第14話:未来の金メダル候補

 古今東西、体育は運動部に所属している運動神経がいい者の独壇場だと相場が決まっている。この天橋立学園も例に漏れず、まだ授業が始まっていないにも関わらず一部の生徒はウォーミングアップをして身体を温めている。


「ただの体力測定だっていうのに随分と熱心なんだな、和田」


 バスケ部に所属している和田もまたその一人。入念なストレッチを行って戦闘態勢を整えている。

 これがインターハイの決勝ならこの気合いの入りようも理解できるが、如何せんこれから始まるのはただの体力測定。気合いの入れどころがずれている気がする。


「怪我防止もあるけど、体力測定は一年間でどれだけ自分が成長したか客観的に数値でわかるまたとない機会だからな。手を抜くなんてありえないぜ」

「なるほど。さすがバスケ部次期エース候補。ストイックな考え方だな」

「馬鹿野郎。次期候補じゃなくて新エースなんだよ」


 そう言ってガハハと笑う和田を無視して俺は周囲に視線を向けて環奈を探す。幼馴染は教室にいる時と同じく一人でぼぉーと突っ立って呑気にあくびをしていた。こちらは緊張感がなさすぎるな。

 みんなと同じ長袖長ズボンのジャージ姿のはずなのに目立っている環奈だが、このグラウンドには彼女以上に目立っている女子生徒が存在した。

 春先とはいえわずかに肌寒さが残っているが、その生徒は一人だけ半袖短パンという動きやすさを重視した格好をしている。それだけならちょっと暑がりなのかな、で済むのだが彼女が視線を───主に男子生徒の───を集めているのには理由がある。


「浅桜に熱視線を送るとは。やっぱり五木も男の子だな」


 下卑た声で話しかけてくる和田をギロリと睨みつける。わざわざアップを途中で切り上げてまでこっちに来るな。


「別に熱視線を送っていないし下心丸出しで見ていたわけじゃない」

「惚けることはないぜ? あんな姿を見せられたら彦星だって目を奪われるって」


 年に一度しか会えない遠距離恋愛を千年以上続けている夜空の王子様にいくら何でも失礼だろうと心の中でツッコミを入れつつ、俺は改めて視線をグラウンドに向ける。


「……ふぅ」


 深呼吸をして呼吸を整えている女子生徒の名前は浅桜奈央。

 中学三年生の時に出場したU18世界陸上選手権大会の女子100mで日本記録タイのタイムを叩き出して初の金メダルをもたらし、将来のオリンピック金メダル候補と言われている天才スプリンター。

 肩口で切り揃えられた黒髪。秀麗な顔立ちに吊り上がった目尻が孤高に生きる狼を連想させる。毎日の練習の賜物か、くっきりとしたくびれに鍛え抜かれた下半身が健康的な美を演出しているが、環奈に勝るとも劣らない果実も実っている。それが動くたびに揺れるので非常に目に悪い。

 陸上選手としてずば抜けた才能を持ちながらルックスもスタイルも抜群。天は二物を与えずとはよく言うが浅桜奈央は例外だ。


「よし、もう一本……!」


 日差しを浴びてキラキラと輝く汗を拭いながら浅桜が再びアップを始める。徐々に呼吸が乱れ、肌も紅潮していくので体操着姿なのに不健全な艶めかしさが全身から滲み出ている。


『日本女子短距離界の次期エースは体育の授業でも魅せてくれるぜ』

『一度でいいから死ぬ前に鍛え抜かれたあのふとももに挟まれたい……』

『あのけしからん大胸筋でどうしてあんなに速く走れるんだ。素晴らしい』


 男たちの欲望にまみれた声が聞こえてくる。気持ちはわからなくはないが、女子達がドン引きしているのでもう少しオブラートに包むなり口には出さないようにするなりした方がいい。


「……なぁ、和田。浅桜さんっていつもあんな感じなのか?」


 短いダッシュを繰り返している浅桜の様子を観察しながら、俺は隣で鼻の下を伸ばしている友人に尋ねる。


「あんな感じって言うのはあれか? ただ走っているだけなのに無駄にエロいのはいつものことかってことか? それなら答えはもちろんイエスだ。ストレッチ中の無駄にエロい息遣いとか走るたびに揺蕩う胸とか、無意識でやっているであろう腹チラ、エトセトラ……ってどうした?」

「いや、もういい。俺が悪かった」


 己の言葉足らずを反省しつつ、俺は意識を浅桜へと向ける。力感のなく走る流麗な姿は例えるなら完成された芸術品。

 ただの体育の、それも始まる前のウォーミングアップですらお金を払いたくなるレベルと言っても過言ではないのだが、


「俺の考えすぎだよな……」


 一見すると何の異常もないフォームから微かに感じる違和感。ボタンを一つ掛け違えてしまった程度のなんてことのない不和。

 俺の気にしすぎならそれに越したことはないがもし正しかったら、時間とともにズレは大きくなって致命的なエラーを引き起こしかねない。だがこれが正しいか否かを判断する材料を俺は持ち合わせていない。


「みんな集合―――! 授業を始めるよぉ!」


 パンパンと手を叩きながら簾田先生がグラウンドに現れた。俺は一旦思考を中断してグラウンドの中心へ向かうべく歩き出そうとしたところでふと背後から気配を感じた。振り返るとそこにいたのは───


「……めんどくさい。動きたくない」


 けだるそうにベンチの上で器用に体育座りをしながら呑気に紙パックジュースを飲んでいる元子役の笹月美佳ささつきみかだった。


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【あとがき】

読んでいただき、ありがとうございます。


話が面白い!環奈可愛い!他のヒロインはよ!等と思って頂けましたら、

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引き続き本作をよろしくお願いいたします。

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