第18話:足が気になって仕方がない

「ハァ……ハァ、ハァ……あと少しだったのになぁ」


 天を仰ぎながら己の未熟さを反省する。舗装されていない山道よりはるかに走りやすいのにこの体たらく。爺ちゃんに見られたら怒られていただろうな。


「まぁ勝負に測ったから良しとするか」

「お疲れ様です、陣平君」


 和田に勝てたことを喜びつつ呼吸を整えている俺の元に、ねぎらいの言葉とともに環奈が優しい笑みを浮かべながらやって来た。


「惜しかったですね。本当に記録を更新するんじゃないかってドキドキしましたよ」

「日本記録は伊達じゃないってことだな。見ての通りバテバテ。こういうところで結果を出すのがヒーローなんだけど、俺はその器じゃないってことだな」

「そ、そんなことありません! 陣平君はもうすでに誰かのヒーロ―になっていると思います!」


 そのフォローは嬉しいような虚しいような。ただそう言う環奈の頬はわずかに赤みを帯びているのは何故だろう。


「ありがとう、環奈。お世辞でもそう言ってくれて嬉しいよ」

「お世辞じゃありません! 陣平君は昔から私の───」

「測定が終わった人は速やかに体育館に移動するように! まだ体力測定は終わってないからね!」


 環奈の言葉に被せるように簾田先生の声がグラウンドに響いた。正直精根尽き果てる三手前なので今すぐ教室に戻るかこのまま大の字になって休みたい。そんなことをしたら蹴飛ばされかねないからやらないが。


「はぁ……仕方ありません。陣平君、私達も移動しましょうか」

「そうしようか。ところで笹月の姿が見えないけどどこに行ったんだ?」

「笹月さんなら陣平君が走り出してすぐに〝ジュース飲みたい〟と言って自販機のある体育館にすでに行かれました」


 自由人ですね、と歩き出しながら苦笑いを零す環奈。気ままで掴みどころがない猫みたいな不思議な奴だな。まぁ嫌いじゃないんだけど。


「───ん?」


 そんな他愛のない会話をしながら歩いているとグラウンドの隅にいる浅桜が視界に入った。専門外と口にしていたが余裕をもって女子トップでゴールしているあたり流石の一言に尽きるが、走り終えた彼女は足を気にするそぶりを見せていた。


「……私とのお話し中によそ見とはいい度胸していますね、陣平君? そんなに浅桜さんが気になるんですか?」

「いや、ただちょっと様子がおかしいなって思っただけで特にやましい気持ちはないからな?」

「なら私との会話に集中してください! じゃないと拗ねますよ!? いいんですか!?」


 バウバウと環奈に吼えられたせいで思考は中断せざるを得なくなる。幼馴染が拗ねたら何をしでかすかわからない。


「さぁ、体育館へ移動しますよ! 後半戦も巍然屹立なところをたくさん見せてもらいますからね!」

「……勘弁してくれ」


 俺の身体はボロボロだ、と心の中で叫びながら俺は環奈の後を追って体育館へと向かう。その間際、もう一度浅桜の姿を確認しようと視線を向けるがすでにそこに彼女の姿はなかった。



 *****



 体育館で残りの種目の測定もそつなくこなしたところで、長かった午前中の授業がようやく終わりを迎えた。


「うぅ……五木に全部負けちまった……」


 がっくりと肩を落としながらとぼとぼと体育館を後にする和田。何か声をかけた方がいいかと迷っていると環奈に、


『敗者への労いの言葉は相手にとっては屈辱に思う場合があるのでここはそっとしておくのがいいと思います』


 と言われたので俺は心を鬼にして何も言わず、哀愁漂う男の背中を見送った。きっとこれをばねにして強くなるだろう、知らんけど。


「そろそろ私達も戻りましょうか。ぼぉーとしていたらお昼ご飯の時間がなくなってしまいます」


 疲れたぁ、午後の授業絶対に寝るわぁ、など文句を口にしながらクラスメイト達が体育館から徐々に引きあげていく。環奈の言う通り、俺達もその波に乗って着替えて早く教室に戻らないと空腹の状態で残りの授業を受ける羽目になる。

 ちなみに笹月は自分の測定が終わるや否や解散の号令を待たずして早々に姿を消したのでこの場にはいない。

 俺としてもすぐに後を追いたいところではあるのだが、どうしても気になることがあった。

 それは他でもない、浅桜奈央。その足の状態。反復横跳びも手を抜いているわけではないだろうが全力を出すのを躊躇っている感じがあった。俺の杞憂ならそれに越したことはないが、もし本当は怪我をしていてそれを周囲に隠しているのなら問題だ。


「……悪い、環奈。先に戻っていてくれ。俺はちょっと用事を思い出した!」

「ちょ、何処に行くんですか陣平君!?」


 戸惑いの声を上げる環奈を無視して俺は浅桜の姿を探す。すでに体育館からは出ているが教室とは反対方向のグラウンドに歩いていくのがチラッと見えた。ならば行き先として考えられる最有力候補は───


「───見つけた!」

「え、五木?」


 走った甲斐もあり、予想より早く浅桜に追いつくことが出来た。この先にあるのは陸上部の部室。騒がしい昼休みで人気のない場所を探そうと思ったら部室か体育倉庫、化学準備室などと相場が決まっている。


「血相変えてどうしたの? 私に何か用事?」

「用事って程のことじゃないけど、一つだけ聞きたいことがあってさ。浅桜、もしかして足ケガしてないか?」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る