第16話:私を選んで。
「クソッタレ! 五木、お前は化け物かよ!?」
50m走に続けて立ち幅跳び、ハンドボール投げの測定を終えてひと息ついている俺に和田が怒り心頭な様子で声をかけてきた。
「人を化け物呼ばわりするなんて酷い奴だな。別にこれくらい普通だって」
「俺、何かやっちゃいました? はファンタジーの世界だから許される台詞なんだよ! 現実じゃやったらだめなんだよ! 自分がたたき出した記録を見てみろ!」
「えっと……50m走が5.7秒でハンドボール投げが60mだったか?」
「ふざけるのも大概にしろ! これが普通ならお前の田舎は人外魔境だ!」
鼻息を荒くして地団駄を踏む和田。人の生まれ故郷を魔王生誕の地のように言うのはあまりにも失礼だと思う。俺の田舎はみんな優しくて自然が豊かな長閑な場所だ。
「50m走は競技的な測り方じゃないからある程度の誤差が出るのは仕方がないとしても、ハンドボール投げはやりすぎだぞ!」
「……そうなのか?」
バスケ部エースの記録が40mちょっと。これはバスケコートの端から端まで余裕で投げられる数字だ。それよりも俺は遠くに飛ばしたので記録としてはすごいかもしれないが、ここまで騒ぐようなことではない気がする。現に和田以外のみんなは何も言ってこない。
「誰も言わないから俺が代表して言ってやる。お前が出した記録は───」
「───さすが陣平君。しっかりと
和田が最後まで言う前に言葉を遮るように俺達の会話に乱入してくる人物が一人。その人物はまるで自分のことのように誇らしげな顔をしていた。
「相変わらず大袈裟だな、環奈。俺よりすごい奴なんてこの学校にはごまんといるはずだって」
「フフッ。まぁ陣平君がそう思いたいならお好きにどうぞ」
そう言って意味深に微笑む環奈。釈然としないが、俺は謙虚堅実に生きるのがモットーなのであえて追及はしないでおこう。それより俺が気になるのは、
「どうして環奈がここにいるんだ? 測定はまだ終わってないよな?」
「これから行う持久走は男女一緒にやるからですよ。二人一組のペアでタイムを測り合うようにって簾田先生が言っていたのを聞いていなかったんですか?」
「あぁ……そう言えばそんなこと言っていたな」
「ですから私はここに来たんです!」
えっへんと胸を張るが、その瞬間たゆんと二つの果実がド派手に揺れるので俺は思わず目を逸らした。ついこの間、俺のシャツを着て迫られた時よりも背徳的に感じるのはここが学園で今が授業中で体操着姿だからだろうか。
「さぁ陣平君、私と一緒にペアを組みましょう! そしてみんなに陣平君が曠世之才であるところを見せつけてやるのです!」
「だから強い言葉を使うなって。逆に弱く見え───ん?」
不意に後ろからジャージの袖をクイッと引っ張られた。振り返るとそこには今にも泣きそうな顔をした笹月が立っていた。
「えっと……俺に何か用かな、笹月さん?」
「五木、私を選んでほしい」
「……はい?」
懇願するように言われて、俺の口から呆けた声が出る。決して冗談を言っているような顔ではないが如何せん言葉が足りな過ぎる。これでは誤解を生みかねない。
「なっ!? い、いきなり何を言い出すんですか笹月さん!? というかいつからそこにいたんですか!?」
ほら見ろ、言わんこっちゃない。いつからここにいたのかは確かに気になるところではあるが今知りたいのはそこではない。
「五木に近づくチャンスをじっとうかがっている頃から私はあなたの背後にいた、って言えばわかる?」
「つまり大分前からってことじゃないですか!?」
存在感が薄いことを利用して環奈に張り付いていたってことか。そんなことをしなくても普通に話しかけに来ればいいのにと俺が考えていると、笹月がさらに強く俺の袖を引っ張る。
「そんなことより五木。早く私を選んで。そうじゃないと───」
「……何があるんだ?」
「───簾田先生に怒られる」
「笹月の言う通りだ」
しまった、と俺が口にするより先に背後からゴゴゴゴゴと怒りの効果音とともに簾田先生の声が聞こえてきた。恐る恐る振り返ると顔は笑っているが目は笑っていないという一番怖い表情をしていた。ささっと俺の背中に女子二人が隠れる。俺だけ矢面に立たせるなんて卑怯だぞ
「今は授業中だって言うのにキミ達はいつまでイチャつけば気が済むのかな? それとも出会いのない教職者に対する嫌味かな?」
怒る理由が理不尽すぎる。公私混同はよくないと思う。
「そもそもイチャついてなんていないと思いますが? 俺はただクラスメイト雑談していただけです」
「陣平君の言う通りです! ちょっと休憩中に雑談していただけです!」
「私は五木にタイムを測ってほしいってお願いしに来た。五木以外に私の測定をできる人はいないと思うから」
俺達は三者三様の主張を口にする。間違ったことは言っていないが笹月に関してはどうしてそれを最初に言ってくれなかったんだと心の中でツッコミを入れておく。
「なるほど……笹月さん、五木君なら大丈夫なんだね?」
「うん、五木ならバッチリやってくれると思う」
「わかった。そういうことならこれ以上は言わない。笹月さんは五木君にタイムを測ってもらって。みんなが待っているから早く移動するよ」
やれやれと肩を竦めながら簾田先生は言うと俺達の元から離れていった。その背中に置いていかれないようについて行こうとしたところで三度袖を引っ張られる。今度の犯人は幼馴染だった。
「どうした、環奈?」
「どうした、じゃありませんよ! 呑気なことを言わないでください! 陣平君が笹月さんのタイムを測ったら私は誰に測ってもらえばいいんですか!?」
滂沱の涙を流しかねない表情で訴えてくる環奈。俺以外の誰かに頼めばいいだけの話なのだが、入学してからの様子を見るにそれができる人はいないことは俺もわかっている。とはいえ幼馴染として無下にするわけにはいかないので、
「環奈のタイムも俺が測るよ。これなら何も問題ないだろ?」
シンプルかつ誰も傷つかない折衷案。別に絶対に二人一組でやらなきゃいけないルールもないし、そもそも我がクラスの人数は奇数なので最初から一人余りが出る。恐らく余った生徒は簾田先生が計測することになるのだろうが、たとえ美人であっても誰だって先生とペアは組みたくはない。
「それが妥協点ですね。わかりました。それでは笹月さん、まずは私達から走りますよ───ってあれ? 笹月さんはどこに?」
つい先ほどまで一緒に背中に隠れていたはずの笹月の姿がいつの間にか消えていたことに驚きながらキョロキョロと辺りを見渡す環奈。
「あぁ……笹月なら既に先行組の輪に加わっているみたいだな。環奈も急いだほうがいいぞ? 簾田先生が睨んでいるから」
「なっ!? 自分だけ先に行くとはなんて卑怯な! というか陣平君も気付いていたなら教えてくださいよ!」
「それは悪かった。でもいいのか? 俺に文句を言っている間に簾田先生の怒りのボルテージは溜まっていく一方だぞ?」
さっさっとこっちに来いと言外に訴えている簾田先生の背後に鬼神が顕現しつつあることを伝えると、環奈はオリンピック選手顔負けの猛ダッシュでスタート地点へと走った。俺もその後を追い、ストップウォッチを受け取る。これで測定の準備が整った。
「記録を狙いたい子は全力で。そうじゃない子は無理せず自分のペースで走るように。それじゃ……よーい、スタート!」
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