付き合ってもらうから覚悟するように」


 言いながら買い物をするために俺の袖を引っ張り、スーパーの中へとズカズカと入っていく笹月。懸念していた自動ドアはちゃんと開閉した。これなら俺はお役御免になるんじゃないか。


「こんなのはまだまだ序の口。油断せずに行こう」


 どこかの眼鏡をかけたテニス部部長のような台詞を口にしながら、買い物カートにカゴを載せた笹月は早速食材の物色を始めるのだった。

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